第18話 ジェットコースター
それから数分でジェットコースターの列へとたどり着く。
人気アトラクションだけあって、凄い行列だった。
「あ~、やっぱり遊園地に来たらジェットコースターに乗る人は多いみたいですね」
「そ、そのようだね」
「でも、これだけ並んでもジェットコースター乗りたいって気持ちもわかります。日常では味わえないスリルを、安全に楽しめる場所ですから。こういう楽しさは他の場所にはないですから」
「ぁ、ああ。そうだね」
ぎこちない会話が続く。何故かさっきから春日野さんが硬い。急に普段は見られない顔が飛び出して驚いてしまう。
「ん? どうしました? やっぱり怖いですか? 止めましょうか?」
「い、いや。怖いわけじゃない。これはそう! 武者震いだ。随分久しぶりだからね、ジェットコースターも」
強がってるようにも見えるが、なんか違う気もする。
怖くないと言われてしまった手前、無理やり辞めるというのも何だか悪い気がしてどうするか迷ってが僕はせめてこれくらいはとなるべく会話を続けながら順番を待った。
この順番待ちも、してみると不思議と面白いモノだ。
これから来る安全なスリルに対する期待感がこの時間でドンドン高まっていき待ちきれなくなっていく。
初デートが遊園地は危険説など何処へやら。
今のところ、ぎこちないながらも会話は成立してるし、何も問題はない。
これなら、何も気にしなくて良さそうだ。
そう考えていると瞬く間に列は進んでいき、遂にジェットコースターに乗り込む時が来た。
「では、最前列の方から順番にお進みください」
係の人の誘導に従い、僕らは進み出る。運よく最前列に座れる事になり、春日野さんと二人で最前列の座席へと乗り込み、係の
人が安全バーを下げる。僕らは座席の前にあるバーを握って時を待つ。
「では、いってらっしゃい!」
係の人の声と共に、ジェットコースターは遂に出発した。
はじめはゆっくりとレールの坂を上っていき、レールの最高点へと昇っていく。
最高点に到達したコースターは、一瞬停止する。
さぁ、始まりだ。思い切り楽しむぞ!
そう思った瞬間、ジェットコースターは突然スピードを上げて下り坂を降り始めた。
「うわぁ、わぁ~~~~~~~!」
「きゃ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!」
そのあまりのスリルに、僕は思わず叫んだ。のだが、すぐ隣から紙を引き裂いたような女性の悲鳴が響いた。
え?
きゃ~~~、って?
やけに近くから響く悲鳴。
……というかコレ、真隣から聞こえる気がするんだけど?
一瞬状況が呑み込めず、困惑する。
そうこうするうちに、ジェットコースターは高速で坂を下り切り、今度は斜めのループへと突入する。
「うわぁぁ~~~~~~~~!」
「きゃ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!」
自分の声と重なり、寧ろ僕の叫びをかき消すほどの悲鳴。
この声……まさか。
こんな状況だが、首だけ動かして隣を見る。すると、そこには目を瞑って悲鳴を上げる春日野さんの姿が映った。
……間違いない。さっきから聞こえる悲鳴は春日野さんのだ。
しかも心なしか顔色が悪くも見えた。
……やっぱり、ジェットコースター苦手だったんじゃないか!
気になってる風に見えたから乗ろうと提案したが、そわそわしてたので散々やめておこうかと言ったのだが。
さっきから様子がおかしかったのもやっぱり苦手なモノに乗る怖さからだったんじゃないか。
普通に考えればそうだ!
おい、僕!
辞めようかと聞いて怖くないって言われたからってどうして乗るのを辞めなかったんだ!
結局初デートに舞い上がって失敗してしまった。
僕は己の愚かさを呪う。
だが、時既に遅し。
…どうしよう!
これ、ヤバい!
まさか彼女がどう言おうがこの反応だし苦手に違いはない。
苦手なアトラクションに連れ出しちゃうなんて!
彼氏失格だよ、これじゃ!
まずい。
まずい、まずい、まずいぞ、これ!
このままじゃ、嫌われる!
どうしよう!
どうしよう、どうしよう、どうしよう!
あ~~~~~、どうしたら!
ジェットコースターから無理やり飛び降りる?
いやいや、どうやってだよ!
セーフティーバーはロックされてるし、スピード早すぎて立ち上がる事すら無理だ!
しかも、それ絶対死ぬ奴じゃん!
じゃあ、どうしたら良いの、ねぇ!
誰か教えて!
僕わからない!
わからないよ~~~~~~!
と、頭の中で大混乱していたら、今度はジェットコースターが宙がえりしていた。
「うわぁぁ~~~~~~~~!」
「きゃ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!」
耳をつんざく悲鳴。春日野さんは心底ジェットコースターが怖そうだ。
くっ。どうすれば彼女を助けられる?
今、僕に出来る事は――
そう思った瞬間、ある事思い出す。
そうだ、これなら。
座席前のバーを力いっぱい握っている彼女の手に、自分の手を重ねて強く握る。
「え?」
その瞬間、春日野さんがこちらを向くのを感じる。
僕は真剣に前を見据えながら、彼女の手を優しく包み込む。
その瞬間、思った以上に繊細な彼女の手の感覚に、少し驚いてしまった。
これは、女の子の手、だな。
以前一度手を繋いだ筈なのに彼女の手は触れるのも初めてのような感覚だった。
繊細で小柄な僕より少しだけ大きめの手。
指は細くてしなやか、肌も荒れ一つなくしっかりと日々のケアをされている気配がした。
ああ、これは女の子の手なんだ。
そう思った時、俄かに彼女のバーを握る力が緩んだような気配があって、我に返って当初の目的を思い出す。
よし。少し落ち着かせられたか?
そう思いつつも、僕はジェットコースターが乗り場に戻るまでしっかりと彼女の手を重ね続けた。
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