第9話 苦し紛れ

 そして、話は最初に戻る。


 僕は困惑してどう答えていいモノかも分からない。


「君は勇敢だ。自分が傷つく事さえも厭わず、人を助けようとした! あれが男らしくなくて何が男らしいのか! 私には分からない。君は男らしく、勇敢だ。顔が可憐な少女であろうとも、紛れもない良い男なんだ!」


 そんな僕に顔を真っ赤にしながら力説する春日野さん。


 褒められる事自体悪い気はしないがどう対応するのが正解か。


「あの……ですね?」


 暫し考え何とか口を開く。ともかく、何か言わねば!


「どうして僕なのかはわかりましたが……その……それぐらいの事で、人を愛するなんて事は……」


「さっきも言ったろ。私は顔に似合わぬ君の勇敢さに心を打たれたのだと!」


「そうですか。でもですね。いきなり愛してると言われても…」


「いきなりな事は承知している。私も君の勇敢さ、その見た目から姫と呼ばれているという事、それに毎朝花壇に水やりをしている事、成績はかなり上位にいる事ぐらいしか知らない」


「えッ?」


 不意の一言に素っ頓狂な声が出る。


「僕が花壇に水やりをしているなんて何処で知ったんですか?」


「私がたまたま早く登校した時、君が水やりをしているのを見た。気になって周りの人に聞いてみたら、毎朝水やりをしていると聞き、心優しい人なんだと知った」


「もしかして、僕が水やりしているのって、結構有名ですか?」


「有名かどうかは知らないが、クラスメイトに聞いてみたら口を揃えてそう言っていたよ。私が話したのは十人に満たないが、部活動をやっている生徒の多くは知っているという話だった」


 思った以上に有名だった事にまた困惑した。


 ささやかな事だから、みんな気にもしてないと思っていた。


「もしかして、成績の話も周りの人達から聞いたんですか?」


「ああ。水やりの件と反応は変わらなかったよ」


 案外筒抜けな自分の情報に動揺する。そんな事まで知られているとは思ってなかった。


「君は運動こそ普通程度の成績らしいが勉強が出来て心優しく、勇敢で美しい顔立ち。私が好意を抱くには十分だと思うが」


 春日野さんは、不思議そうに首を傾げる。


 確かに、こうして改めて並べられて見ると、条件的にはそこまで悪いわけでもない気はした。


 ただ、勇敢なのかはあまりよく分からないが。当たり前の事しただけだし。


 とはいえ、どう答えたら良いのか。


 彼女は至って真剣なようだ。


 本気で僕に交際を申し込んでいる。


 僕としてはあまり釣り合っていないようで気が引ける。


 かと言ってこれだけ真剣に交際を申し込んできた相手に対しそんな理由で断るのも気が引ける。


 そもそも彼女に憧れていたし他に断る理由が思いつかない。


 相手は真剣だから、答えをはぐらかす事も気が引ける。


 返事を待ってもらい数日考えても答えが出るかも分からない。


『お試しって良いよな~。合わなきゃ辞めれば良い。俺にも、誰かお試しで付き合ってくれる美女はおらんものか?』


 その時、ふと昼間に豊が話していた事を思い出す。


 お試しで……付き合い。それだ!


「あの! 春日野さん!」


 僕は前のめりで春日野さんに話しかけた。


「あの……申し出はとてもありがたいんですが、その……僕達、互いの事をよく知らないですし……」


「そうか。やはり断られるか。まぁ、当然だな」


 僕が言い淀んでいると春日野さんはため息混じりに呟く。


「急にぶしつけな事を言って済まなかった。すまなかった」


「あ! その。春日野さんの告白を断る、という事ではなくて、ですね?」


 勝手に違う方向に結論が出されてしまいそうだったので、慌てて訂正する。


「その……いきなり、そのままお付き合いというのは、僕的には気が引けるので。お試しでお付き合いいただけませんか?」


「?」


 僕の言葉に、春日野さんは顔を上げると困惑したように首を傾げたので、よく分かるように補足を加えた。


「つまり、その。まずは、期間限定のお試しで付き合ってみるのはどうでしょうか、という提案で。僕は貴方のような素敵な方の告白をされると気遅れしてしまうので」


「期間限定の恋人…なるほど。しかし、今回は私から告白しているのだから、ジャッジされるべきは君ではなく、寧ろ私の方ではないか?」


「いえ。僕から春日野さんの申し出を断る理由は無くて。告白された事自体がとても光栄でして。逆に僕は春日野さんとつり合いが取れないと思うので。僕が貴方に相応しいか見極めてほしくて」


 彼女の問いに、僕は思ったまま答えた。


 美少女みたいな顔で男らしさの欠片も見た目からは感じられない僕が果たして女性でありながらカッコいいこんな相手と付き合うに値するか、実際に疑問がある。


「そうか……」


 春日野さんは顎に手を当て、暫し考え込む。


「君は謙虚なのだな。私にとって君は最良の相手だと言うのに。分かったよ。付き合ってもらえるのなら私としては問題ない。君が私に判断を仰ぎたいというのなら、君にも私をジャッジしてほしい。私が君に相応しいのかを。互いに見極めよう」


「はい。それで期間ですが今から一週間程でどうでしょうか?」


 僕の提案に、また軽く首を傾げる春日野さん。


「一週間、か。随分短いな」


「お試しなので…それで見極めろというのは酷な話かもしれないですが、それぐらいでも多分ボロは出るかなって」


 実際、自分には微塵も自信なんてモノは無い。


 何処かで失敗して幻滅されるくらいなら早い方が良いだろう。


 そうすれば、彼女の時間だって無駄にならない筈だから。


「分かった。では、今日から二週間だな。その間、よろしく頼むよ、竹越君」


「はい、こちらこそ宜しくお願いします」


 最後に僕たちは互いに深く頭を下げると、春日野さんからバスケの練習があるからと言われ、そのまま僕たちは別れた。

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