第11話 緊張と噂
翌日、僕はいつも通りの朝を過ごして学校へと向かった。
学校へと向かう間も、特に変わったことが無かった。
まぁ、彼女が出来たからと言って日常が全部変わるわけでもない。
どう過ごせば良いのかわからなくなってもいたのが実際のところだったが、これならどうって事は無さそうだ。
「やぁ、竹越君」
ただ、その声を聞いた瞬間の僕の胸は大きく脈打った。
振り返ればそこには僕の暫定彼女、春日野桜さんがいた。
その姿は相変わらず麗しい美女。
それでいて言葉遣いから品のある王子然とした何かを感じる。
僕はしばらく彼女に見とれて足を止めてしまった。憧れの人が朝から僕に声を…。
自然と頬が紅潮してしまう。
「ん? どうした、竹越君?」
そう問われ、僕ははっとする。
そうだ。
恋人から朝の挨拶をされたんだ。何か返さないと。
とりあえず、まずは朝の挨拶だ。
「あ、おぉはようございますぅ、春日野さん!」
思い切り声が上ずる。発音も大分おかしい。
緊張からまともに喋れない。
「ああ、おはよう。君は朝から面白いね。声が上ずっている。朝だから調子が出ないのかな?」
「あ、いえ。そういうわけじゃ」
消え入りそうな声でぼそぼそ呟く。
あなたに声をかけられたので、緊張して!とかはあまり言いたくない。
何しろ僕らは今、交際しているのだ。
彼女相手に一々緊張しているなんてかっこ悪い。
「まぁ、緊張するのも仕方ないか。私だって、少し舞い上がってしまっている。何しろ私達は、今日から彼氏彼女の関係なのだから」
春日野さんは何気なく告げた。
が、その何気ない一言で、周囲がざわつくのを感じる。
僕らと同じく登校中だった生徒達が一斉に狼狽しだしたのだ。
そうなって初めて気づいたが、どうやら僕らは周囲の生徒達から注目の的だったようだ。緊張して、全然気づかなかった。
「おい、今の聞いたか?」
「ああ、聞いた、聞いた」
「彼氏彼女の関係って言ったわよね」
「ええ、確かに聞いたわ」
「って事は、あの二人。付き合い始めたって事?」
「うそでしょ! 私、密かに姫の事、狙ってたのに~」
「アンタじゃ無理よ。いや、無理になったって感じかな。何しろ相手はあの王子でしょ? 敵う筈がない」
「そうよね。あたし程度じゃ、王子には」
「我が校始まって以来の大事件だ!」
「王子と姫が、ついに結ばれてしまっただと! そんな事がまさか、現実に起こるなんて!」
「神は高貴な者たちを結ぶ運命を与えたのだ!」
「ああ、なんて事だ!俺達は今歴史的瞬間に立ち会っている!」
もはやひそひそ話なんてする気もないように、大声で言いたい事を言い出す生徒達。全く、この学校の人達は~。
「ああ。どうやら、周りを騒がせてしまったようだね」
「あ、はは。まぁ、あれはいつもと違うようで何も変わってない気もしますが。とりあえず、校舎に入りましょう」
困ったように周囲を見舞わす春日野さんを促し、僕は昇降口へと入る。
「あ! 来たわ、王子と姫」
「よく考えたら、これ以上無い程似合いの組み合わせだ!」
「あれはまるで芸術。そうか! あの二人は神が作りたもうた芸術品! 人として存在するのと同時に芸術なんだ!」
「ああ、神よ! これほど美しい芸術をこの世に生み出していただき、感謝申し上げます! アーメン!」
ただ、校舎内に入ろうが、既に外での騒ぎは中に広まってしまったようだ。
相変わらず、ぶっ飛んだ事しか言ってないのだが、こんな状況では二人で落ち着ける場所もない。
どうしたものかと思っていたら春日野さんが耳打ちしてきた。
「済まない。どうやら、落ち着ける状況ではなさそうだ」
「ああ。ですね。変な騒ぎになってしまって……」
小声で返答する僕。春日野さんは続けて
「今は時間が悪いから、また昼に落ち合おう」
「わかりました。昼ですね。じゃあ昼に迎えに行きますね」
「私は昇降口で待っているよ。そこで会おう」
「はい。では、昇降口で会いましょう」
周りに聞こえないよう、本当に微かな小声で伝え合うと、春日野さんは先に昇降口から校内へと入っていった。
周りは未だザワついてはいたがそんなのまるで気にする素振りもない。
彼女は王子という名に恥じない颯爽とした立ち振る舞いで静かに立ち去った。
僕も遅れて校内に入ると、教室にさっさと鞄を置いて、今朝の水やりに向かう。
その間もヒソヒソと話し声は尽きなかったが、まぁもう気にしても仕方ない。
いつも言われていた事が少し変わっただけの話だ。
そう考え、さっさと水やりを終えて教室に戻ると、既に悪友達が僕の席の周りを囲んでいた。
「「「おう、龍之介!」」」
「おはよ~」
三者三様で、僕に声をかける三人に答えつつ、自分の席につくと康介がニヤニヤと笑いかけてくる。
「いや~。さっきは凄い騒ぎだったな。いつもは姫可愛いとか、姫を抱きたいとかそういう話ばっかりなのに、王子と姫の交際話が校内中を一瞬で駆け巡ってたぜ? 何しろ教室にいた俺らにまで届いたくらいだから」
「知ってるよ。今朝も一緒にいて騒ぎになったから。多分、噂もそのせいだと思う」
「一躍時の人だな。元々有名だった二人だが、これから暫くはこの話題で校内は盛り上がり続けるだろうな」
僕が疲れたように答えると、忠司もにやりと笑いかけてくる。
「止めてよ。単に僕らが交際始めたってだけなのに。なんでこうもこの学校はおかしな騒ぎばっかり起きるわけ?」
「バカ、その中心がお前だよ! 大方朝からいちゃついてでもいたんだろ? 自業自得だ、非リア充の敵、エネミーめ。俺達を裏切るからこうなるんだ!」
頭を抱えそうになりながらうんざりとした僕に、今度は豊がやや辛辣に突っかかってくる。
「エネミーってなんだよ? 別に裏切ったつもりなんか無いよ? 今もこうして集まって話してるし。僕は君のフレンズだ」
「やかましい! リア充はみんな敵! で、何があったんだ?」
リア充をどうしてそこまで嫌うかはわからないけど話は聞いてくれるらしい。
いちゃついてたとか決めつける割に、何があったか聞いてくる辺り、そうじゃない事分かってるじゃないか。
「別に。普通に朝の挨拶をしてただけなんだけど。春日野さんが彼氏彼女の関係って事をつい言っちゃってそれを聞かれただけ」
「あ~。それは騒ぎになるな~。明確に交際が確定しちゃった時点で、噂にならない筈がない」
「交際する事になって春日野の方も浮かれてたのかな? そんな事言って騒ぎにならない筈が無いのに。迂闊な事をしたものだ」
「まぁ、交際のスタート時なんてそんなものだろ。ただ、龍之介も春日野も、この学校じゃ有名人過ぎるからそうなっただけだ。彼女出来たからって浮ついてんじゃね~ぞ!」
三人はそれぞれの相手の意見を受け言葉を繋げてくる。
まぁ、三人が言いたい事も十分わかる。
何でそこまで大事になるかな~とは思ってしまうのだが、元々僕らはこの学校じゃ有名な人間だから。
交際がバレるなんてなったら騒ぎになるのは当然だった。
迂闊だったけど、あの時点では周りの反応には気付いて無かったのだから仕方ない。
結局、あの場の騒ぎであの時はろくに話せなかった。
「今日は昼にまた会う予定だけど。何とか騒ぎにならないようにできればいいんだけど」
「それはキツクね~か?」
「ああ。既にこれだけの騒ぎだからな」
「校外にでも出る以外に、お前らに安息は無いかもな」
「そんな~~。学校の時間中に、外には出られないよ~」
三人の言葉に、ウンザリと呟き、ため息をつく。
「まぁ、頑張れ。俺達も協力するから」
「ああ、心友が困っているからな」
「仕方ねぇ~。一応協力してやるよ。一応、な!」
「お~い、お前ら~。ホームルーム始めるぞ~~」
豊が厭味ったらしく締めると、和美先生が入ってきて、今日の学校が始まる。
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