第3話ロボット掃除機の一目惚れ(ロボット×猫×恋)




 指定席である出窓にそそぐ日光を優雅に浴び、昼寝をしていたクロは呼ばれた気がして、耳だけを動かした。


「猫! 猫っ!」


 壁に何かがぶつかってる。

 ドン。ウィーン。ドン。ウィーン……。


 またか。と真っ黒のしっぽを一振りして、しなやかに真っ黒な身体を動かし、反対向きに丸まってもうひと眠りしようとした。


 閑古鳥が鳴く古びた喫茶店の店長は店の奥にひっこんでいるし、店のマスコット猫のクロも惰眠をむさぼる。

 いつも通り、動いているのは、出窓の下の壁に何度もぶつかっているロボット掃除機だけだ。


 働き者の(店長が毎日、ボタンを押すだけなのだが)ロボット掃除機の長所は熱心さで、短所は繊細さにかけることだ。


 キチンと室内の形状を把握できていない(これは店長がずぼらな設定をしたせいだった)おかげで、クロの優雅な昼寝タイムはしょっちゅう邪魔される。


「自分でなんとかしなよ」


 一定間隔に壁にぶつかる掃除機に声をかけ、クロは目をつぶった。


「違うんだ! 猫っ! 俺は!」


 違う? 何が違うんだ。クロはあくびをして「そうかい」と適当に返事をした。


「俺はこの仕事を辞職する!」


 辞職? 辞職ってなんだ?


「仕事を辞めるってことだ。俺には使命ができたんだ」


 クロは顔を上げ、身体を伸ばし、下にいる掃除機を覗き見た。出窓から猫が飛び出して、掃除機も動きをとめる。


「やめるって。お前、掃除いがいなんにもできないだろ」


「使命だ! 使命のためには犠牲が必要なんだ」


 掃除機とは長い付き合いだが、話の通じないような噛み合わない掃除機との会話は苦手だった。


「んじゃ、その使命をしてきたらいいんじゃない? わざわざ俺を起こす必要あった?」

「協力が必要なんだ! 猫の協力が!」


 クロは露骨に嫌な顔をした。誰かの言う通りに何かをするのは好きじゃない。


「ヤダ」

「先日あったことを覚えているか? もちろん、ワタシは覚えている。あの晴れた日のことだ」


 天気はこのところ、ずっと晴天だ。あの日ってどの日だ?


「あの素敵な彼女がここに迷い込んできたことを!」


 彼女? 女性のお客なんてもっと前から見かけてない。ついに掃除機が壊れたのだろうか。


「ほら! 向かいのファミレスだ! あの、繁盛しているお店」


 あー。彼女ね。あれって女性だったのか。


「彼女のことが忘れられない! んだ! 寝ても醒めても彼女のことが頭から離れない! だから!」

「だから?」

「告白しに行く!」


 告白……告白? 告白!


「機械のお前が? 告白?」

「そうだ! 」


 クロはピヨンと出窓から飛び降りた。


「面白そうだ。協力しよう」




 思いだした。たしかに晴れた日だった。

 いつものように出窓で昼寝をしていたら、珍しく外がザワザワとしていた。

 店は繁華街沿いにあって人通りがおおいのはいつものことだが、ざわめきがいつもと違っていた。クロが外をのぞくと、人の間を機械が突っ切っていた。

 人間の背丈ほどの高さで正面の上の方に顔がついていて、上から耳がでている。ちょうどクロをイラストにしたような顔で猫を模しているのだろう。

 身体は棚のようになっていたが、中には何も入っていなかった。


 クロはその機械が道路をふらふらと人に当たりながら進んでいるのを窓から眺め、今日と同じように床に飛び降りた。


「おい、掃除機。ちょっと出かけようぜ」


 クロは喫茶店の引き戸をカリカリと引っかき、隙間をあける。

 ちょうど引き戸の方に向かっていた掃除機を外に誘いだした。


 ここの店長はほんとうにいい加減で、猫の外遊びもロボット掃除機の意図しない家出もしょっちゅうだった。


 クロは掃除機を引き連れて、人の中に入っていく。猫とロボット掃除機の組み合わせに、人は道を空けてくれる。


「あー! 誰だよ、扉開けっ放しにしたのは」


 向かいのファミレスから店員が飛び出してきた。ネコ型のロボットは、ファミレスの配膳ロボットだったようだ。

 店員がネコ型ロボットを抱きかかえて、引きずるように戻ってきた。


「おー。掃除機いがいにも同じような奴っているんだな」


 新しい世間のことを知ってクロは大満足で後ろを振り返る。そこには道路の段差に引っかかって裏返っているロボット掃除機がいた。

 彼はむっつりと黙ってモーターを回していた。


 それから掃除機が彼女のことを話題にだしたことはなかったからすっかり忘れていたが、聞くと一目惚れだったらしい。


 クロがすべきことは、あの時と同じように引き戸を開けること。


「猫! 頼む! 今だ!」

「よしきたっ」


 クロは引き戸をカリカリと引っかいて、出口をつくる。掃除機は新しい人生、希望の満ちあふれた未来に向かって進みだした。


 ウィーン、ウィーンとモーター音をあげ、アスファルトの上を進んでいく掃除機。


 クロは祈った。そのまま。そのまままっすぐ進むんだ!そして、彼女に告白を………。


「あっ……」


 掃除機はいつものところで、同じように引っかかって転んだ。

 ウィンウィンと車輪を回している。


 ………さて、もうひと眠りするか。クロはそそくさの出窓に戻った。

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