第2話間に合わない寝台列車(宇宙船×冷凍睡眠×郷愁)



 目が覚めると星月夜だった。かけら星が星彩をはなつ様子は神秘的だ。


 青年は窓の向こうの星とおなじように瞬きを繰り返し、ぼんやりとした頭が起きるのを待った。深い眠りから覚めた時、人は記憶を糸をたぐるように奥から引っ張ってくる。


 青年は宇宙開発の最先端。つまりもっとも遠い場所から、人類誕生の地へ向かっていた。

 学問を極めるという希望を彼は胸に詰め込んでいた。宇宙開発がそれそれの星で進んだ今でも、環境開発、テラフォームの研究の最先端をいくのは地球なのだ。

 そして彼は地球で学んだ知識で自分の産まれた星をさらに豊かにするのだ。


 目的地に着いたにしてはずいぶんと車内は静かだった。


 席から立ち上がると、カプセル状の個室は静かに上へ上がって行った。

 宇宙を移動するには光の速さだとしても気が遠くなるほどの時間がかかる。その間、冷凍カプセルに入って人類は時間を瞬間移動する。

 広い宇宙船に 人一人が入れるカプセルがぎっしりと並んでいるのは人を最大量運ぶためだ。


 旅客用宇宙船は昔の移動手段になぞられて名前がつけられている。

 青年が乗っているのは寝台列車。型落ちの宇宙船のことで最新型の宇宙船よりも光の速度に到達するまで、時間がかかるのが難点で、少しでも節約したい青年には他の選択肢はなかった。


 乗り合いバスはもっと格安なのだが、乗り合いというだけあって人数が集まるまで出発しない。しかも青年が出発したのは地図の上でも端の方で辺鄙な所だ。何度も乗り換えをしなければならず、のんびりとした旅をするほどの時間の余裕はなかった。


 あまりの静かさに静けさが音となる。

 一歩踏み出そうとした瞬間、どこからともなく音楽が流れてくる。


「おはようございます。体調はいかがですか」


 ホログラムの乗務員が目の前に現れ、青年に優しくたずねる。


「体調は問題ないよ」


 青年の言葉に乗務員はうなずき、しばし無言になる。その沈黙は青年を不安にさせた。呼吸が浅くなり、急に年老いたように身体が重たくなった。


「お客様には不自由をおかけしますが、ただいま、列車の運行時間の再計算中となっております。しばらくお待ちください」


 その言葉に怒りと悲しみが同時に襲ってくる。


「どれくらいだ。どれくらい時間がかかるんだ」


「スペースデブリの密集地帯を通ったため、外壁の損傷がありました。これはスペースデブリがあまりにも小さいために観測外だった為に起きた偶発的なものです。しかし、修理が必要となりました。想定時間は四十時間ほどです」


「それなら。いや、やっぱりおかしい。運行情報のトータル変更時間を教えてくれ」


「はい。現在、最速到着時間から三十日と七時間ほど遅延しております。ただし、予想到着時間範囲内におさまっており、これは乗船時にご説明させていただきました通り、問題はないと考えます」


 青年は息を吐いた。たしかに想定されていた事態だ。膨大な時間をかけた移動を考えれば誤差の範囲だろう。


「なら、もう一度眠らせてもらえるかな」


「いえ。それは出来かねます」


 このまま起きていることはできないはずだ。

 遊覧用宇宙船では、娯楽の一環として乗客は定期的に覚醒し、船内で食事をしたりするものだか、人が味覚をふくめ満足するための食料を保存するためには膨大なスペースが必要になる。

 しかし、この船は生物輸送船だ。生命維持は冷凍睡眠中に機械が自動で行う。最低限の容量で、最大限の栄養管理。

 一週間、彼が起きていれば食事だけでなく排泄もする。それを処理することはできないはずだ。


「ハガさま」


 名前を呼ばれて、青年は自分の名前をようやく思い出した。


「申し訳ありませんが、乗船時の規約により、再冬眠は許可できません。この船の冬眠最上年齢を超えました。心臓音、脳波についても冬眠を継続できない不安定な状態が二度ありましたので、肉体的にも冬眠は推奨できません。この冬眠車両から移動願います」


 ハガはゆっくりとホログラムの言葉をのみこんでいった。彼は改めて窓に映った自分の姿に焦点をあてる。


 そこには、白髪まじりの老人が写っていた。腰はすこし曲がり、ハリどころか皺だらけの皮膚。ため息を吐くにも一苦労しそうな弱々しさだ。


 ハガは六十五歳の自分を思い出した。


 そうだ。地球に来たのはもう四十年以上前のことだ。それから真面目に勉強し、宇宙開発機構に就職。何度か故郷と地球を行き来し、それ以外にも色んな星に行き仕事にまい進した。

 いつか、故郷に帰ろうと思っていた。


 真っ赤な夜空をながめ、オーロラに囲まれながら居眠りをする。そんなのんびりとした余生を思い描いていた。けれど、地球で結婚し、家族を持つと、思いのほか時間はすぐに過ぎていった。

 妻が亡くなるまで、決心できず、決意が固まったのは宇宙船に乗れるギリギリの年齢になってしまったのだ。


 乗船前に何度も確認された。途中覚醒の可能性があります、バーチャル世界へ移住される方が良いと思いますよ、あちらの再現度は現実以上らしいですから、危険を犯してまで故郷の星にいく時代でもないですよ、と。


 冷凍睡眠は最大限、冬眠時と同じ身体状態を維持することを務めてくれるが、絶対ではない。筋力も落ちる。それは長期入院するようなものだ。若ければ若いほど、身体は維持されるし、年寄りは身体の衰えも早い。


 現に冬眠前は年よりも若く言われたハガだったが、今は老人というにふさわしい体つきになってしまった。


 非常時用乗員室に入ったハガは深く、ベッドに腰を下ろした。


 これから、眠ることが怖くなるだろう。明日、目が覚めるだろうか。

 あと1ヶ月、順調にいけばだが。もしかしたら、それ以外にかかるかもしれない。


 バガの最後に故郷の土を踏みたいという希望はただの夢になってしまうかもしれない。


「船内で死亡したらどうなる」


「はい。少しでも重量を減らすためと故人の人権に配慮し、宇宙葬を行います」


 宇宙の広大さに対し人類の一生は本当にあっという間に終わってしまう。


 ハガは深く息を吐いた。

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