第13話 追いかけっこ
かくして、追いかけっこが始まった。
僕は必死で逃げ、時に段を飛ばし手すりを滑りながら、階段を駆け下りる。
そうして、一階まで辿りつくと廊下を全力ダッシュ、昇降口の春日野さんの姿を見つける。
「ああ、竹越君。待っていーー」
「すみません、春日野さん!」
半ば半狂乱に叫ぶ僕。そんな僕に首を傾げる春日野さん。
「そんなに慌ててどうしたんだい? 心無しか息も荒いし」
「まてぇ~、姫ぇぇぇ~!」
彼女が聞き返すのとほぼ同時かそれぐらいで、背後の階段から声が轟く。
ヤバい! モタモタしてて追いつかれた!
「いつの間にか王子もいる。やはり二人でお昼をするつもりだったんだ!」
「ならば追わねば! さぁ、姫! 王子! 大人しくお縄につくのだぁぁ!」
近づいてくる脅威
あぁぁ~! くそ! 何で、彼女とお昼食べようとするだけでこんなに追いかけられなきゃいけないんだよ!
「竹越君! 彼らは…」
「クラスメイト達と野次馬の軍勢です! 僕たちのお昼を鑑賞しようと、僕らを追いかけてるんです! 早く逃げないと最悪〇されます!」
「〇って……ええ!?」
早口で説明すると、予想通りの反応が返ってくる。しかし、彼女が驚いていたのも束の間、僕の手を掴んだ。
「え? 春日野さん?」
「イマイチ状況は飲み込めてないが、ともかく逃げるんだな。なら行こう!」
言うや否や、僕の手をとって彼女が走り出す。僕はそれに引かれる形で一緒にもう一度駆け出す。
それはさながら、王子様がお姫様の手を引くかのように。
その状況に、僕の顔が一瞬で沸騰する。
自分が男で、彼女が女なのに、どうしようもなくカッコいい。
「王子が姫の手を引いて逃げてる! 俺達を振り切る気だ!」
「あ~、でも。王子が姫の手を引いてるの、映画のワンシーンみたい。絵になるわ。私の脳内フォルダに保存しよ」
そのフォルダにどんな画像が保存されているのか、小一時間問いただしたくなったが、今はそんな事言ってる場合じゃない。
僕としては、今の状況が王子と姫の逃避行みたいに言われているのも屈辱的なのだから。
畜生、見た目は言われてる通りなんだろうな! どうしてこんな事に。
「ああ、そうだね。何とも麗しいお姿だ! 姫も頬を赤く染めてなんと可憐な!」
「だからこそ、二人の昼食を遠くからでも眺めたい! きっとそれは高貴で優雅に違いないのだから!
「どうか、昼を共にする姿を我らにお見せいただきたい! 一生のお願いです! どうか、我々下々の者にそのお姿を観覧する権利を!」
「断固お断りします!」
クラスメイト達のお願いをバッサリ切り捨てる僕。
そもそも、僕が可憐ってなんだ! 何度も言うが僕は男だぞ!
何考えてんだ、ウチの生徒は!
人の迷惑も考えず……全く、困った人達だ。
昇降口を出てすぐ正門側に向かいそこを横切ってグラウンドの反対側に向かう。
そのまま、無人の野球グラウンド外周を駆け抜け、裏門前から校舎裏まで回り、また昇降口前を駆け抜ける。
それで学校の敷地を既に一周。
しかし、追手が僕らを諦める気配は一切なし。
仕方なく僕らは更に走る。
そして、暫く走った先の左横手に、体育館が見えた。僕達は体育館を外周すべく進路を左へ。
「桜! こっち!」
声が聞こえたのは、その瞬間だった。
同時に、体育館の重たい扉が開いて、見覚えのある女生徒が僕らに手を伸ばす。
その手を春日野さんは掴み、そのまま体育館へと僕らは飛び込んだ。
体育館の扉は、僕らが入ると同時にバタンと閉まり、その背後から大人数が駆け抜ける音がした。
僕は体育館の入り口で、春日野さんと手を繋いだままへたりこむ。
「た、助かった……」
「ああ、そのようだ。何とか撒けたね」
呆然と僕が呟くと、春日野さんも笑って答える。
「二人とも、無事みたいだね」
そんな僕らに、横から声がかかる。見ると、先程僕らに声をかけてくれた女生徒がいた。よく見れば、その人は以前見た事のあるバスケ部員だ。
確か、春日野さんにパスを出していた人。
「ああ、美也子。助かったよ。感謝する」
「いいって、いいって。こんなの助けた内に入らないから」
「あ、えっと……」
状況を確認したくて、僕は二人の間に割って入る。
「あの、あなたは?」
「ああ、ごめん。あたしは山岸美也子。桜とはクラスメイトで友達なんだ。君は……竹越、龍之介君だっけ? 我が校のお姫様とか言われてる」
「ぅ……は、はい。その通りです」
ズバリ言われて、僕はぐっとなりながらも答える。
「美也子は私のクラスメイトで高校に入ってからの友達なんだ」
「たまたま同じクラスになって。凄く綺麗な子だな~と思って声をかけてそれから仲良くなったんだ~」
「へぇ~。そうだったんですね」
二人の関係に納得する僕。
「あの、助けていただき、ありがとうございました」
「あ~、いいよ。桜にも言ったけど、こんなの助けた内に入らないから」
ニカっと笑う山岸さん。
「そうそう。そういえば竹越君、桜と付き合い始めたって?」
「あ、はい。そうです」
「顔に似合わず勇敢な男だったから、交際を申し込んで、期間限定だが了承を得たって今朝桜が言ってて、急にどうした?って思ったよ。しかも理由が、ホームランボールから桜や弟妹を守ったとか。いや~、ホームランボール相手に自分を犠牲にして人助けとか、姫とか言われてる割に結構やるね、君」
「あ、はは。なんか、あの時は勝手に体が動いちゃって」
言われて、頭をかく僕。
「へぇ~。ホームランボールからね~。それって、体を張ったって事?」
「はい……頭のてっぺんからボールを突き上げて軌道を反らしたみたいです」
「え? ホームランボールにヘディングしたの!?」
目を丸くする山岸さん。まぁ、驚くのも当たり前だよな。
ホームランボールにヘディングなんて普通しないから。
「はい。恥ずかしながら、そうなってたみたいです」
苦笑交じりに答えると、山岸さんはふうん、なるほど~と楽しそうに笑って告げる。
多分、面白い奴だな~、とか思われてそう。
「あ、それで。どうして山岸さんは、体育館にいたんですか?」
「あぁ~、それはね」
話題を変える為に質問すると、山岸さんは後ろを示し答える。
示した先ではコートでシュート練してる女生徒の姿があった。
「今週末試合だからね。こうして体育館の使用許可を得て、みんなで自主練してたんだよ。それで、外から騒ぎの気配を感じたから、あっちの入り口から外を見たら、二人が走ってこっちへ向かってきてたから、こっちに逃がせないかと思って、タイミングを見計らって二人をみんなで引っ張りこんだわけ」
「あぁ、なるほど。そうだったんですね」
「にしても驚いたよ。外を見たら二人して走ってるから。何かと思ったら追いかけてる一団がいて、朝の騒ぎの延長か~って。ホント困ったものだね」
彼女は困ったように肩を竦める。
「外じゃ落ち着けないだろうけど、ここなら大丈夫。バスケ部は許可を得て使ってるけど、部外者は基本立ち入り禁止だから安全だよ。昼食取るのも許可出てるからゆっくりできるから」
「ありがとうございます。やっと、落ち着けます」
「どういたしまして。二人とも、これで安心だね」
「ああ。ほんとうに助かったよ、美也子」
「どういたしまして。それじゃ、あたしは自主練に戻るね」
そう言って、山岸さんは体育館で練習する女生徒達の方へと戻っていった。
それを見送り、僕は春日野さんの方を見る。
「それじゃ、ちょっと遅れましたけど、お昼にしましょうか」
「そうだね」
僕らは連れだって、体育館の中へと足を踏み入れた。
その後、平穏な昼を何事もなく一日は終了した。
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