第21話 姫を守る王子か、騎士か
同意した彼女と受付を済ませ二人でお化け屋敷へと足を踏み入れる。
途端に周囲は暗くなり、ザ・お化け屋敷って雰囲気だ。
そう思った途端、僕の腕にしがみつかれた。
あ~、もうその時なんだな。
思い切り頼って貰えたらそれで本望だ。
そう思うと、不思議と冷静になっていく。
中は普通の家のようだった。
そのまま進むと、薄暗い中一人こたつに座ってこちらを睨む女性の顔があった。
「ぁ……」
「きゃ……きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~!」
一瞬驚きそうになるが隣から響く悲鳴と一層強く掴まれた腕の圧力で冷静に戻る。
よく見ると、女の人はあからさまな作り物だった。
冷静に考えればこんな暗い中で全く動く事なく静止している人が人間なわけがない。こんな状態でも人なら動いてる筈。
「春日野さん、大丈夫です。これ、作り物ですから」
「へ? 作……もの?」
事実を告げると、春日野さんは目を丸くする。
「ほら。よく見ると、人の顔ってよりは作り物みたいでしょ。」
「あ、ああ」
彼女は目を開きじっくり人形を見る。
「言われてみれば確かに。こんな姿勢なのに全く動いてない。作り物だね」
「だと思います。だから、これ以上怖がらなくて大丈夫ですよ」
僕は笑顔で彼女に告げ、すぐに前へ向き直る。
「じゃあ先を急ぎましょうか」
「あ、ああ」
その後はといえば、お化け屋敷の仕掛けに春日野さんが何度も腰を抜かしそうになるのをフォローしながら何とかお化け屋敷の脱出に成功した。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
お化け屋敷の外では、息を荒げる春日野さんと、何事もなく満足感に浸りながら自分の彼女を心配する僕。
「大丈夫ですか、春日野さん?」
「あ、ああ。結局竹越君に頼ってばかりになってしまったが、何とか…それに、いつもよりも楽しめた気がするよ」
「それは良かったです。お役にたてたようで…」
春日野さんは、なんとも言えない表情で僕を見つめた。
「どうしました?」
「竹越君は…凄いな。あんな状態でも人を気遣えて。それに、何が起きても冷静で。それに引き換え私ときたら……」
「それは誰かが怖がったりしてたら一緒にいる人はその人を守らなきゃっていう集団心理ってものがあって。それが働いたんですよ。僕だって怖い事はありますし」
力強く言い切る。が、そこで気恥ずかしくなってしまう。
「あ、その。とにかく僕は凄いんじゃなくて二人で一緒にいるから出来るというか。僕一人だったら驚きはする筈ですから」
「……ッフ」
困ってあわあわしていると、春日野さんが優しく笑う。
「そうか。君はやはり優しいな」
「え?」
「君が言った通り、自分だって怖い事はあるだろう。でも、先程落ち着き払って仕掛け一つ一つに対処していた」
彼女は遠い目で空を見上げる。
「君のそれは私の事を思えばこそらしい。優しさが無ければ到底出来る事ではない。やはり君は優しいよ。とてもカッコいい」
そこまで言って、彼女は俯く。そして、口元だけが見えそうな角度で、
「今日の私は無様を晒し続けていた。でも君は何も言わずに私に気を遣ってくれた。まるで姫を守る勇敢な王子か騎士のように。私にはとても出来ない。皆から王子と言われているのに」
唐突に言われて驚く。
僕が姫を守る王子か、騎士って。
「いや、流石にそれは…」
続きを言おうとした瞬間、急に携帯が鳴った。
それは何でもないただのメルマガだったが、その時偶然目に入った時計がもう十七時半を示している事に気づく。
「もう十七時半か。流石にもう帰らないと遅くなって怒られそう」
「もうそんなに時間が経過していたか。私もそろそろ帰らないと。もう出ようか」
戸惑いながらも僕らは慌てて最寄りの駅まで早足に歩いた。
駅から電車に揺られている間、僕らは一言も発しなかった。
やがて春日野さんの降車駅ホームで電車が停車する。
「それじゃ今日はこれで。楽しかったよ。ありがとう、竹越君」
彼女はそれだけ言い残し、電車を降りて行った。
僕も何となく挨拶をしただけで彼女を見送り、また電車に揺られて自分の降車駅へと向かった。
一人になり、また無言の時間が続く。
「僕が勇敢な王子か、騎士か」
ふと、遊園地で聞いた彼女の言葉を反芻する。
あれはどういう意味だったのか。
僕の方がって事は誰かと比べてって事でそれは紛れもなく春日野さん自身であった事が分かる。
何しろ我が校の王子様と言われているくらいだから。
なのに、僕が王子か騎士だって?
どうして、そんなこと。
また分からない事が増えて、僕は混乱する。
『私にはとても出来ない。皆から王子と言われているのに。王子なんて外面だけだ。そんな名前を貰う資格はないよ』
その続きに言われた事もよく分からない。
今日の言葉。
それが示す意味って何なんだろう。
『君は素晴らしいく勇敢でカッコいい。私にはとても出来ない』
そこでまた一つ思い出す。
そういえば、告白された時もそんなことを言っていた。
あれはどういう意味だったのか。
僕が勇敢な王子か騎士。
そして、王子と呼んで貰う資格はないという彼女。
本当にそうなんだろうか?
確かに今日の春日野さんは普段とは違った。
ジェットコースターで悲鳴をあげ、お化け屋敷で腰を抜かす。
そんな姿、全く想像した事も無かったから驚きはした。
でも、それは僕が知らなかっただけの話で、今日見た通りああいうのは好きだけど苦手って事なんだろう。
それは別におかしな事じゃない。
苦手は一つくらいあっても何にもおかしな事じゃないんだから。
今日の春日野さんは僕の知らない可愛い面を沢山見せてくれた。
でも同じ事が出来ないからってそこまで卑下しなくても。
いや、考えたって分かるもんか!
自分の脳内が堂々巡りを繰り返すのを、頭を振って停止させる。
考えたって仕方ない事だ。
事の真意なんて彼女しか知らないんだから。
どうやら彼女は僕の事を認めてくれているんだって事は分かる。
今はそれだけでいい筈だ。
それだけで……。
どうにも引っかかってしまいそうになる心を無理やり納得させて僕は電車の電光掲示板に映る次の停車駅を確認する。
次は降りる駅だった。
それから程なく、電車は次の駅へと停車する。
僕はそのまま電車を降り、ホームを後にした。
駅を出ると、頭上には赤い空が広がっていた。しかし、遠くの方に黒い雲が浮かんでいるのが見える。
「あ~。良い夕日だけど、明日は雨なのかな? いや、方角的にはこっちには来なそうだけど」
その雲を顔を顰めて眺め、雨が降らない事を祈った。
この時、僕はまだ分かっていなかった。
この先、何が待っているという事を。
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