第29話 尻尾を掴むために

 その翌日、僕は早めに学校に登校し素早く用事を済ませてすぐ教室へと戻った。


 すると、そこには既に康介、忠司、豊の三人が揃っていた。


「おはよ、みんな」


「おう、龍之介」


 僕が挨拶すると、素早く康介が反応する。


「すまん。今日はまだ春日野探しに出られてなくてな。今、三人で何処に潜んでるだろうかと、相談していたところだ。昨日、協力してくれた剣道部や演劇部なんかの情報を共有してな」


 忠司が康介に続いて、今何をしていたかを説明してくれる。


「あ、それなんだけどね……昨日、春日野さんのお母さんに会って事情の一部は分かったんだ」


「なにぃぃぃ~?」


 僕が頬をかきつつ告げると、豊が大声で叫んだ。


「おいおい、春日野の事、なんかわかったのか?」


「うん。細かくは割愛させてもらうけど、どうやら彼女が自分を偽っていたのは本当らしい。今の彼女の姿は、亡くなったお父さんのモノだそうなんだ」


「亡き父親の……姿。どういう事だ? なぜわざわざそんな事を」


「そうだよ。そんな事して、春日野に一体どんな得が……」


「どうしてそんな事をしてるかはまだ分からない。分かってる事は彼女が生前のお父さんに懐いていたって事ぐらい。だから、そこからの事はやっぱり春日野さん本人に聞きだす以外には無いと思う」


 忠司と豊の疑問に、僕は真向から返す。


 すると、康介がため息をついた。


「なんだよ。春日野の秘密は分かっても、結局まだ核心には狭れてないのか。そうすると、また春日野探しをしなきゃならないって事だな」


「うん。そうなるね。ただ、昨日までよりは気楽だよ。何一つ分からないのと謎の一部分でも知れているのとではね」


「まぁ、確かにな。でも、どの道春日野が雲隠れしてる事については変わらねぇぞ? 闇雲に探したって、見つかりっこない」


「ああ、それは分かってる。たださっきの忠司の話を聞いて、もしかしたら何かを知っているかもって人に思い至ったんだ」


「マジか! 誰だ?」



「女子バスケ部の山岸美也子さん。春日野さんの親友なんだ。僕は少なからず交流があるから彼女に聞けば何か分かるかもしれない。ここからは僕一人でやるよ」


 僕は三人に頭を下げる。すると、忠司が軽いため息をついた。


「なるほど。確かにここからは龍之介一人の方がいいかもしれんな。大まかな事情は分かった以上後は春日野本人の問題になる」


「だな? それを聞き出す資格は多分元カレの龍之介にしかない。俺達が聞いたところで不自然だし」


「え? いや、でも。探すの位手伝ってやっても……」


「あ~れ~~~? 豊、最初は乗り気じゃないふりしてた癖に、今はノリノリじゃん」


「そうだな。バードウォッチングのついでとか言ってた割には、随分前のめりじゃないか?」


「うっせ~、康介、忠司! ただ、俺は龍之介一人じゃ見つけられないんじゃないかって思っただけだよ! 後で手伝う羽目になるぐらいなら、さっさと俺らで見つけて話つけた方が早いだろうが! ったく。後で泣きついて来ても知らねぇからな!」


 からかわれて、豊はそっぽを向いてしまう。


 が、そのおかげで、すっかりいつものペースに戻っていた。


 そんな三人のやり取りに感謝しつつ、僕は真顔に戻る。


 さて、ここからは僕一人の戦いだ。


 なんとしても春日野さんを見つけ出して、必ずこの件の真相を聞き出す。


 その先の事は、聞き出してから考えればいい。


 まずは、美也子さんの元へ行こう。


 彼女に確実に接触するとしたら放課後、部活に移動する時間。


 そう考え、僕は流行る気持ちを抑えて放課後を待った。


 そして、放課後が訪れるとすぐ教室を出て早足に体育館の方へと向かう。


 そして、体育館へ続く通路の辺りで、目当ての人物に追いつく。


「美也子さん!」


 僕が声をかけると、問題の人物、山岸美也子さんはゆっくりとこちらを振り向いた。


「竹越君。どうしたの? 何か用?」


「美也子さん、春日野さんの事で、ちょっと」


「ああ、桜? そういえば、探してるんだっけ」


「ええ。美也子さん。春日野さんが何処に隠れているのか、知りませんか?」


 振り返った彼女に、僕は告げる。


 春日野さんの親友である彼女なら、何か知っている。そんな気がしたから。


「あ~。桜が隠れてる場所、ね。どうだろう。っていうか、なんで私に聞くの?」


「僕らは校内をくまなく探しました。でも、彼女は見つかりませんでした。という事は部室棟に身を潜めている可能性が高い。それで彼女が部活に関わりがあるとしたら、バスケ部かなって」


 美也子さんがはぐらかそうとするのに、僕は思った事をそのまま口にした。


「あ~、なるほど。でもさ~、桜だってこの学校の有名人だし、他の部活に頼んでも協力して貰えないかな~」


「いえ。彼女の性格なら、直接関りがある部活を頼るんじゃないかなって。それに親友の美也子さんなら、何か知ってるんじゃないかと思って…」


 僕は、何処までも素直に彼女の問いに答え、真っ直ぐに彼女の目を見つめる。


 すると、美也子さんは軽くため息をつく。


「はぁ~。そんな目で見られちゃうとね~……なら竹越君、話す前に一つだけ答えて欲しい事があるんだけど~、良い?」


「え? は、はい」


「竹越君。どうして桜を探しているの?」


 その問いは、とても真剣で、これを間違えてはならないような響きだった。


 改めて、どうして彼女を探し回っているのかを考える。


 だが、答えはすぐに出てきた。


「僕は、本当の事が知りたいんです。どうしてフラれたのか。彼女の言葉の真意が何処にあるのか。そして、もし彼女が何か苦しんでいるのなら」


 僕は思い切り息を吸う。


 そして――、


「彼女の助けになりたい! 助けられるかは分からないけど、少しでもその苦しみを軽減してあげたい。不本意な別れで納得できる程僕は人間できちゃいません。僕は彼女を諦めたくありません。」


 力強く言い切る。それが僕の気持ちだ。そこに嘘偽りはない。


 僕は胸を張って言い切った。ここまで教えて貰ったんだ。後は彼女から最後の謎に答えてもらうだけ。


 昨日までとはまるで難易度が違う。殆どの事情を知れたんだ。


 それに長い事思い出せなかった事も思い出した。


 春日野さんがたびたび浮かべていたあの複雑な表情。


 あれは…、僕のと同じだったんだ。


 つまり、あの表情は彼女が悩んでいる証だ。


 だから、その悩みを解決する事が急務だ。


「桜を……助けたい、か。なるほどね」


 何処か得心が行ったように、美也子さんは小さく呟く。


「分かった。全部話すよ。本当は部長から口止めされてたんだけど桜が隠れているのは女子バスケ部の部室だよ。休み時間の間はそこに隠れてる。ただ今日はもう帰っちゃったよ」


「……そうですか」


 もう帰ってしまったの言葉に少し落胆する。だが、何処に隠れているのかだけでも分かったから、これは大きな一歩だ。


「ただ、桜とは明日一緒に登校する事になってるんだ」


「え?」


「時間は大体、8時半頃に学校に到着予定。部活の朝練が明日休みだからって約束したんだ。でも、こんな形で役に立つなんてね」


 明日の8時半頃。僕も大体同じくらいの時間帯に登校する。


「桜は最近、目に見えてやつれたように見えるんだ。体系の問題じゃなくて、心がしおれてるような。だから協力するよ、竹越君」


 大きく身を乗り出す美也子さんは、必死の形相で訴えた。


「お願い。桜の事を助けてあげて!」


 美也子さんの言葉に、僕は首を縦に振った。

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