第19話 左手
「春日野さん、大丈夫ですか」
ジェットコースターを降りた後、僕は春日野さんの手を引いて近くのベンチに彼女を座らせる。
「ああ。もう大丈夫だ」
かなりお疲れの様子で力なく笑う彼女を見て申し訳なくなる。
完全に僕の失敗だ。
「すみません」
僕は精一杯深く頭を下げる。
「どうして、君が頭を下げるだい?」
「春日野さんがジェットコースター苦手な様子だったのに無理やり乗せてすみません」
深々と頭を下げる。
「何だか待ってる間も様子がおかしかったのに、怖く無いって言われたからって取りやめずに強行して本当にすみませんでした」
不思議そうに尋ねる彼女に、僕は真向から謝罪する。
それ以外にやりようは無いと思ったから。
「……ふ。君は優しいな」
下げた頭の先から、穏やかな声が聞こえた。
「頭を上げてくれ。悪いのは竹越くんではない」
顔を上げれば優しい笑みを浮かべる春日野さんの顔があった。
「私が悪いんだ。事前に絶叫マシーンは得意で無いと伝えなかったから」
「いえ、そんな! 無理やり付き合わせたのは僕ですし」
「あぁ、ごめん。得意ではないが、嫌いなわけでは無いんだ…」
尚も謝ろうとする僕を制して、春日野さんが告げる。
「絶叫マシーン自体は普段はできないような大きな悲鳴を思い切り上げられるから寧ろ好きなんだ。ただ久しぶりだったから不安になってしまっただけなんだ」
「春日野さん……」
その表情に嘘は感じなかった。
彼女は本当に絶叫マシーンが嫌いなわけじゃないらしい。
「ああ、そうだったんですね」
なら良かったと続けそうになりすぐに自分の中で否定する。
絶叫マシーンが好きだろうと不安にさせたのは事実。
「久しぶりのジェットコースターは楽しかったよ。ただ、叫び過ぎて少し疲れたからちょっとここで休んでも良いかな?」
「ええ、それはもちろん! あ、僕ちょっとそこでジュース買ってきます! もちろん僕の驕りです! 何が良いですか?」
「え? いや。そこまで気を遣ってもらう事は―」
「あります! 僕の気が済みませんから。何か飲みたいものはありますか?」
勢いよく身を乗り出す。何しろさっきの失敗を取り戻したくて仕方なかったから。
「ああ。じゃあ、お茶を買ってきてもらえるかな?」
「お茶ですね! 分かりました! すぐ買ってきます!」
言うや否や僕は勢いよく背を向けて走り出した。
自動販売機はすぐに見つかった。
素早く財布から硬貨を取り出して投入口へ入れる。
お茶と自分用にスポーツドリンクを買ってそれを持ってまた来た道を引き返す。
「か、かすが……」
声をかけようと駆け寄った。が、不意に足が止まった。
彼女は左手の甲を眺めて、ぼんやりとしている。
左手の甲は、僕がジェットコースターで触れた彼女の手だ。
どうしたんだろう?
さっき急に手を上に置かれたのがイヤだったのかな?
そんな思いが湧き上がり、恐る恐る彼女へ近づく。
「あの……春日野さん」
「あ。竹越君。早かったね」
声をかけると、驚いた様子で顔を上げる春日野さん。
何だろう。やっぱり、何かまずい事が。
「あ、頼まれてたお茶です」
「ああ、ありがとう」
買ってきたお茶を差し出すと、彼女はそそくさとお茶を受け取り、蓋を明けて一気にあおった。
ごく、ごくと喉がなるのが聞こえる。
「……っはぁ~。ありがとう、落ち着いたよ」
「あ、いえ」
彼女は爽やかに笑ったが、僕は何処かぎこちなく返すのが精いっぱい。
そのまま、少し静寂が流れる。
何か、気まずい。
「「あの!」」
気まずさを払う為に口を開けば、彼女も同時に口を開く。
瞬間、視線が絡みあう。
勢いよく互いに振り向いたせいで、目があった瞬間に顔が熱くなった。
「あ、そちらから…どうぞ」
「いや。そちらこそ、何か言いたい事があったのでは…」
気恥ずかしく視線を外すと、彼女もまた視線を逸らす。反れる視界の中で、彼女の頬がやや赤らんでして見えた。
今度はとても気恥ずかしくて黙ってしまう。
言いたかった事も何だったか忘れてしまった。
「その。そろそろ移動しないかと言おうと思って…せっかく、遊園地に来たのだから」
彼女は僕を見下ろし笑って告げた。
「ぁ……それも、そうですね。そろそろ移動しましょうか」
僕らは並んでベンチを離れる。
殆ど何も考えないまま並んで歩き、到着したのは緩やかなアトラクションが固まっているエリアだった。
観覧車、コーヒーカップ、メリーゴーランドなど代表的なゆっくり出来るアトラクションが並んでいる。
「さて、何となくこっち側に来ちゃいましたけど、何か乗りたいものはありますか?」
僕が問うと、春日野さんもマップを開いて考える。
「そうだな。なら、観覧車にでも乗らないか? ゆっくり出来そうだし」
「ああ、良いですね。じゃあ、行きましょう」
そう言って、僕らは観覧車へと向かった。
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