第12話 昼時の攻防
今日の午前は、何故かやたらと早く終わったように感じた。
朝からずっと向けられる好機の視線を無視する為に、ただ只管目の前の事に集中していたのだ。
気付けば午前の授業は終わって昼休みの時間になっていた。
彼女との、約束の時間だ。
僕は重い腰を上げ、弁当袋を取り出し立ち上がる。
何とか騒ぎにさせず、春日野さんの元に辿りつき、周りに見つからないようにお昼を一緒にせねばならない。
これは、かなり難易度の高いミッション。それでも絶対に成功させねばならない。
その緊張で、僕の体は硬くなった。
「おう、龍之介。行くのか?」
そんな僕に、康介が小声で声をかけてくる。
僕は小さく頷き、同じく周りに聞こえないよう小声で答える。
「うん。ごめん、みんな。決めた通りにお願い出来る」
「ああ、任せろ。俺達が安全にお前を春日野のところに送り届けてやる」
「まぁ、協力するって言っちまったからな。やってやるよ」
僕の言葉に、同じく小声で答える忠司と豊。
実は友人達と既に昼食時の作戦は決まっている。周りを出し抜く為の作戦を。
そうして、他の三人も席を立ち、教室を後にしようとする。
立ち位置は、僕と康介が前、僕を隠すように忠司が後ろでその横に豊だ。
背後から見たら僕の姿は大柄な忠司の影に隠れて見えない筈。
「さて、飯だ、飯! 今日は何処にする?」
「屋上で良いんじゃね? 天気も良いし」
「良いな。そうしよう。な、龍之介」
「うん。じゃあ、行こう」
教室を去り際、僕らは敢えて周りに聞こえるような声で言葉を交わし、そのまま廊下に出る。
そうして、階段の方へと進むと、教室から何人かの男女が僕らの後をついて歩いてきた。
多分、僕の動向を探ろうとしているのだろう。
だが、もう既に僕たちの作戦は始まっているのだ。
彼らが僕たちの跡をつけてくるのは、予想がついていた。
だからそれを逆手に僕は彼らを出し抜いて昇降口まで辿りつく手筈なのだ。
「そういや昨日のファイティング見た? 井内洋一選手のあの見事なクロスカウンター。凄かったよな~」
「ああ、見ていたぞ。確かにあれは凄かった。一瞬観客が静まり返ったぐらいの見事なカウンターだった」
「悪ぃ、俺昨日野球見てたからそっちは録画でまだ見てね~。つーわけで今のネタバレ。ペナルティー一な?」
「僕は昨日はテレビ見てなかったよ。そんなに凄いなら、康介に見せてもらおうかな?」
「おい、お前ら! ファイティング見てないとか非国民だぞ!」
「そんな法律はねぇよ。一番組だろうが。野球だって国民的スポーツだぜ?」
「僕は昨日、いろいろあったからね~」
ムキになる豊にいつも通り軽くいなす康介と半笑いで返す僕。
全くいつも通りの会話。
僕らを知っているクラスメイト達も、僕らが屋上で食事をしに行こうとしているのを信じたかもしれない。
そこが狙い目だ!
階段を上り、踊り場から次の階へ。
ここでは、まだ動かない。
そのままもう一つ階段を上り始める。そこで、クラスメイト達はまだ僕らについて来ているのを、再度確認した。
さて、ここからだ。
「にしても驚いたよな。龍之介があの春日野桜と交際だなんて」
「そうそう。知らぬ間に抜け駆けしやがって」
階段を何段か登った所で忠司と豊が自然に話を振ってくる。
「そうだよな~。俺達が知らない間に、あの春日野桜となんて。どうやって口説いたんだよ、お前」
「それはちょと言えないよ。いくら康介たちにだってさ」
自然な感じで続ける康介に、僕はちょっと恥ずかしそうに聞こえるように返す。
既に皆事情は知ってるのでこれは完全に芝居。
芝居気を消すのに苦労しつつ、素っぽくなんとか返せた。
「あ~あ。俺らの中で一人だけ彼女持ちか~。でも、良かったのか、今日。昼も俺達が付き合わせて」
「うん。今日は放課後まで約束が無いから~」
わざとらしく聞こえないよう、かつクラスメイト達にはっきり聞こえるように僕はわざと大き目な声で伝える。
その言葉に、背後のクラスメイト達は、な~んだ、昼は何も無しかとあからさまに落胆したような空気を出す。
クラスメイト達に、油断が生じた瞬間だった。
そうして、僕たちは次の階へと昇りきる。
同時に、僕は前かがみになり、豊を壁にしてすっと廊下の方へと抜けだす。
僕はそのまま足音がしないよう早歩きで反対側の廊下へ急ぐ。
よし、上手く行ったぞ!
これが僕らの作戦だ。
クラスメイト達をわざと牽きつけるように行き先を告げてわざとついてこさせる。
今日の昼は春日野さんとは会わないと嘘を聞かせて油断が生じた瞬間、僕が抜け出し反対の階段から昇降口へと向かう。
これでクラスメイト達はまける。
後は周りに見つからないように昇降口で春日野さんと合流し、人気の少ないところで昼を過ごす。
うまくいくかは五分五分だったが、完全に上手く嵌った。
よし、急ぐぞ!
春日野さんが待っているんだから!
そう思い、僕はいつの間にか早足が駆け足になっている事に気づかなかった。
そして、運悪く正面から、現国の先生が歩いてきていた。
「こら、竹越。廊下を走るんじゃない!」
大声で叱責する先生。その声は廊下全体に響き渡る。
まずい!
そう思ったが、時既に遅し。
僕が抜け出した事を悟ったクラスメイト達が全速力で階段を上ってくるのが分かった。
「あ! やっぱり、姫が抜け出してる!」
「くそっ! 俺達を嵌めようとしてやがったな!」
僕はその声に背中を押され、たまらず全速力で駆けだした。
「あ! 竹越、廊下を走っては!」
「すみません、先生! 後で反省文でも何でも出しますから、今はこれで!」
ヤケクソ気味に叫び僕は一気に廊下を駆け抜けると、プロレーシングドライバーばりのコーナリングワークで階段へと突っ込むと、そのまま段を飛ばして駆け抜けた。
「逃がすな! 姫の行き先に王子も必ずいる筈だ!」
クラスメイトの叫びと共に、とんでもない数の足音が怒号となって僕に迫ってくる。
「ちくしょう! 失敗したぁぁぁ~~!」
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