第26話 真実を知る人

「あ~、見つからない」


 時は流れ、昼。


 僕は机に突っ伏して、今の惨状をぼやいた。


 そんな僕を囲むように、悪友達が苦笑している。


「やっぱりか。あんな別れ方したし当人を捕まえられない可能性も考えてたんだが」


「まさか、こんなあからさまに見つからないとは思わなかったな」


 康介と忠司が、僕のぼやきに答えてぼやく。


「ったく。必ず彼女の真意を確かめて見せるって言ったろうが。まだ初日の昼なのに音を上げんなよ」


「とか言ってるお前は休み時間の度、一人熱心に何処に行ってたんだ?」


「な! うるせぇな! 可愛い子がいないか、探して回ってたんだよ」


 答え辛そうに切り返す豊に、忠司は何やら意味ありげに笑う。


「ほぉ~~、それだけか?」


「そのついでに、春日野がいないかなって探してたんだよ! 悪いか!?」


「やっぱ探してたんだな、お前も」


「るせぇ、康介! 真っ先に飛び出した龍之介の後に飛び出したのはお前もだろうが!」


「だから、お前“も”なんだろう。俺も康介も、龍之介とは別に春日野がいないか探して回ってたんだが。豊もどうやら探しに行ってたみたいだが」


「ば、馬鹿! ついでだって……言ってんだろうが」


 最後は歯切れの悪い豊。どうやら、三人も僕とは別に彼女の姿を探していたらしい。


「俺は四階から六階を見て回った」


「俺は一階から三階を」


「俺はグラウンドとか野球場とか。後は、テニスコートとか」


「ぁぁ、ありがとう、みんな。僕の為にわざわざ」


 三人がそれぞれ、熱心に探してくれていた事が分かってなんだか少しだけ気持ちが和らぐ。


 やはり持つべき者は友達なんだなとしみじみ思う。


「しかしだ。これだけ探して見つからないという事は。部室棟とかに隠れてる可能性は無いか?」


「部室棟!? 待てよ。春日野は王子とか言われてても女子だぞ? いくら俺でもそんなところには潜り込めねぇよ! 侵入したら殺されるわ」


 康介の言葉に、豊は思わず悲鳴を上げる。


 流石の豊でも女子が生着替えしているかもしれない部室棟に乗り込む勇気はないようだ。


「もしくは、俺達が探しに来ると踏んで、休み時間中は校内中を警戒しながら歩き回って、時間ギリギリで教室に戻るか、だな」


「どの道、捕まえるのは骨だな。ったく、意味深な事言い残して別れてくれたもんだから、こんな厄介な事になったってのに」


 忠司の言葉に康介は苦虫を噛み潰したような表情で吐き捨てる。


 僕らの入れないところに隠れたか、僕らの動きを読みながら休み時間中ずっと逃げ回っているか。


 それとも別の手段で逃げおおせているのか。


 何にせよ、厄介な事に変わりはない。


 彼女が捕まらない限り、彼女の真意は聞き出せないのだから。


「困ったな~……このまま、一生会えなかったらどうしよう」


「おい、龍之介。流石にそれは大袈裟だって」


「だが、それくらいの勢いで逃げられているのは確かだぞ? そうするとやはり彼女を見つけ出すのは至難の業だ。当人を捕まえなければ、数々の発言の意味を問いただす事も出来んからな」


 フォローに回った康介だったが、忠司は逆に今の事態がどれだけ難しい状況かという事を物語っている。


 僕ら四人は、深いため息を吐いた。


 どうすれば彼女を捕まえられるか、まるで良いアイディアが浮かんでこない。困ったな~。


「あ~、ともかくだ! まずは腹ごしらえをしちまおうぜ。腹減ってたら、何も良いアイディアなんて出てこないからな!」


「お。豊、この間に続いてまた言うじゃん」


「るせぇ! こんな事気に病んでたって、今はどうにも出来ないだろうが。四人がかりで探して見つけられないんだからな! とりあえず飯を食って、それからまた春日野探しだ! それに、このままウダウダやってると昼飯食えないで午後の授業受ける羽目になるだろ! 立ち止まってる暇はねぇぞ、龍之介!」


 茶化す康介に、悪態で切り返す豊。ただ、彼のアイディアには賛成だ。


 とりあえず、ご飯を食べないと仕方ない。


 僕らはそれぞれに弁当を広げ、食事を始めた。


 こうしてモタモタしている間にも、彼女は何処かに隠れてしまっているかもしれない。


 だったら、急ぐしかない。


 僕は普段よりも早く食事を終えた。


 そうだ。


 今は立ち止まっている暇なんかないんだ。


 なんとしてでも彼女を見つけ出さなきゃいけない。


 その為には、時間がいくらあっても、足りないんだから。


 結論から言えば、その日の午後も、その翌日も、春日野さんを発見できる事は無かった。


 四人がかりで捜索しても、全く見つかりそうもない春日野さん。


 一体どこに姿を隠しているんだろう。


 僕と友人達と別れて校内を出る。


 そのまま駅まで向かい、僕は最寄りのコンビニに立ち寄り、康介は僕と別れて駅の中へと消えていく。


 そうして、悩みを抱えたままのバイトが始まった。


 春日野さん、君は何処にいるの?


 どうして、自分が悪いから僕と別れるなんて言ったの?


 バイトに集中しようとすればするほど、頭の中はその疑問に埋め尽くされる。


 そんな態度で仕事を続ければよくないのは明白で辛うじてミスこそしなかったが一々一つ一つの動作がワンテンポ遅れてしまい、店長や一緒に働く主婦のお姉さんからも散々心配される始末だ。


 その度に、僕は気持ちを入れ替えようと試みる。


 今はバイト中だ。今は自分の仕事をしなくちゃ。


 そう思い、何とか切り替えようとしているのだが、少し気を抜くと考えるのはやはり同じ疑問だった。


 この二日程、春日野さんを見つける事は愚かその影すら踏む事はできていない。


 このままだとずっと春日野さんを見つける事も出来ないのではないか。


 休み時間の度に探し回り見つけられない度に焦りは募っていく。


 一秒でも早く、彼女の抱える何かを聞き出したいのに。聞き出した後、どうするかなんてまだ考えていない。


 だが、聞き出すどころか彼女を見つける事一つできないなんて。


 そうこう考えながら、仕事を何とか熟し、バイトも終わりの時間が近づいてきた。


 僕は箒を持って店の外に出ると、掃除を始める。


 すると、春の強い風にいきなり体をもっていかれそうになる。


 春一番か。


 これは外で掃除するのも一苦労。でも、これなら余計な事考えなくて済みそうだ。


 そう考え、僕は風の強い中、掃除を開始しもくもくとしているとあっという間に終わる。


「ふぅ~。今日もこれで大体終わりかな?」


 そう思い、店内に戻ろうと踵を返す僕。掃除中は余計な事考えずに済んだから、それだけは良かった。


 帰りは多分また悩む事になるんだろうが、それはまた別の話。


 でも、今は焦っても仕方ない。忠司と豊からの吉報を待とう。


 そんなことを考え、自動ドアを潜ろうとして、


「や~だ~。まだ遊ぶ~」


「今日は遊びたいの~」


 いつか聞いたような子供の声が聞こえてきて足を止める。


 振り返ると、確かに見覚えのある子供達だ。確か、春日野さんと一緒にいた…。


「こ~ら。もう帰らないとお日さまも隠れて暗くなっちゃうでしょ。暗くなったら、こわ~~いお化けが出てくるのよ~? それでも良いの~?」


 そして、その傍らには春日野さんの面影がある女性の姿。


「そしたら、ママがやっつけて」


「そうなの! ママがやっつければいいの」


「ママだってお化けは怖いもの~。みんな一緒に食べられちゃうかもよ~。だから、早くお家に帰りましょ」


 あの子達、今、ママって言った?


 それじゃ、あの人は、春日野さんの?


「あ! ボールのにーにだ!」


「ほんとだ~! ぼーるのにーに」


 と、急に子供達が走り出したかと思うと僕の元へやってきた。


「ぼーるのにーに!」


「にーに、にーに!」


 あっという間に足元にやってきた二人は、小さく飛び跳ねながら僕を指さす。


 ボールのにーにって……、それ僕の事?


「こら! 急にどうしたの。いきなり走ったら危ないでしょ!」


 そして、困惑している僕の元に先ほどの女性もやってきた。


「ママ。ぼーるのにーに!」


「にーに!」


「え? ボールのにーにって……」


 楽しそうに飛び跳ねてはしゃぐ子供達の反応に困惑した女性だったが、やがて僕と目が合う。


「あ……えっと、」


「……ぁあ~! もしかしてあなた。この子達をホームランボールから身を挺して守ってくれたって言う…え~~っと。名前は~? 竹越君ね! 竹越龍之介君!」


「あ、はい。竹越、龍之介…です」


 急に名前を呼ばれて困惑する僕。しどろもどろで答えていると急に手を取られる。


「な、なんで僕のなま……」


「その節は、どうもありがとう。娘がホームランボールが飛んできたとか言ってたから大丈夫なのと思ったけど。あなたのお陰でウチの子達は怪我しないで済んだわ~」


 続けて言おうとした言葉を遮られ、先んじて礼を言われる。


 ただ、困惑していても娘という単語は聞き逃さなかった。


「あ、あの……」


 僕はおずおずと口を開く。


「ん? どうしたの?」


「ぅ…その。あなたはもしかして、春日野桜さんのお母さん……でしょうか?」


 問われて、目の前の女性は一瞬きょとんとした顔をした。


 が、すぐに調子を取り戻して、


「あ、ごめんなさい。自己紹介がまだだったわね」


 そういって、僕の手を離すと居住まいを正した。


「はじめまして、春日野桜、それにこの子達、楓と紅葉の母の春日野椿です。よろしくね、竹越君? 丁度貴方に会いたいと思ってたのよ。それに、例の件のお礼もまだだったしね」


 はっきり母と言われ、僕はすぐに言葉を返せなかった。


 もしかしたら、これで春日野さんの謎を解く手がかりが手に入るかもしれない。


 僕の胸中は、そのことで埋め尽くされた。


 二日間手に入らなかった手がかりは突然の出会いによって齎された。

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