第14話 謎の表情
翌日、僕は普段通りに登校した。
昨日とはうってかわって、異様に静かな朝だ。
昨日、あれだけの騒ぎがあったにも関わらず。
いつもなら、ひそひそ風丸聞こえの僕に対するおかしな噂話が飛び交うというのに。
しかも、春日野さんとの交際もバレたから、話の一つも聞こえてきて良いと思うに。
不思議に思いつつ、鞄を教室に置いてから花壇の水やりをして教室へ。
そこには、いつもの康介、豊、忠司の三人がいる。
「おはよ~」
「「「おう、はよ~、龍之介」」」
異口同音で返ってくる挨拶を受けながら、僕は席に着く。
「龍之介、どうかしたか? 疑問ありそうな顔してるけど」
康介から声がかかる。
康介は僕が今朝の状況を不思議がっているのが分かるらしい。
「いやね。今朝は僕が登校してもいつもみたいに丸聞こえの話とか聞こえてこなかったなって。昨日は春日野さんとの交際がバレで大騒ぎだったのに」
「あ~。それな。なんでも、教員側が昨日の昼の大騒ぎに気づいたらしくて。あんまり人の交際を騒ぐものでもないからって、カップルに付き纏ったりするのを禁止だとさ。昨日の昼はお前らを見つけようと必死になって弁当を食べ損ね午後の授業で早弁ならぬ遅弁が横行したとか」
「あ~…先生たちまで動いたんだ。とんでもない事になってね」
その事態には、思わず苦笑いしてしまう。自分としては助かるのだが、事が大きくなり過ぎててリアクションに困る。
「良かったな、龍之介。これで一々こそこそしなくても、彼女と昼を過ごせるぞ」
「ったく。昨日せっかく安全に脱出できるように協力してやったのにお前がミスったから騒ぎになったんだぞ? 反省しろ」
忠司はサムズアップしながら、豊はジットリした目で、それぞれ言いたい事を言った。
「あ~。まぁ、昨日の失敗は謝るよ。でも、これで我が校のカップルの平和が守れるんなら、良い……のかな」
「っけ。カップルの平和なんて守られたって、俺の心の平穏は守られねぇよ!」
「おいおい、豊。お前が、もし、万が一、まかり間違って、誰かと交際、なんて事になった時、誰にも邪魔されずにいられる権利が手に入ったんだぞ? もっと喜べよ」
「そうだぞ、豊! お前だって、もし、万が一、まかり間違って誰かと交際できたら、誰にも邪魔されない権利が得られたんだ。ここは喜ぶところだぞ」
「だぁ~! お前ら! もし、万が一、まかり間違っての言葉が余計だ! 俺だって彼女位作ってやるよ! すぐにでもなぁ!」
最終的にはいつも通りのコントみたいなやり取りに落ち着く。
そこで前の扉が開き、担任が教室へ入ってきて、その場はお開きとなった。
それから、僕は午前をほとんど教室で過ごした。
一応、僕らやカップルへの付き纏いなどについては禁止されているが昨日の今日だから下手に動かない方がよさそうと思った。
今度は昼に彼女のクラスまで出向いて、呼んで貰えばいい。
とりあえず昼までの時間は授業に集中しよう。
そう考えて、僕は授業を聞いた。
集中して聞いていると授業の時間は飛ぶように過ぎていった。
ただ、集中しているので、内容もすいすい頭に入ってくる。
これは復習するのも楽そうだ。
そうやって、僕は授業の内容を頭に入れて昼を迎えた。
さて。
そろそろ行こうかな。
そうやって腰を上げると、康介達も僕を見る。
「おう。行くのか」
「うん。一回、隣に迎えに行くよ」
「そっか。まぁ、お前らを追いかけ禁止になったが、一応気をつけろよ。どっちみちお前目立つんだから」
「ははっ。そうだね。一応用心しておくよ」
「はぁ~。良いからさっさと行け。おまえのか・の・じょが待ってるぞ?」
「こっちでも周りには一応気を付けておく。お前は安心していってこい!」
「うん。じゃあ、行ってくるよ」
康介、豊、忠司の三人に送り出され僕は教室を出ようとした。
「すみません」
声が聞こえたのは、その瞬間だった。
ふと見れば、前扉の前に春日野さんの姿がある。
何人かの女生徒が彼女の元へ駆け寄ると、彼女は
「竹越君はいるかな?」
と王子様然とした姿の春日野さん。
本当なら男の僕が彼女を迎えに行くべきところをわざわざ来てくれた。いや、来てくれてしまった。
男として、恋人にそんな事をさせてしまうなんて。
一生の不覚だ!
おまけにその姿までカッコいいものだからどっちが男なのかわからなくなる。
「あらら~。王子様が迎えに来ちゃったぜ~」
その様子に、康介が面白がって茶化しにかかる。そして、そのまま手を上げる。
「お~い、春日野~。龍之介ならここにいますよ~」
康介の声に気づき、春日野さんも僕に向かって手を上げる。
なんか凄く恥ずかしい気がしたが、バレてしまっては打つ手はない。
すごすごと春日野さんの元へ向かう。
「やぁ、竹越君。どうやら今日からは平和なようだから、待ちきれなくて迎えに来てしまった」
「はは。僕も迎えに行くつもりだったんですが、先に来られるとは思ってませんでした」
「ああ。何だか、待ちきれなくてね。では、行こう」
「あ、はい」
差し伸べられた手を取り僕らは教室を出て体育館へ向かった。
今日は昨日と違い、誰かに追いかけられる事もない。
擦れ違う生徒の視線やひそひそ話は聞こえるがそれぐらい。
その事に胸を撫でおろし、僕らは体育館へと入っていった。
今日は昨日のように、既に練習している生徒はおらず、皆が体育館の端で昼食をとっていた。
「お! 噂をすれば。来たね、ご両人」
僕らが近づくと、美也子さんが顔を上げて悪戯っぽく声をかけてくる。
「美也子さん。こんにちわ」
「はは、丁寧に挨拶されちゃったよ。竹越君は良い子だな~」
「挨拶はちゃんとするのがモットーですから」
「それで美也子。練習に参加するから、暫くはここで昼食をとらせてもらう事になるんだが……」
僕が笑って返したところで、春日野さんが美也子さんを伺うように告げる。
「あ~、竹越君もここにいて良いかって事? 大丈夫。身内の彼氏だし、桜が練習参加するなら、別にいてもらって構わないよ。ね、部長?」
美也子さんが横を向きながら告げると、左足にギプスをつけた女生徒が無言で頷く。
あの人も一度見た事がある。女子バスケ部の部長さんで、怪我してしまった為、春日野さんに代理を頼んだ人だ。
春日野さんも部長さんの方を見て、頭を下げる。
「ありがとうございます、部長」
「良いのよ。昨日は大変な騒ぎだったって聞いたし新しい校則が出来たお陰で大人しいけどいつまた爆発するとも限らないから」
笑って答える部長さんに、僕も頭を下げて礼を言う。
その後は体育館で昼食をとり、バスケ部の練習を見て過ごす。
そうしているとあっという間に昼は過ぎ、僕らは体育館を後にして教室へと急ぎ戻る。
「今日の練習も凄かったですね」
その道すがら、僕は興奮気味に告げる。実際、見てるだけでも熱くなるような、全力の練習だった。
「ああ。もう試合が間近だからね。皆、必勝を誓って必死だよ。部長の怪我というのもあるから。私もついて行くだけでやっとだよ」
「そうなんですね! 僕から見たら、周りと同じようによく動けてましたし」
「いや。私は合わせるだけでやっとだよ。バスケ部の練習なんて中学二年以来だし、ウチのバスケ部は男女共に全国狙えるレベルだからね。それだけ練習もハードだし、ブランクがあると大変だね」
少し疲れたように笑う春日野さん。そういえば、前にバスケの練習を見た時もそんな事を言ってた気がするな。
「そうなんですね。確かにかなり激しい練習でしたし、昼間にやるには熱が入ってるな~って思いましたけど。でも、カッコよかったです!」
僕が熱を帯びて告げると、はにかむように彼女も笑う。
「ありがとう。周りから見てどれくらい出来ていたかは分からないが。ともかく試合までは日もない。出来るだけ準備をしなくてはね……足を引っ張らないように」
堅い表情をする春日野さん。ただ、その時は緊張しているのだろうと思い特に気にもしなかった。
「ええ。今度の練習試合は必勝ですもんね!」
「ん? 確かに、次の練習試合は負けられないが。その話はしたかな?」
僕が何気なく口にした言葉に、疑問符が返ってくる。
言われて気が付く。
ここ二日、そういう話題は出ていなかった。僕がこの事を知ってるのは、月曜にたまたま聞いたバスケ部の話からだ。
「あ、えっと……クラスの人がそういう話をしていて…」
偶然ながら、盗み聞きしていたような気分になってしまい、咄嗟に嘘をついてしまう。
「そうか。まぁ、我が校の女子バスケ部は強豪だから。何処かから外に出てもおかしくないか。君の言う通り、今週の練習試合は勝たなければならない。我が校の永遠のライバルとの対戦だからね」
僕の嘘にすんなり納得してくれて、彼女はその理由を補足してくれる。
その事も実は知っているのだが。
「それで、試合は土曜日の何時から、何処でやるんですか?」
それを誤魔化すように、僕は次の質問を投げる。
「ああ。ウチの体育館で昼の二時からだよ」
「わかりました! じゃあ、友達連れて応援に行きます!」
はっきりと告げる。
それから僕らは、仲良く談笑しながら校舎へと戻った。
その間、僕はさっきのつまらない嘘について後悔していた。
あ~、なんであんなどうでもいい嘘ついちゃったんだろ。
そう思っていると、ふとあの時の情景が思い浮かんできた。
それは、春日野さんが周りの部員達から王子と言われていた時。
感情の読めないひどく複雑な表情で笑っていたのを。
「ぁ……」
音にも満足にならないような吐息が漏れた。同時に、自分の中に疑問が湧き上がってくる。
あの顔は結局なんだったんだろう? 康介の言う通り、王子って言われるのが微妙に思ってたから? いやでも、あの顔はそんな感じでも無かったような。
「しかし、私に試合に出る資格など……、あるのかな? 王子だと見込まれてるようだが、私は違うのに」
キーンコーンカーンコーン
その事に考えを巡らせるのと、予鈴がなったのは同時だった。
春日野さんも何か言った気がするが、予鈴で聞こえなかった。
だが、その顔にはまたあの感情の読めない複雑な表情が浮かんでいた。
あ、またあの表情を…。
「あ、予鈴だ。急ごう。授業に遅れてしまう」
が、すぐ気を取り直したように表情をすぐにきりっと改めて告げた。
僕も頷き、僕らは早足に教室へと向かう。
しかし、その日は、あの複雑な表情が引っかかって授業に集中できなかった。
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