第20話 お化け屋敷

 先ほどと違い、観覧車の列はジェットコースター程は並んでいなかった。


 これならすぐ乗れそうだ。


 そう思い待っている間この先について考える。


 先ほどは、相手の考えを読み違えいきなり得意ではないジェットコースタ―へ乗ってしまった。


 挙句、絶叫する彼女を心配して手まで重ねてしまったのだ。


 あの行動は……果たして良かったのか、良くなかったのか。


 さっきも左手を見ていた。


 やっぱり急に手を重ねたりしたのが良くなかったのか。


「次の方、どうぞ~」


 と、気付けば僕らの番が回ってきていて、係の人に誘導され観覧車へと乗り込む。


 僕らは対面で座り、無言で観覧車が上っていくのを待った。


 そして、徐々に観覧車が登っていくと段々と遠ざかる地上の遊園地。


 観覧車が上昇する度に、眼下の遊園地は段々とその全体像をあらわにしていく。


「わぁ~」


 遊園地全てを見渡し、思わず感嘆の声が漏れる。


「凄いね…」


 唐突に告げられ、慌てて対面へ振り向く。


 そこには、眼下をウットリと眺める春日野さんのとても可憐で、年相応の少女のような姿が視界に入り思わず見とれてしまう。


「さっきまでいたところから随分遠くまで来てしまったような気がする。私達がいたのは、あんな遠くの場所だったんだね」


「あ、ええ。そうですね。あんなに地上が小さく見えるとずっと遠くに来たような気がします」


「あのジェットコースターにも……さっき乗っていたんだね」


 僕の視線の先に気づいたのか、彼女もジェットコースターについて言及する。


「さっきは。楽しかったな。思い切り叫べて、嫌な事とか全部忘れられた」


「え? 春日野さんにも、悩みとか嫌な事あるんですか?」


 聞いて反射的に答えるが、言った直後にまずい事を言ったと気付く。


「あ、その、すみません。悪い意味ではなくて。春日野さんはカッコいいし、勉強も出来るし、運動も得意そうだから。悩みがあるだなんて思ってなくて」


 慌てて弁明するも、あまり変わっていないような気がしてソワソワする。


 もっと何かフォロー出来ないものかと思うが何も浮かばない。


「フッ」


 不意に、春日野さんの口から噴き出したような声が聞こえた。


「ハハハ、ハハハハハ~~~」


「え? 春日野さん……」


 急に笑われて困惑する僕に、彼女は片目だけ開いて、


「いや。竹越君が、急に慌て出したモノだから。おかしくなってしまって……ハハハハハ、ハハハハハハ~~~」


 思い切り笑う春日野さんに困惑を深める僕。


「ハハハハハ。すまない。ツボに入ってしまった」


 ようやく笑い終えた春日野さんは、笑顔のまま僕に顔を向けてくる。


「君の言う通り、私にも悩みくらいある。ただ、今は十分笑ってどうでもよくなってしまったが」


「あ、そうですか。それは、良かったです」


「ふっ。君は面白いね。優しくて、勇敢でカッコいいかと思えば急にあたふたしたり一緒にいてとても楽しい。まるで飽きない」


「え? 僕、今日カッコいいって思われる事しましたっけ」


 困惑気味に答えると彼女は少し目線を下に向けて告げる。


「ほら。さっきのジェットコースター。私が悲鳴を上げているのに気づいてそっと手を重ねてくれただろ?」


「あ……」


「あの時、私はすごく…嬉しかった。あれで、凄く安心したよ。ありがとう」


 うっとりと目を細めて、彼女ははっきり告げた。


 その言葉に、僕は胸を撫でおろした。


 ずっと不安だったが嬉しかったとまで言って貰えるとは思わなかった。


「お役に立てたなら良かったです。少しでも安心させられたらって咄嗟に思いついただけですけど」


 慌てて返すと、彼女はふっと笑う。


「やっぱり、君は優しいな。私を気遣って、悲鳴も上げずに。私を少しでも安心させようと考えてくれたなんて」


「いえ、優しいだなんて。僕は当たり前の事をしただけで。彼女が怖がってるなら、男が守らなきゃって思って」


「そうか…。当たり前の事……か」


 そんな僕を、目を細めて見つめる彼女。その視線はとてもやさしいモノだった。


「君にとっては……それが当たり前なんだね」


 春日野さんが続けて微かに何かを言ったが、その声は再び響いたジェットコースターの悲鳴でかき消えてしまった。


「え?」


「ああ、何でもないんだ。さて、ここを降りたら次はどのアトラクションに乗ろうか?」


 観覧車を降りた僕達はその後次々にアトラクションを回った。


 メリーゴーランド、コーヒーカップ、回転ブランコにバイキングなどなど時間の限り、遊園地中のアトラクションを回った。


 ライド系のシューティングアトラクションでは僕がゲームで鍛えた射撃技術で満点をたたき出し、今流行りの謎解きアトラクションではヒントを探して二人で右往左往しながら駆け巡り、とても楽しい時間を過ごした。


 そうしていると充実した時間はあっという間に流れ既に日は傾き始めていた。


「そろそろ帰りましょうか?」


 そう言って振り向くと、春日野さんは何処か遠くを見ているようだった。


「春日野さん?」


「あ、ああ。すまない」


「どうしました?」


「あ、いや。対した事は無いんだ。そろそろ帰った方が良い、よね?」


 名残惜しそうな春日野さんの態度に僕は悟る。


「春日野さん。まだ行きたい場所があるんじゃないですか?」


「え! あ、その…」


「遠慮せずに行って下さい。一つくらいだったら、まだ余裕がありますから」


 食い気味に笑って促すと、春日野さんは少し躊躇うように目を背けて


「その、お化け屋敷は行ってなかったから。寄っていきたいと思ったんだ」


「あ! そういえばお化け屋敷には行ってなかったですね。えーと、場所は?」


 マップを広げて確認すると、今いる場所からはそう遠くないところだ。


「ここからならすぐ行けそうです。行きますか、お化け屋敷?」


「あ、ああ。折角だし行こう。ここでしか味わえないものだし」


 ただ、なんだかぎこちない答えが返ってきて首を傾げる。


 それからすぐお化け屋敷には到着した。


 おどろおどろしい雰囲気のある建物。その入口には怨霊座敷と書かれている。


 壁には畳の隙間から怨霊がこちらを覗いてるのが見える。


 いかにもな名前のお化け屋敷だ。


 さて、やってきたし入ろうかと思い隣を見るとこわばった顔の春日野さんがいた。


 これはジェットコースターと同じく好きだけど苦手なアトラクションって事かな。


 今は悲鳴も上げていないし怖がっていると思うのも早計かもしれない。


 対応をミスると、ただの勘違いした奴になってしまう。


 さて……。


「春日野さん」


「え!? あ、竹越君。どうかしたかい?」


「もしもの話ですが。もし、ジェットコースターみたいにお化け屋敷も苦手で入りたいけどどうしようって思っていたらですが…僕の腕でも肩でもしがみついて下さい」


「え?」


「僕だって、お化け屋敷が得意ってわけでも無いですが。何もないよりマシですから。苦手だけど入りたいって思ってるなら、僕に頼って貰って構いません」


 そう、笑顔で告げる。


 驚いたように僕を見つめる春日野さんはどうしたものか考える。


 が、すぐ意を決したように顔を上げ


「ああ、分かったよ。もしもの時は頼らせてもらうから。さぁ、行こう」

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