第6話 目を覚ませば

「んっ」


 僕は不意に目を覚ます。


 体を起こして周りを見れば、そこはバイト先の控室だった。


 あれ?


 僕、ボールが直撃して、それから……。


「ああ。目を覚ましたのね、龍之介ちゃん」


 そこへ、店長が控室へと入ってくる。


「あ。店長すみません。えっと…なんで寝てたんですっけ?」


「広場から飛んできたボールから姉弟妹を身を挺して守ったの」


 言われて思い出す。そうだ。ボールを顔面ブロックを…。


「ああ、すみません。シフト中に気絶しちゃって」


「いいのよ。もう殆どシフト終わりだったし。それにしても全く恐れ入ったわ。飛んできたボールから身を挺して人助けなんて。顔に似合わず勇敢じゃないの」


「あ…えっと。ボールがこっちまで来るって気付いて、落下地点に人がいたので、遂反射的に飛び出しちゃっただけなんですが」


 勝手に体が動いただけ。

 

 まるで後先も考えていない行動だったとしか言いようが無い。

 勇敢というより、無鉄砲なだけな気もする。


「いいえ。貴方が助けた姉弟妹のお姉ちゃんも、言ってたわよ。彼の勇敢さのお陰で怪我をせずに済んだってね」


「あ、はは。で、そういえば、僕どれくらい気絶してました?」


「まぁ、十分ってところね。以外と早く起きてくれて良かった。もうバイトの時間も終わりよ。で、何処か痛かったりしない?」


「ああ。大丈夫です。意識もしっかりしてますし、特に異常は無さそうです」


 何処か痛いところがあるかと言えばまるで痛いところは無い。


「そう。何かあったらご両親に連絡して、病院に連れて行こうと思ってたんだけど」


「大丈夫です。一人で帰れます」


「ほんとに? 硬球が頭に直撃したのよ? 何か体に異常があったっておかしくないのに」


「いえ、ほんとに大丈夫ですから。見ての通り普通に動けるし」


「そ。なら、早く着替えて今日は帰りなさい。もう時間も遅いから気を付けてね。そして明日以降で必ず病院へ検査に行くこと」


 いいわねと釘を刺し、店長は店舗の方へと戻っていった。


 僕は急いで着替え、そそくさと店を後にした。


 すると、頭から鈍い痛みがした。


 ボールが当たったところがたんこぶになっている。


「ああ。無茶したな~。これ、母さんに怒られる奴だよ~」


 ぼやきつつ嘘をついても仕方ないので正直に伝える事にする。


 明日は病院で検査してもらわなければならないし。


 そんな事を考えつつ、帰宅ラッシュすれすれで混みだした電車に乗って最寄り駅まで向かう。


 駅につく頃には、かなり日は暮れていた。


 流石に十八時も手前になればこんなモノだ。


 僕はトボトボと一人、帰途につくと程なく家に到着。


「ただいま~」


 玄関を開けると、こちらへ近づく足音が聞こえる。母さんが出迎えに来てくれた。


「龍ちゃん。おかえり」


「うん、ただいま。父さんは?」


「まだよ。定時に帰れたみたいだから、もうじき着くと思うわ」


 僕は答えを聞きつつ、家に上がる。


「もうじきご飯も出来るからお父さん帰ってきたら食べましょ」


「うん。あ、そうだ。母さん、今日、ちょっとバイト先でさ…」


「ん?」


 キッチンに戻ろうとする母に言葉を投げかけると、母さんはもう一度振り向いて小さく首を傾げた。


 と、同時に背後の玄関扉が開く。


「おう。今帰ったぞ」


 予想通り父さんの登場。


 一日仕事をしてきた筈なのに疲れを感じないは流石だ。


「父さん、おかえり」「あら。おかえりなさい」


「ただいま。二人揃って玄関にいるとは思ってなかったぞ」


「ああ。今さっき僕も帰ってきたばかりだったから」


「思ったより早かったわね」


「ああ。偶然、数分遅れた快速に乗れてな。いつもより大分早く駅に着いた」


 母さんの言葉に答えながら、父さんは家へと上がる。


 それからすぐ僕らは食卓につく。


 既にリビングの食卓には湯気を立てた白米や味噌汁ときつね色にこんがり上がった真っ直ぐなエビフライなどが並んでいた。


 僕が先につくと、ついで父さんと母さんも席につく。


「「「いただきます」」」


 綺麗に声が重なり、夕食が始まる。


「あ、そういえば龍ちゃん」


「ん? なに、母さん」


「さっき、バイト先で何かあったような話をしようとしてなかった? ほら、お父さんが帰ってくる直前に」


「あ、ああ!」


 言われて思い出す。


「そうそう。今日、バイト先でね。ちょっとしたトラブルがあって、道路を挟んで反対側の野球場から飛んできたホームランボールが当たっちゃって。たんこぶができちゃったんだ」


「え? 野球ボール!?」


 母さんは驚き、僕の方に身を乗り出す。


「ちょっと龍ちゃん。大丈夫なの? ぶつかったのは硬い方のボールなの?」


「多分そうだと思う」


「ちょっと~! たんこぶが出来たところ、見せてみなさい」


 母さんは椅子を立ち上がり、僕の元に歩み寄ると手で僕の頭を抑え、どうなっているかを確認した。


「あ! ホントね。随分おっきいたんこぶじゃないの! もう!

 どうして、そんなのが当たっちゃったの?」


「いや、それがね……」


 顔を顰める母さんに僕は今日あった事を有りのまま説明した。


「ってわけでね。そのままだと、その子たちにボールがぶつかって怪我するかもしれなかったから。それで、いてもたってもいられなくて。遂、反射的に飛び出しちゃって」


「もう! ダメじゃない、そんな危ない事をしたら! 今は何とも無くても明日になったら何かあるかもしれないんだから!」


「あ。……ぅん。ごめんなさい」


「はっはっは。良いじゃないか母さん。俺達の子が人助けをしたんだ。龍之介のおかげで小さい子が怪我せずに済んだんだから」


 と、僕に助け船を出すように、父さんが豪快に笑って告げた。


「あなた! そういう問題じゃないでしょ! 硬球なんてぶつかったら、怪我じゃ済まないかもしれないんだから!」


「だが、今回は不幸中の幸いでたんこぶだけで済んだ。なら問題無し。俺達の子が体を張って人助けをしたなら誇らしい事だ」


「そういう問題じゃないの! この子にもしもの事があったらどうするの! で、病院は行ったの? いつも通りの時間に帰ってきたけど」


「今は何とも無いから。バイト先の店長からは何処かで必ず行くようにって」


「何を言ってるの。何かあったら困るから、ご飯食べたら救急のお医者さんに見てもらうわよ! 救急車を呼びましょう」


「おいおい。大げさだな。何とも無いって本人が言ってるし、良いじゃないか」


「良くないわ! 大事な息子にもしもの事があったら困るんだから!」


 そう言って、豪快に僕を肯定する父さんと否定して怒る母さんの間で暫く口論が続いた。


 口論の勝者は母さん。


 そして、僕の家に初めて救急車が来た。


 急ぎ息子の検査をと母さんが駆け付けた救急隊員さんに力説しとりあえず病院で検査する事になった。


 その結果、


「異常なしです!」


 と、お医者さんから力説される事となった。


「想像以上に頭蓋骨が硬かったようで。後、状況と怪我の位置からして、ホームランボールが直線では当たらず、飛んできたボールの下からぶつかったようですね。ただ、ぶつかった勢いで脳みそが揺らされ、脳震盪を起こしたのではないかと」


 その説明は、とても腑に落ちるモノだった。


 頭の真上にたんこぶ出来てるし、ボールに頭突きしたらしい。


 そして、頑丈な頭蓋骨、か。


 身長が伸びないかと牛乳を頻繁に飲むようにしていたが身長じゃなくて、骨の強度が上がったようだ。


 かなしいな~~、かなしいな~。


 そうして、その日は終わりを告げた。

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