第6話 謎解きの時間

 絨毯の上に資料を広げ、牢獄の女の死について考えてみよう。


「シャルル、牢獄の女の死亡時の状況、についての資料を読み上げなさい」

「分かりました」


 シャルルは頷き、一枚の紙を手にとって読み上げ始める。


「密偵が調べたところによりますと」

「ええ」

「牢獄の女が死亡したのは恐らく夜遅くの時間。朝になって看守が死亡した女を発見したようです」

「女が死んだのは夜遅く……」


 私は呟き、シャルルは頷く。


「女は頭から大量の血を流しながら死亡していました。牢獄の周囲から凶器は発見されていません。女の眉間にあった傷から考えて矢による傷だとは思われるのですが」

「ですが、何なの?」

「夜遅くですから、弓矢で牢の中に居る女を狙うのは難しいでしょう。牢には格子戸があり、月明かりで照らされていたとしても狙うには難しい。都合良く女が格子戸に近づいていれば、いくらか狙いやすくもなるかもしれませんが」

「ご都合的に感じるわね」

「はい。ただ、女の死亡時の倒れ方からも考えて、格子戸に近い場所に居たのは間違いないようです」


 私は絨毯に広げられた現場の図を眺める。特に変わった構造の牢ではない。

 

「犯人にとって都合の良い状況が生まれていた」

「偶然でしょうか?」


 シャルルの問いに私は首を振った。都合の良い偶然が起こったとは思えない。


「シャルル。密偵には牢獄の周囲の状況も調べさせていたわね」

「はい、牢獄の周囲は深い堀で囲まれています。堀は都の水路に繋がっていて、小舟を使えば女が死亡した牢の下へ来ることもできるようです。その周囲には建物が並んでいます。紡績工場があって、夜も稼働しているようです」

「ボウセキ……糸を作る工場ね」


 私は少し考え。


「小舟を使えば牢の下まで行けるって話だったけど、そこから牢には侵入できないのかしら」


 シャルルに訪ねてみた。

 

「できません。牢は高い位置にありますし、梯子を使うなどすれば監視塔の看守が気づくと思います。暗いとはいえ、月明かり程度の明かりはあったわけですし」

「船の上で梯子を立てるようなことをしていれば目立つものね」

「ただ、牢の下から看守に気づかれずに会話はできたかもしれません。近くには工場がありますし、夜なら堀の下までは見にくくなっていると密偵からの報告があります」

「なるほど……」


 ここまでの話を頭の中でまとめてみる。そうすると、意外と単純な方法が頭に浮かぶ。


「牢獄の女を殺すのは簡単なことかもしれないわ」

「どういうことです?」


 シャルルに訊かれ、私は「単なる想像だけど」と前置きして考えを口にする。


「犯人は二人いたんじゃないかしら?」

「一人ではなく?」

「ええ、一人が女を格子戸に呼び出し、一人が女を弓矢で殺す。簡単な役割分担よ」


 シャルルは口元に手を当てる。

 

「ふむ……格子戸に呼び出すのはどうやって?」

「周囲には稼働中の紡績工場があるのよ。声をかけるなりして気を引くことさえ出来れば、それから、もっと近くで会話をしたいとでも言えば女を格子戸の近くまで誘導できるんじゃないかしら? 犯人が女の知る人間なら、警戒も薄いでしょうし、もしかしたら助けに来たとか言って、油断させたのかも」

「なるほど? しかし、最初に声を届けるのが難しいのでは? 大きな声を出せば、近くに工場があるとはいえ看守が気づくかもしれない」


 シャルルの疑問はもっともだ。だけどそれも簡単な方法で解決できると思う。


「もしかすると、最初の声をかける代わりに何かを投げ入れたんだと思う。小石とか、紙くずとか」

「いえ、それはありません。牢から怪しいものは見つかっていません」

「……もしくは、氷とか」

「氷……!」


 シャルルがハッとしたような顔になる。そんな彼の表情はなかなかレアで可愛い。


「小さな氷を投げ入れて、それは夜のうちに溶ける。今は暑くなり初めの季節だしね。そうやって、犯人は女の気を引いた」


 合点がいったようにシャルルは手の平に拳を置いた。

 

「そして女は格子戸まで誘導され、弓矢によって殺された。ですが、犯人が二人いたとしても疑問が残ります」

「どんな疑問かしら?」

「女を殺した凶器はどこに行ったのかという疑問です。凶器が見つからないのは何故でしょう?」

「それは、たぶん」


 簡単なトリックだ。


「氷の矢を使ったんじゃないかしら?」

「凶器は氷だったと?」


 シャルルの言葉に私は頷く。


「小さな氷ならともかく、矢ほどの大きさの氷が一晩で溶けきるでしょうか?」

「暑くなり始めた季節だとはいえ、大きな氷が一晩で溶けるのか。これもまた私の想像になっちゃうんだけど」


 私はカフェでヌビス王子が話していたことを思い出しながら、考えを口にする。


「それは純粋な氷ではなかったのではないから?」

「純粋というと、真水から作られた氷ではないということですか?」

「ええ、例えば」


 そう、例えば。


「血液を凍らせたもの……とか」

「血液を!? そのようなものが作れるものでしょうか?」

「さあね。私は血液の矢なんて作ったことないわ。冬の間にブタか何かの血液を一定量凍らせておいて、氷室で保管。時期を見て矢の形に加工。とか? 詳しくは分からないけど、この方法なら疑問は解決するんじゃない?」


 シャルルは口元に手を当てて考える。やがて、彼は「そうかもしれません」と呟く。


「その方法なら、牢獄の女を殺し、凶器を残さないことも可能かもしれません」

「これはあくまで想像でしかないわ。でも、父の耳に入れる価値はあるでしょうね」

「流石の推理です。姫様」

「誉めたって何もないわよ」


 私はその日のうちに父へ推理の話をした。父は私の話に興味を持ちつつ、国の憲兵たちも調査を続けていることを話してくれた。


 翌日、学園の東館では工事の開始が知らされた。ずっと前から古くなった東館の工事をしてほしいという要望はあったのだが、明日からようやく始まるらしい。


「工事中の東館は立ち入り禁止のようです」

「そうみたいね。やっと始まったわ」


 シャルルと二人で学園の廊下を進んでいた時だ。ヌビス王子が早足で私たちとすれ違った。彼は私に軽く会釈をするだけで、何か急いでいるようだった。彼が向かった方向は東館だが。


 私は彼の背を見ながら考える。後を追うべきだろうか。と、そんなタイミングで始業を知らせる鐘の音が鳴った。


「姫様、急ぎますよ!」

「え、ええ!」


 シャルルに急かされ私たちは教室へ急いだ。幸い、その日は先生が教室へ来るのが遅くなって、私たちの遅刻をごまかすことが出来た。


 その日、東の砂漠の友人たちに会うことはなかった。アーリヤとクリード。私の友達。


 そういえば、東のメソメール国でも大規模な工事が始まったのだとか。メソメールからフラムへ巨大な水路を引く。少なくとも十年以上、下手したら数十年単位の長い工事になる。


 色々なことが進んでいる。暗殺事件だとか、工事だとか。


「シャルル。私って変われるのかしら?」


 学園から帰りの馬車の中で私はふと、そう言った。明確な答えが欲しかったのか、共感してもらいたかっただけなのか、私にも分からない。


「姫様は変わりたいのですか?」


 シャルルに聞き返されてしまう。私は言葉に詰まった。私から話しているのに、一言で詰まってしまうなんて。


 なんとか、言葉を探す。


「……変わりたいんだと思う。ヌビス王子に影響を受けているんだと思う」

「王子に?」

「ええ、私は……ちょっと考えたいの」


 だから。


「シャルル。宮殿に戻ったら少し私につきあって」


 私はシャルルにお願いした。そのお願いに彼は静かに微笑んで答える。


「はい、姫様。どこへでも、ご一緒します」

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