第22話 嘘つき

 翌日、いつも通りに学校へ行くと、例にいつもの悪友達が僕を迎える。


「おう、龍之介」


「昨日のデート、どうだった?」


「何処まで行ったんだ? A? B? C?」


「待って、一斉に聞かないでよ。答えられないって」


 悪友達の反応に苦笑しつつ、机に鞄をかける。


「別に何があったわけでもないよ。普通に遊園地で遊んだだけ」


「ほんとかよ? 何かあったんじゃないのか? お化け屋敷できゃ~~ってなったり、ジェットコースターで悲鳴を上げた彼女の手を握ったり」


 冷めた僕の言葉に、豊がねちっこく返してきて、僕の脳裏に昨日の記憶がよぎる。


 ただそれを言いふらす気にはならなかった。


「あん? どうしたんだよ、黙って。さては何かあったな~?」


「何を言ってるんだ! ただ絶叫マシーンとかお化け屋敷は好きだけど苦手って言ってたからサポートしたってだけだ。やましい事なんて無い!」


「なんだよ。あったじゃねぇか。やましくないなら言えよな。」


「まぁ、豊には話したくないよな。邪推しそうだしスケベだから」


「そうだな。豊には話したくない。邪推しそうだしスケベだから」


「あんだとお前ら! 俺だってちゃんと最初から言ってりゃそんな風には受け取らねぇよ! つーか、スケベは関係ねぇだろうが!」


「それはそうと、あの春日野がジェットコースターとかお化け屋敷苦手ってのは意外だな。いつもスマートにしてるのに」


「ああ。それは俺も思った。あの春日野に怖いモノがあったとは」


「確かに。それもジェットコースターとかお化け屋敷なんて言うわかりやすいモノが苦手ってのは確か意外だな~」


 康介、豊、忠司は三者三様に感想を言う。それについては僕だって同意見。


「でも、春日野さんだって女の子だし分かりやすいものが苦手でもおかしくはない」


「確かに」


「だな。春日野は、龍之介のカ・ノ・ジョだしな~」


「豊。言い方がいやらしい」


「んだと、龍之介!」


 結局、いつも通りの落ちがつく。


「でも、今日も昼に会うんだろ? 気まずくないか?」


『私にはとても出来ない。皆から王子と言われているのに。王子なんて外面だけだ。そんな名前を貰う資格はないよ』


 忠司の問いで、昨日言われた事を思い出した。気まずかったわけでもなかったが、あの言葉はやはり謎だった。


 あの言葉の意味は何だったのか。


「どした? 何かあったのか?」


「あ。何でもないよ。別に気まずくなったわけじゃないから大丈夫。ハハハ」


「ホントに大丈夫か、お前? なんか心配になってきたぞ?」


「俺も心配になってきた。大丈夫なのか、龍之介」


「だいじょうぶだって。心配して貰わなくて平気だから」


 豊と忠司が不安そうにするのに、強がって思い切り言い切った。


 とは言え、自分にも心配なところは残った。


 そうして、昼の時間になった。


 僕はいそいそと準備して、彼女を迎えにいった。


 向かう途中、ここ最近は感じなかった視線を今更ながら感じつつ教室でいつも通りに彼女を呼ぶと美也子さんがやってきた。


「ごめん、竹越君。桜、今日は用があるからって、一人で出ちゃったんだよ。それで、これを竹越君にって」


 そう言われ、手紙を渡された。


 そこには、今日の放課後体育館の裏に来て下さい、お試し期間終了につき判定の結果をお伝えしますと書かれていた。


「二人の交際ってお試しだったんだね。全然知らなかった。桜にもやっとちゃんとした彼氏ができたかって、安心してたんだけど」


「あ~。それは僕が言い出した事で。いきなりお互いよく知らないのに付き合いをするには腰が引けたというか」


 美也子さんの言葉に、頬を掻きつつ答える。


「そっか。傍から見たら似合いの二人だと思ったんだけど。美男美女同士で付き合いたてカップルのイチャイチャ見せられたし」


 軽いため息混じりに、美也子さんは肩を竦める。


「でも、竹越君なら多分大丈夫じゃない? 問題なく審査なんてクリアできるよ!」


「ええ。だと良いんですが……」


 苦笑交じりに告げて、美也子さんと別れる。


 そして急に空いてしまった昼の時間をどうしようか考え自然と教室へ戻っていた。


 教室に戻ると、友人三人が一緒に昼をとっていた。いつものとりとめのない会話が聞こえてくる。


「あれ? 龍之介?」


「どうした? 春日野と一緒じゃなかったのか?」


「いや、それがなんか用があるって言って、手紙だけ残して何処かへ行っちゃったらしくてね」


 康介、忠司の問いに答え、手紙を示す。


「なんか、今日の放課後に体育館の裏に来て欲しいって。例のお試しお付き合いの結果を話すってさ」


「あ? お試しのお付き合い? なんだっけ、それ?」


「豊、忘れたの? 僕らの付き合いはお試しからだって事。隠れて聞いてたのに」


「え? あ、ああ! お、覚えてるぞ? ちゃんと覚えてる」


 忘れてた事確定な反応が返ってきて、僕は呆れる。


「まぁ、豊はほっといて、だ。確かに、今付き合ってるのって、お試しだったな。もうそんな時期か。早いな。色々あって忘れてた」


 康介がバッサリと切り捨てつつ、しみじみ呟く。


「まぁ、龍之介なら大丈夫だろう。なんの問題もなくクリアだ」


 忠司の反応を苦笑い気味しつつ、僕も自分の席につく。


 それから僕は久しぶりに友人達と昼を共にしその後あっという間に放課後が来た。


 僕は息を呑み、時間が来た事に緊張感が走る。


 これから悪いことが起きると分かったわけじゃないというのにいざその時が来てみればこれなのだから困ったものだ。


 とは言え、行かないわけにもいかないので、観念して席を立つ。


 鞄を取ると、周囲から悪友三人が集まってきた。


「行くのか、龍之介」


「ああ、うん。逃げるわけにはいかないからね」


「そうか。その、頑張れ。何を頑張るのかわからないが」


 忠司から言われたが、まともに返事出来なかった。


 その時僕は後ろから人がついてきているのさえ気付けないくらい余裕が無かった。


『それを見ても君は何も言わずに私に気を遣ってくれたまるで姫を守る勇敢な王子か、騎士のように。私にはとても出来ない』


 結局、あの時言われた言葉の意味は分からないままだ。


 あの言葉の真意は何処にあったのか。


「ううん。大丈夫。行こう」


 僕は自分にそう言い聞かせ、何とか前進する。


 その足は、そのまま体育館の方へ。


 体育館はいつも通りの喧騒で部活をやっている音が響いている。


 だが、僕の顔はやっぱりこわばってしまった。


 この先、どんな裁定が下るか。


 自信を持って問題なく交際を続けられるとは言い切れないのだ。


 昨日の遊園地での事のせいで。


 そうして僕は遂に体育館前へとやってきた。


 後は裏に回るだけ。


 心臓が高鳴っていく。


 話を聞くのが怖いとか、そういうわけでもないのに。


 鼓動の音が、今いる周辺に伝わってしまいそうにも思えた。


 それくらい大きな音が響いているように感じられる。


 けど、もうここまで来たら行くしかない!


 意を決して体育館裏に入ると、僕を待って一人佇む春日野さんの姿があった。


 舞い散る桜の花びらの中、長い髪を靡かせて憂いを帯びた表情で空を見ていた。


「春日野さん?」


 僕が彼女に呼び掛けると、ゆっくりと僕を振り向いていく。


「ああ、竹越君。よかった、来てくれて」


「いえ。放課後お話があるとの事でしたので」


 僕も務めて笑顔で返し、問いかける。


「それで、今日がお試しでの付き合いの最終日って事で。その審査結果をお伝えいただけるとの事でしたが」


「ああ。その為に呼び出したんだ」


 答えて俯く春日野さん。


「お試しの付き合いの審査結果、なのだが……」


 少し言い辛そうにモジモジしながら、春日野さんは言葉を切る。


 だが、少しの間を置いて、彼女は真っ直ぐ僕を見つめた。


「結論だが、……別れよう」


 言われた瞬間僕の頭はハンマーで叩かれたような衝撃を受けた。


「あ……。それって。僕が、相応しくないって事でしょうか?」


「いや、」


 しかし、意外にも彼女は視線を反らし、僕の問いを否定する。


「…君に問題があるわけじゃないんだ」


「え?」


 予想外の答えに、困惑を禁じ得なかった。


「問題があるのは……私の方、なんだ」


「え!」


 今度は、純粋な驚きだった。


「私は、…君に相応しくない。だって、私は…」


 感情の読めない複雑な表情で彼女は顔を伏せる。


「私は……嘘つきなんだ」


 うそ…つき?


「済まない。私などに付き合わせてしまって。私は君が思う程立派な人間ではない」


 彼女はそれだけ告げて、その場を後にした。


 僕は彼女を止める事もできずその場で停止したままだった。


『私は……嘘つきなんだ』


 その言葉だけが、僕の脳裏に延々と反芻され続けた。

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