第8話 始まり

 そして、放課後。


 つつがなくホームルームも終わり、今日一日の学校が終わる。


「よっしゃ、龍之介! 今日は付き合ってもらうぜ! 豊も忠司も、な!」


「分かったよ。昨日話を聞いたしね」


「待て! 我々には大事なバードウォッチングの任務が!」


「そうだ! ひらひらと舞うスカートと輝くアンダースコートを見に行って目の保養をしないといけないんだ!」


「そんなモノ、いつだって出来るだろうが! 覗きをしに行くぐらいなら、建設的に女の子を誘う方法でも考えるのが先だろ」


 いつも通りのしょうもない会話をしつつ、僕は帰り支度をして昇降口へ。


 僕は手を伸ばして靴を履き替えようと下駄箱の蓋を開けて手を入れる。


 カサッ


 と、何か紙のようなモノに手が触れた。


「ん?」


 僕は下駄箱を覗き込む。


 すると、そこには綺麗に畳まれた手紙が入っていた。


「お? ラブレターか?」


 僕が手紙に驚いていると、康介が後ろから覗き込んでくる。


「何ぃ!? ラブレターだと!?」


「俺にも見せてみろ!」


 更に、豊と忠司が康介の言葉に反応して、同じく後ろから覗き込んでくる。


 二人はじっと目を細め、僕の手元の紙を見つめる。


「本当だ。これは紛れもないラブレターだ!!」


「何故だ! 何故、龍之介にラブレターなど! この世は、何故俺という超絶イケメンに気付かないんだ!」


 忠司が冷静に分析し、豊が大げさに嘆き叫ぶ。


「いや。これがホンモノとは限らないよ。悪戯かも」


「とは言っても凄く丁寧な字で書かれてるぜ? 女の字だよ」


 折角、豊を宥めようとしたというのに、康介め~。


「女子でも字が綺麗なだけで悪戯じゃないなんて分からないよ」


「で? お前、どうするんだ? 無視するのか?」


 僕が尚も言い募るのに対して、康介が詰め寄ってくる。


 まぁ、確かに現実的に向かうかどうかは決めないといけない。


「とりあえず行くよ。本当に誰か待ってるなら待ちぼうけさせるのも悪いし。告白以外かもしれないしね」


 結局、行ってみないと何があるか分からない。


「しかしこの状況告白以外に考えられんぞ?」


「そうだよ。俺にも分かる! 天は何故かこの俺を見捨てて、龍之介に愛の告白チャンスタイムを与えたのだ!」


 冷静に返す忠司に対して豊は更に嘆きの叫びを喚き散らす。


「じゃあ、隠れて見てれば良いよ。僕なんかが誰かに告白されるなんて、普通に考えたら有り得ないんだから」


 僕が体育館裏に向かうと結局三人とも後ろから着いてきた。


 昇降口から左に真っ直ぐ行けば体育館がある。


 僕は部活をやっている生徒達が駆け回る校庭横の通路から体育館へズカズカ歩いて向かった。


 そうして、遂に体育館まで辿り着く。


 体育館裏へと進んでいく。


 そうしていると、急に心臓が高鳴り出す。


 何だ?


 緊張しているのか、僕?


『僕なんかが誰かに告白されるなんて、普通に考えたら有り得ない』などと豪語しておきながら。


 結局は土壇場になってこんな状態になってしまう。


 男というのは、かくも悲しい生き物なんだなとつくづく思う。


 同時に、やっぱり僕は男なんだとも思う。


 そんな事を考えていたら、つい立ち止まってしまい、足も鈍って前に出られない。


 すぐに体育館の裏手に出られるというのに。


 こんなところで緊張して足を止めている場合じゃ無い。


 さっさと確かめて何も無ければさっさと康介たちと帰るだけ。


 そう思い、無理やり体を動かして体育館裏へ足を踏み入れた。


 そこには、見事に咲き誇る桜が一本植えられていた。


 校門の外には見事な桜並木があるのに対して一本だけだが、 却って一本だけというのが風情を感じさせてくれる。


 さて、誰かいるだろうか?


 そう思って目を凝らすと、桜の袂に誰かが立っていた。


 それは女生徒のようで、スカートが風に靡いてヒラヒラと舞っている。


 桜の木も相俟って絵になる光景だ。


 僕は、その人がいるところへと近づき、以外な人物に目を見開く事になる。


 春日野桜さん。


 昨日、何も言わずに飛来するホームランボールから守り、今日はやけに熱の籠った視線を向けてきていた人物。


 ……ああ、そうか。


 そこで悟る。


 昼間に、彼女は僕を見ていたが、それは恐らく昨日の礼をする為だろうと思った。


 クラスも違う彼女は休み時間は友人達といる事が多い僕だからいきなりは話しかけづらい。


 だから、わざわざ放課後こんなところに呼び出したんだろう。


 それさえ分かればもう何も思う事は無い。


 彼女からの礼を受け康介達と遊ぶ約束を実行すれば良いだけ。


 僕はさっきまでと違った軽やかな足取りで彼女の元へ歩み寄る。


 すると、彼女も近づいてきた僕に気付いて体ごと向き直った。


「ああ、良かった。来てくれて」


 彼女は安心したように呟く。


 そして、もうお互いに声をはっきり聞き取れる位置まで歩み寄ると、僕を真っ直ぐ見つめた。


「急に呼びだてして済まない。竹越龍之介くん」


「あ、いえ。特に予定はありませんでしたから、大丈夫ですよ? …春日野桜さん、ですよね? 隣のクラスの有名人の」


「ああ。春日野桜だ。有名かは私にはわからないがね」


 春日野さんは頷きつつ、はっきりと答えてくれる。


「で、あの。どうして僕なんかを急に手紙で呼び出したりしたんですか?」


 対して、僕は一気に本題を切り出す。


 昨日の礼だろうと確信し話をさっさと進める為に。


「ああ。それは…君に、どうしても伝えたい、…事があってね」


 が、予想外に春日野さんは言い淀む。心なしかもじもじしているようにも見えた。


 あれ? お礼ってそんなに言い出しづらい?


 内心そう思っていた。


 だが、次に彼女から告げられた言葉は、完全に予想外だった。


「どうやら私は……君を……愛してしまったようだ」


「えっ!?」


 はっきりと、彼女はそう告げた。頬を真っ赤に紅潮させて。


「だから、私の恋人になってくれないだろうか」

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