第27話 真実を知る人
それから僕はバイトを終えて春日野さんのお母さん達と対岸にある広場に向かう。
「かえで、もみじ。お母さんはお兄ちゃんとお話があるから、二人で少し遊んでなさい。ただし、この広場から出ちゃダメよ」
「「は~~~い」」
お母さんの許しを得た二人は楽しそうに笑って走り出し追いかけっこを始めた。何ともほほえましい光景だ。
その光景を見て、僕とお母さんはベンチに腰を下ろす。
そして、改めて春日野さんのお母さんの横顔を見る。
そこには春日野さんを大人にしたような顔立ちの美人が座っていた。
なるほど。確かに親子だ。
「さてと、」
と、そこで春日野さんのお母さんは口を開いて向き直る。そこでふと目が合ってしまい、僕は慌てて少し目を反らす。
「では改めて。先日は子供たちを助けてくれてありがとうございました。お陰であの子達は誰も怪我せずに済んだわ」
「あ、いえ。その。当然の事をしただけですから!」
僕がはっきり答えると、春日野さんのお母さんは吹き出す。
「アハハハハ。いや、ごめんなさい。でも、当然の事じゃないわよね。飛んできたボールから身を挺して人を守るなんて」
「え? あ、そうですか……」
あの状況で僕のとれた選択肢はそれしか無かったのだが……。
「勇敢というか無謀というか。それで竹越君こそ大丈夫だったの? 怪我とかしたんじゃないの?」
「いえ。毎日飲んでいた牛乳のお陰で助かりました」
「フッ。アハハ、面白い子ね、竹越君って。流石は桜の恋人だった人ね」
言われた瞬間、心臓を掴まれたような感覚に襲われる。
恋人だった……。
過去形の言葉が、僕の心臓の鼓動を高めていく。
……落ち着け、僕。今は聞かなきゃいけないことがあるだろ!
「あ、ごめんなさい。私、楽しくなってつい」
「あ、あの!」
お母さんの言葉を遮って、僕は身を乗り出した。
「えっ!?」
「すみません。その、春日、あ、いえ。桜さんの事で、少し聞きたい事があるんですが」
口にだけ強い重力がかかったように重かったが、何とか僕は口にした。
「その、桜さんは……僕に別れを告げる時に、…自分は嘘をついている、と言いました。でも、僕には何の事か、まるで分からなくて…。だから、知りたいんです! 彼女の事が! 何か、知っている事はありませんか?」
最初は重かった口も、確信に近づく度に軽やかに、まるで今まで誰にも聞けなかった事が濁流のように溢れていく。
そのことを聞く為に、僕らは二日も費やして今まで何の手がかりも得られなかった。探しても探しても彼女の影すら踏めなかった。
今を逃せば、きっと知りたい事は一生分からないかもしれない。そう思うと、重たかった口も不思議とドンドン軽くなっていった。
「……あ~、やっぱり」
僕の言葉を受けて、お母さんは深くため息をついた。
「あの子は何も伝えていなかったのね。あの人とした約束の人と出会えたのに」
意味深に俯くお母さん。寂しそうであり、何かを案じるかのような視線。
「あ、あの……」
「丁度良かった。私もその事について、貴方に話したかった事があったの」
「え!?」
「あの子、貴方と別れたって聞いた日からずっと暗かったのよ。だから何かあったのかと思ってね。だから竹越君に会いたかったの」
「……そう、だったんですか?」
「ねぇ、竹越君。あなたの目にあの子は、桜はどう映っていた?」
「え?」
急な問いかけに、僕は答えあぐねる。一瞬、康介達の「嘘をついている」という言葉が頭を過って上手く思考が纏まらない。
「えっと……桜、さんは、カッコいい人です。いつでも堂々としていて、誰にでも優しくて紳士的でスポーツも得意で……。だけど、それだけじゃなくて。絶叫マシーンやお化け屋敷で悲鳴を上げてしまうような、可愛い一面もあって…」
何とか少しずつ捻りだす。とりあえず、今は康介達の推論は脇に置いておこう。
「……そっか。あなたは、どっちの桜も見ているのね」
お母さんは視線を外して俯き、少し目を閉じる。
が、不意に顔を上げると、
「ならそのカッコいい方の顔が誰かの真似ごとだったとしたらどう思う?」
「!」
唐突に飛び出した言葉に、僕は目を見開く。
康介の推論を裏付けるような言葉。
「……誰かの、真似事?」
「あの子は嘘をついていると言ったのでしょう。それはそうでしょうね。だって、本当のあの子はカッコいいとは程遠い、臆病で、甘えん坊で、純粋な普通の女の子らしい子なんだから。そして、そのカッコいい顔は……」
一度言葉を切ったお母さんは空を見上げ、
「私の亡き夫、失ったあの子の父親の真似事なのよ」
「ッ!」
唐突に飛び出した言葉に、僕は息を呑む。
「お父さん…。春日野さんはお父さんの真似をしてカッコよく振舞っていたんですか?」
「そうよ」
僕の叫びにも似た問いに、お母さんは静かに答える。
「あなたの見たカッコいい姿は、二年ほど前に亡くなったあの子の父親、春日野一郎の姿を真似たモノなのよ」
僕はその場で立ち上がり、そのまま言葉を失った。
「少し長くなるかもしれないけど貴方には知っていて欲しいから。私の知っている事全部伝えるわね」
そんな僕を見つめながら、お母さんはそう告げた。
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