第17話 初めての…

 正直、試合後の事はよく覚えてない。


 普通に帰宅していつも通り夕食を食べて予復習をして、いつも通りの生活をした事だけは覚えている。


だが細かく何があったか聞かれると、あまり深くは思い出せない。


何せ、その間の僕の頭の中は初デートという単語でいっぱいだったから。


初めてのデートという単語は中々に強烈だ。


自分に彼女がいるという状況も中々想像しづらいモノだったのに、更にそこから初デートとは。


自分の世界に無かった単語の登場に、頭は大混乱状態だ。


そんなわけで気が付いたらバスケの試合から明けて翌日。


今日はデートの当日だ。


「はぁ? 初デートォ! くっそぉ! 龍之介の癖に、先越された~~!」


「初デートか~。良い響きだ。だが、俺達はまだその時じゃないって事だ! 存分に楽しんできてくれ! それでその体験談を教えてくれ! 俺にも彼女が出来た時の参考にさせてもらう!」


「初デートなら、やっぱ着飾らなきゃダメだろ。どっかで服、買いに行こうぜ! まずは、どういう服があるか、龍之介の家に行って探そう」


 誰が何を言ったかはきっと発言聞いてれば分かるだろう反応をそれぞれが返し、僕は友人達にもエールと呪詛をいただき、遂に明けて翌日のデート当日を迎えたわけである。


 僕は目覚めると顔を洗って朝食を食べる。


 昨日の内に今日は友人と遊園地に出掛けると母に嘘をついた。


 バイトはしてても、ろくにお金も使わないので、自由に使えるお金はそれなりにある。


 いつかデートする時の為と以前友人達ふざけて買ったデート服に着替え準備をする。


 その服を一式着て鏡を見ると、様になっている気がした。


 鏡で見ると、何処か少年っぽく、ボーイッシュな女子にも見えてしまうような気がしたが。


「それじゃ、父さん、母さん。行ってきます」


「おう。楽しんで来い!」


「行ってらっしゃい。気を付けて」


 両親に送り出され僕は初めてのデートに出発した。


 電車に揺られ、目的地を目指す間も、僕の頭の中は、デートという言葉に占拠され続けた。


 デート。初めての、デート。しかも、よりによって遊園地で。


 初めての遊園地デートという事で家でその単語について調べてみたのだが、初デートが遊園地だと別れる可能性が高いらしい。


 何でもアトラクションの列に並んでいる間の時間に会話が上手く弾まずそのまま破局する可能性が高いらしい。


 もしこのせいで幻滅されて失敗でもしたら!と思うと怖い。


 だがこれはもしかしたら春日野さんなりの試練かもしれない。


 自分が相応しいのか試して欲しいと自分で言った手前もあるし

何より彼女からの提案だから乗っかる以外の選択肢はない。


 ジンクスと言われようが、それは結局過去の一例に過ぎない。

 上手くいく可能性もある!


 緊張しながらも電車に揺られていたら、目的地についていた。


 駅を出れば、遊園地ははっきりと見える。


 見通しが良いのか、観覧車やジェットコースターで悲鳴を上げる人の声まで俄かに聞こえてきていた。


「久しぶりに来たけど、遊園地ってこんなだったな」


 思わずそんな呟きが漏れる。今から向かうその場所には、楽しさが詰まっているようだった。


 そう思うと、初デートの緊張は残るものの、楽しみにも思えてくるから不思議だ。


 今日はともかく、失敗しないように――


「……ぁ」


 そう思った時、先週の試合で見た春日野さんの笑顔が脳裏に浮かんできた。


 あの、何処か幼くも見える屈託のない笑顔。


 舞い散った汗がキラキラ輝いていた事もありとても幻想的で光輝いた笑顔だった。


「…そうだよね。春日野さんだって、女の子だもの。あんな表情だってするさ」


 そうしているとまたあの笑顔が見たくなっている自分がいる。


 満面の笑みで喜びを表すその姿は、普段の春日野さんからは想像できないような、とても素直な笑顔だったように思える。


 今日、もし何処かであんな風に笑ってくれたら……。


「あ、いやいや。流石にそこまでは高望みだろ!」


 浮かびかけた思いを振り払い、気を取り直す。


 ともかく、まずは今日失敗だけはしないように、頑張ろう!


「さて、集合時間は……まだ早かったか」


 時計を確認すると約束の時間より三十分は早い。


 いくら何でも早すぎた。


 緊張からか遅れないようにと早く出発し過ぎたかもしれない。


 とりあえず待とうか周りの邪魔にならないよう駅の壁に寄る。


「あ! 竹越君」


 その声が聞こえたのは、壁際に歩み寄った瞬間だった。


 振り返れば、そこには春日野さんがいる。


 彼女は、白いTシャツに薄い水色のカーディガンを羽織り、足にピタッとしたジーンズ姿で長い脚が強調されている。女性的であり、でも様になったカッコよさがある。


「春日野さん。どうしたんですか、こんなに早く」


「いや、その。どうも待ちきれなくて早めに出たのだが……早すぎてしまったようで。三十分も前にここについてしまった」


 驚いて声をかけると、彼女は苦笑しながら答えた。


「そうなんですか? 僕も丁度、今ついたばっかりだったんですよ。来るまで待とうかと思ってて」


「はは。どうやら考える事はあまり変わらないようだ。初デートともなれば流石に緊張もするからね」


「あ、はい。僕なんか一週間心の何処かにデートの事があって」


「それは私とて同じだ。今日という日が楽しみ過ぎて、その事ばかり考えてしまっていたよ」


 何処となく余裕を感じさせる春日野さん。ソワソワしていただけの僕とはやはり違う。


 はぁ~。今日もオシャレでカッコいい。


「ん? どうかしたかい?」


 と、不意に聞かれ、我に返る。


 おっといけない。考えてた事が顔に出てしまったようだ。


「あ、いえ。何でもないです」


 慌ててごまかし、彼女と目を合わせる。


「じゃあ、行きましょうか。ちょっと早いですけど、集合しちゃったので」


「そうだね。行こう」


 僕らは連れだって、目的地の遊園地へと向かった。


 程なく遊園地に到着し、僕らは一日フリーパスを購入し、遊園地へと足を踏み入れる。


「わぁ~」


 遠目から見ていてもテンションが上がったが実際に目の前にするともう完全に別の世界だった。


 外界とは隔絶された広大な夢の世界だ。


「……やっと来れた、またここに」


 僕が久しぶりの遊園地に感動していると、隣で何か呟く声が聞こえた。その声は完全に周囲のざわめきに埋もれてしまったが。


 振り向くと、春日野さんが目を細めて、何かを懐かしんでいるようだった。


 もしかして、ここは何か思い出の場所なのかな?


 そう思って口を開こうとした時、春日野さんははっとしてこちらへ向く。


「おっと済まない。遊園地に来るなど久方ぶりだったから、思わず嬉しくなってしまった」


「あ、そうでしたか」


 彼女が恥ずかしそうに笑うので、僕も何だかほっこりして笑みを返す。


「じゃあ、行きましょう。何処から行きますか?」


 僕はチケット売り場で貰った遊園地のマップを広げる。


「う~ん、どうしようか。これだけあると、色々目移りしてしまう」


「色々ありますね。観覧車にメリーゴーランド。それに……大定番のジェットコースター!」


 アトラクションを指さしながら言う。すると、春日野さんが一瞬びくっとなって、最後に指さした場所を凝視した。


「じぇ、ジェットコースター」


「どうしました? ジェットコースター、気になります?」


 その視線に少しだけ首を傾げて尋ねると、彼女は慌てたように視線を逸らす。普段はあまり見られない姿だ。


「あ、いや。その……やはり……遊園地だと、ジェットコースターは定番なんだな…と思ってね」


「あ~、そうですね。やっぱり遊園地の醍醐味かなと思います。行きます?」


 聞き返してみると彼女はどうしようと困ったように視線を泳がせる。


 ただその視線は必ずマップ上のジェットコースターを通っている。


 これは気になってるが、乗るか迷っている目だ。


 そして、


「あ、ああ。君が定番だと言うなら、行ってみようか。折角遊園地に来たんだから。楽しみだね」


 結局そわそわしたまま答えが来て、ジェットコースターの列に向かった。

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