第3話 朝の学校にて

 それから小一時間、学校に到着する。


 校門を潜ると、部活動に励む生徒達の声が混ざり合って聞こえてきた。


 いつも通りの朝。


 この音を聞くと、学校へ来たという感じがする。


 学業成績もそこそこに高く、部活動も活発で全国クラスでも活躍する年もある我が校、秀英高校だ。


 普段通りに爽やかに感じる我が校の空気。


 そんな中、僕は日課の水やりをしてすぐ昇降口へ向かう。

 

 すると既に結構な生徒が昇降口から校舎内に入っていた。


「あ、姫だ」


 と、そこでヒソヒソ声でそんな言葉が聞こえてきた。


 見れば、男子生徒達の一団が僕を見て何やら話をしていた。


「ああ、我が校の姫。今日も麗しい」


「いつも通りの時間の登校だね、我が校の姫様は」


「規則正しい生活を送られているようだ。それが、姫の美貌の秘訣かな」


 毎日聞くひそひそ話。


 ヒソヒソしている筈なのにやたらと聞こえてくるのは、特定の単語のせいか。


「あれで男なんてとても信じられない。下手な女子より全然可愛いじゃん」


「ああ。俺、姫なら抱ける気がする。例え男でも!」


「その気持ち分かる。俺も男同士なんてって思うけど、あれだけ可愛いなら」


「何で神は姫を男にしたんだ! あんな美少女なのに! 何か間違いだろ!」


「いや、きっとまだ性別が確定してないんだよ。成人したら性別が女子に変わるんだ。そうに違いない」


 好き勝手に話している男子生徒達。


 内容もめちゃくちゃで、当人に聞かれていたらどう思われるかも気にしていない。


 全く、飽きもせずによく毎日話せるな。


 僕は大きくため息を吐く。


 こういう扱いは昔からだ。


 小学校中学校と来て、高校までコレなんだから、まぁいい加減慣れっこ。なのだが、やっぱり何か嫌なのは確かだ。


 行き帰り電車内でもそんな目で見てくる人が多いので、マスクは必須という有様だ。


 因みに姫と呼ばれている理由は、悪友たちの悪乗りでミスコンテストに参加させられ、男なのに僕が優勝してしまったせいだ。


 最初は断っていたのだが、実行委員にまくしたてられてる間にいつのまにか出る事になっていたのだ。


 他の参加者の手前、肩身が狭かったな~。


「あ、見てみて。ミスコンチャンピオンが通るわよ」


 今度は視界に数名の女生徒が僕を見て話しているのが入る。


「ほんとだ、かわいい~~」


「あたしもミスコン出たけど、あの子なら負けても悔しくないわ。だってあんなに可愛いんですもの」


「そうよね。あんな可愛い子になら負けても仕方ないよね~」


「あたし、いますぐあの子を食べちゃいたいくらい」


「ちょっと~。あたしも狙ってるんだから。あの子を嫁に貰いたいわ!」


「ちょっと気が早いわよ! まずはあの子の彼氏になるところからよ。私、女だけど」


「そうね~。私もあの子の彼氏になりた~い。あの子は男で、私は女だけど」


「違うわ。多分、性別を偽っている! ほら、有名な少女漫画でもあるでしょ! お父さんが男の子が欲しくて、女の子なのにお前は男だ!とか言っちゃう奴! そういう奴よ!」


 こちらも小声なのにやけに大きく聞こえるの。


 もう聞こえなかった事にして通り過ぎるか~。


 本当に毎日毎日我が校の生徒は僕が嫌いな方で褒めそやす。


 そのせいで、頭痛い。


 声を聞けば男だって分かる筈なのに!


『うん。そうね。真面目そうだし、採用ね。でも、あなたホントに男の子? 学校の制服は男子のモノだけど、女の子が好きで男装してるとか?』


『僕は正真正銘の男です!』


 バイト先のコンビニで、オカマ店長に面接の際にそう詰められた事もある。


 まぁ、そんな事はさておき周りの騒ぎは無視して僕は上履きで廊下に一歩踏み出してーー


「桜~。おはよ」


「ああ。おはよ、美和子」


 聞こえてきた声に足を止めて振り返る。


 凛と響く美しい声音。

 女性のモノなのは確かだが、その声には男らしさと優雅な王子様のような響きがあった。


 振り向けば、高校生にはとても見えない美女がいた。


 白い肌とやや釣り気味の綺麗な瞳、鼻筋はすっきりと通り、形の良い唇もうっすら桜色に色づいている。


 長い髪はポニーテールに纏め細く赤いリボンで結んでいる。


 すっと伸びた首の後ろには、白く輝くうなじ。


 おまけに、男子顔負けの、女子にしてはかなりの長身。


 見た目は何処からどう見ても、ただの美女。凛々しいがそれでも女性だ。


 彼女の名は、春日野桜。


 去年の文化祭でミスターコンテストでぶっちぎりの一位。


 そんな彼女には僕と同じく女性らしからぬ二つ名があった。


「お、わが校の王子も到着だ」


「かっけ~な~。俺、王子になら抱かれても良い!」


「いやいや。王子は女だぜ?」


「そうなんだよ。完全に男女逆転してるんだよ、わが校の姫と王子は! 何で、神はこんな残酷な事を!」


 男子生徒達が、また好き勝手に言ってる。でも、彼女の耳には入らなかったようだ。


「今日も元気そうだね」


「うん。あたし、元気が取柄だしね。そういえば、桜は昨日の宿題やった?」


「当然だよ。宿題だからね。だが、昨日の宿題は少し厄介だったな。まさか、あんな応用問題が混ざっていようとは」


「そうそれ。あたし、そこの答えが自信無くてさ。後で答え合わせしようよ」


「構わないよ。じゃあ、教室でやろうか」


 彼女は、紳士のような口調で友人と談笑しながら、その場を颯爽と立ち去っていく。

 その姿はまさしく王子様のようでカッコよく輝いて見えた。


 生徒達のヒソヒソ話は続いていたがそんなものなど耳にも入らないくらい、彼女に目を奪われていた。


 春日野さん、今日もカッコいいな~。


 そんな感想が脳裏を過る。カッコいいという評価は、可愛いとしか言われない僕からしたら、とても羨ましいモノだ。


 望んでも手に入らないモノを、女性なのに得ている彼女。


 彼女は僕の憧れそのものだった。


 ああ、僕はどうしたら、彼女のようにカッコよくなれる?


 きっと、あれくらい様になってる人には、僕みたいな悩みは無いんだろうな。


 僕は頭の中で呟き、立ち去る彼女の背を見送った。


「お~い、龍之介~」


 突如背後から体ごと組みつかれる。


 振り返れば、そこには悪友その一がいた。


「な。康介!」


「おはよ、龍之介。何頬赤くして固まってんだよ?」


「何って。別に……何も」


 僕に組み付き陽気に話す男子生徒に、僕はいつものように答える。


 彼の名は高梨康介。

 幼稚園時代から現在の高校二年に至るまで全てクラスが一緒という腐れ縁な親友。

 ボドゲとカメラと噂が好きで康介の耳に入らない噂は無い。


 当然、僕が春日野さんに憧れてる事も分かってる。


「何もって事は無いだろ。そうだな~。大方わが校の王子に熱の籠った視線でも送ってたんじゃないのか?」


「な! 何言ってるんだよ! 何もしてないって言ったら何もしてないって!」


 康介の物言いにムキになって反論すると、康介は笑う。


「おーおー。ムキになっちゃって~。そういうところも可愛いぜ!」


「可愛いって言うな! 僕は男だよ! 男が可愛いなんて言われて喜ぶと思うか? 康介だって知ってるだろ?」


 尚もニヤニヤして言ってくる康介を睨みつけると、康介は肩を竦めてニカっと歯を見せる。


「ははは。いい加減自分の立ち位置を受け入れろよ。お前、どこからどう見てもただの美少女くんだぜ?」


「僕は男だ。美少女なんて言われても全然嬉しくない、受け入れたくもない」


「強情な奴め~。で、今何見てたんだよ? 何かに見とれてる風だったけど。イケメンでも見つけたか?」


 にやにやと尋ねる康介の言葉に、一瞬ドキリとして言葉に詰まる。


「そ、そんなんじゃないよ!」


「ほんとか? まぁ、お前なら、どんなイケメンが相手でも余裕でおつりが来る。気になる相手がいるなら告白しちまえ。絶対彼女になれるから。何しろ、お前は全校生徒が選ぶ最高の美少女くんなんだからな。間違いないぜ」


「何度も言わせるな! 僕は男だって言ってるだろ! そんな事より、早くいかないとホームルームに遅れるよ」


 じゃれつく康介の腕を振り払い、僕は教室に向かった。

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