第5話 気になる表情
昼。
昼休みを迎えた僕らは覗きがあるという豊と忠司と別れ、体育館脇の石段で康介と二人昼食をとっていた。
「それでだ。新掘ユウの次に、誰が結婚するかって事を考えて見たんだが。割と大原唯香は危ない気がするんだよな。舞台俳優の大河原源と一緒にいたって噂が一時期あったろ?」
「どうだろうね。あの噂もきっぱり違うって言ってたし。僕は誰が結婚するかなんてまるで見当もつかないや」
焼きそばパンを食べる噂好きの康介の言葉に、柔和に笑いながら答える。
どうしてこんな話になったかと言えば、今朝の豊の大騒ぎについての話をしていたところから。
なら次はどの芸能人が結婚するか予想する事になった。
「何気に、今朝豊に渡した久森好美も怪しいと思ってるんだよな。最近やけに露出増えてるし、結婚前に荒稼ぎしようって魂胆かも。前に怪しい男との噂とかあっただろ?」
「それなのに豊に写真集を貸したの? 康介も人が悪いな~。ま~た豊が騒ぐじゃないか」
「ま、その時はその時さ」
そう言って、楽しそうに笑う康介。
実を言えば康介は豊がああして騒ぐのを楽しんでいる節がある。
前にも、結婚が噂されているアイドルや女優の写真集とかブルーレイディスクとかを渡していた事もあるし。
寧ろああして騒ぎ嘆く豊を待ち望んでさえいるかも。
まぁ、豊はああして騒ぐのがアイデンティティなんだけど。
そんな話をしていると僕らはあっという間に食事を終える。
「さて。まだ時間あるけど、これからどうする? 豊と忠司が見つかってないか、確認にでも行くか?」
「いや~、それは……」
ありそうだな~と思えてしまうのが悲しいところ。
あの二人は色々な女子生徒から目をつけられているので捕まっていてもおかしくなさそう。
寧ろいつも捕まってるからあの二人のいる場所は安全じゃないんだろう。
何だかんだで心配にもなる。
大抵その場合は、僕の変な人気、姫と呼ばれる影響力によって二人を救出するのが常なのが何とも言えない悲しさがある。
「桜~! いけるよ~!」
と、背後の体育館から声が聞こえてきた。
窓から中を覗けばそこには女子バスケ部の姿があった。
「おお、女バスの自主練か。気合入ってるね~」
康介が感心したように告げる。
康介のいう通り、彼女たちは昼も自主練をしているようだ。
ただ、その中に、本来いない筈の人物の姿があった。
「桜! シュート!」
コート外の生徒からの声に従って、その人物は華麗なジャンプシュート。
放たれたボールは綺麗に弧を描きながら、スポッと綺麗にゴールの中へ。
「ナイッシュー、桜!」
コート内外の女生徒達から拍手と賞賛の声が響く。
それを受けその人物、春日野桜さんは満足げに頷く。
彼女は確か部活には入っていなかった筈だ。
何しろ帰宅部の僕が変える時はしょっちゅう一人で帰っているのを見かけるから。
ウチの女バスは全国出れるくらい強くて、厳しいって聞いてるからあんな時間には帰れない筈。
だが、その謎はすぐに解けた。
「ありがとう。良いパスを貰えたから簡単にシュートを打てたよ」
「何言ってんの。桜が凄いだけだって!」
春日野さんと笑っているのは、今朝彼女と一緒にいた友人の女生徒だ。
二人は良い笑顔をお互いに投げかけると、ハイタッチした。
「集合!」
すると、松葉杖をついた別の女生徒から号令がかかる。
その場にいた女生徒達は皆がコートの真ん中に集まった。
彼女だけは制服でつけているリボンからして三年生のようだ。
「良い感じね、みんな。これで今週末の練習試合も勝てるわ」
「はい、部長。怪我で試合に出られない部長と控え選手、それからまだ試合に出られない一年生のみんなの為にも、絶対今週の試合は落とせません!」
「そうよ。今週の相手は、我が校の宿敵、黎明学園。負けるわけにはいかないわ。夏の本番に向けて、拍をつけなきゃ! みんな、気合入れて頼むわよ!」
「はい!」
女子バスケ部長の飛ばす檄に皆が気合の入った声で返す。
「それから春日野さん。ごめんなさいね。大事な時に怪我なんかしちゃったせいで、貴方に助けて貰う事になっちゃって。他の子達では私の代わりを務めるのは荷が勝ちすぎてしまうからって、無理言っちゃって」
「いえ。中学ではバスケ部でしたから。これぐらいのお手伝いは」
「はい。それに部長じゃなくて、頼んだのは私ですから! 桜と私で、部長の穴を埋めて見せますよ!」
「美和子。そんな簡単に行くものじゃない。強豪女子バスケ部の部長の抜けた穴は大きいから。なので、私も微力ながら全力で挑みます。宜しくお願いします。部長」
丁寧に頭を下げる春日野さん。部長は短くお願いね、と伝えて同じく頭を下げる。
なるほど。
彼女は部の助っ人なのか。
「大丈夫よ! だって春日野さん、我が校の王子様なんだから! 王子様がいればハッピーエンド間違いなし! 童話でも、王子様がきたら勝ち格でしょ?」
「何それ? それって一部の童話だけじゃない? でもこんなカッコいい王子様が傍にいてくれるなら私達も心強いのは確かよね!」
「うんうん。こんな人が私達の味方だなんて、ちょっとテンション上がるわ! このテンションの勢いのまま、勝利をもぎ取っちゃいましょ!」
「お~~!」
バスケ部の女生徒達は、腕を天に突き上げ一斉に気勢を上げる。
それを、春日野さんは困惑したような、でも悲しいような、感情が読み取れない複雑な表情で少しだけ笑っているように口角を上げた。
僕は怪訝に眉を顰める。
なんだ、今の?
あの顔、何処かで見たような…。
そんな事を考え、僕は真っ直ぐ春日野さんの表情を追った。
「お? お姫様は、王子が気になるようですね~。熱い愛の籠った視線を向けているようで」
と、康介が横から茶々を入れてくる。
「な! 違うよ! そういうんじゃなくて。なんか複雑な表情が気になってさ」
「複雑そう? 今のはただ困ってただけだろ。まぁ、龍之介と同じように女子で王子なんて言われても全然嬉しくなくて困ってるのかもな」
「確かに、その可能性はあるけど」
まぁ、僕の境遇的にも困る気持ちはよく分かる。
だが、さっきのは見間違えなのだろうか?
困っているだけには見えないし 何処であの表情を見たのかも分からない。
「おっ。もう昼休み終わりそうだ。そろそろ教室に戻ろうぜ」
「あ、うん」
疑問は解消されないまま僕達は教室へと戻ったのだった。
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