第5話 カフェの一時

 今日はヌビス王子に誘われて都のカフェ『氷菓』にやって来ている。シャルルも一緒だ。


 私が気合いをいれたドレス姿で来ているのに対し、シャルルは最低限失礼のないくらいの格好だ。いつもそうなのが、彼は装飾よりも、いざという時に動けるかを重視している。それでも美しく見えるのだから、元が良いのだ。


 テーブルを挟んで対面の席にはヌビス王子が深く座っている。


「今日はよく来てくれた。二人きり……というわけではないが王女には楽しんでもらいたいと思う」


 そう言う王子はリラックスしている様子で、つい先日に命を狙われたばかりだというのに、もう少し警戒心を持つべきじゃないかと思ってしまったが、彼のお誘いにのってここまで来ている私が言えたことではないか。


「お誘いいただき、ありがとうございます」


 言いながら私は周囲をちらりと見る。広い店内には私たち三人以外の姿はない。すぐ裏には店員が控えては居るのだろうが。考えていると、王子と目があった。


「今日は店を貸しきりにさせてもらった。本当は活気のある雰囲気が好きな店なんだがね。暗殺未遂があったばかり。念のためというやつだ」


 なるほど?


「俺が今住んでいる住宅の方が安全ではあるんだがな。異性をいきなり自宅へ招くほど節操のない男ではない」


 それもそうか。異性を初デートで自宅に招くような相手は私もごめん被る。異国の王子の自宅へ王女が招待されたとなれば、大きなスキャンダルになるのは間違いないだろう……今の状況もスキャンダルが起きそうではある。


「ところで」


 王子の視線がシャルルに向けられる。


「君も来ているんだな、シャルル」

「僕は姫様の近衛騎士ですよ?」


 シャルルは目を細くして、スマイルを浮かべてはいるけど、目の奥が笑っていない。人によっては怖く感じるのではないだろうか。


「ヌビス王子は護衛をつけないのですか?」


 シャルルの言葉には、王子の身を案じる以上に、なんで王女と二人きりで会おうとしていたのか。と責める意図が隠れているように感じられたけど、私の勘違いだろうか?


 王子は自信満々の表情で口元を緩めた。

 

「前にも言った気がするが、俺は幼い頃から武芸の鍛練を欠かしていない。俺を殺そうと挑んでくる奴が居ても返り討ちにしてやるさ」


 大した自信だ。彼は一度死んでいるのだけど……彼自身は死んだことを知らないから仕方ないか。


「まあ、今日は店を借りきっているし、俺はこの店に何度も来ている。心配入らないと保証しよう」


 店を借りきっていれば暗殺の心配がなくなるとは思えない。私の方で店と人間を調べて、裏には信頼の置ける騎士たちを待機させている。そのことを彼が知る必要はないだろう。私とシャルルの二人が知っていれば良い、


「さ、好きなものを頼もうじゃないか。店のメニューを見るかい? 店主が言うには、ここのおすすめは果実を使った氷菓子のようだ。氷室といったか、この国は氷の保存技術も興味深い」

「なるほど。では、私はその氷菓子をいただきます」


 私は横に座るシャルルを見て。


「あなたもこれを頼む? きっと美味しいわよ?」


 断りにくいようにして、訊いてみた。シャルルは逡巡し、頷いた。


「僕にも同じものを、お願いします」

「了解した」


 王子が手を叩き、辺りにパンと音が鳴る。


 ほどなくして給仕の男が氷菓子を運んできた。彼の正体は私が信頼する騎士の一人だ。今日はこの店の給仕をやってもらっている。口が固く実直な仕事をする人だ。


 給仕が運んできた氷菓子は、オレンジのような明るい色をしていて、甘い香りと共に食欲を誘う。少し暑くなり始めた今の季節には嬉しい食べ物だ。


「いただきます」

「僕もいただきます」


 ヌビス王子はうんと頷き「では俺も」と一口頬張る。彼は目を閉じて冷たさに耐えるような表情になる。横を見るとシャルルも同じような表情をしていて、なんだか可笑しい。


「なるべく速く食べることをお勧めする。純粋な氷より、不純物の混ざった氷の方が解けやすいんだ」

「ヌビス王子は物知りですね」

「最近授業で教わった知識をひけらかしたいのさ」


 氷菓子は冷たくて、味は優しい。そんなものを食べているせいか少し空気がゆるくなった気がする。


「美味しいです。王宮での食事よりもリラックスができているかもしれません」

「マリー王女はこのような空気は好きかな?」

「このような空気、ですか?」


 聞き返す私にヌビス王子は頷いた。


「正直な話をすると、俺は王家の堅苦しい空気は好かない。なるべく気楽で居たいから、だから護衛もつけないのさ」

「なるほど。もっと聞かせてください。私はあなたという人物に興味があります」

「君は聞き上手だな。分かった。話を続けよう」


 私たちは氷菓子をつつきながら会話を続ける。南の砂漠からやって来た王子にとって、この国はとても興味深く面白いものらしい。彼の国は伝統やしきたりに厳しく、王家は窮屈なのだと言う。私にとっては彼が語る故郷の話は知らないことばかりで魅力的にも思える。


 いくらか語ったところでヌビス王子はふうっと息を吐く。


「この国は良い国だよ。隣の芝が青く見えているということも、あるのかもしれないが、自然豊かで高い建築技術を持つ活気ある国だ」

「私たちの国をお褒めいただき光栄です」

「社交辞令で言ってるんじゃないぞ。マリー王女」


 ヌビス王子は嬉しそうに語る。


「フラム王国から流れる雄大な河が、俺たちの国、ファラミッドにも流れている。その点では二つの国は似ているかもしれないが、それぞれが全く違う形に発展した。一つは文化と技術の国、一つは宗教と軍事の国。不思議だよ」


 そこまで語り、ヌビス王子は肩をすくめた。


「俺は自由に生きたかった。王族として、それは許されないが、学生の身である今は自由な暮らしを楽しみたい」


 今のヌビス王子は決して自由人ではないのだろう。それでも、少しでも憧れる生き方をしたいと考えているように思え、求めるものを素直に求める彼には、憧れに近いものが感じられた。


 それは決して恋とは呼べない感情だ。


 私は、彼とは違う。求めるものを素直に求めるということができないでいる。ヌビス王子は違う世界の人間だ。場所ではなく、心のあり方が違う場所に居る。そう、感じるのだ。


「……マリー王女。俺がこの国で気ままに暮らしていられるのは学生である数年間だけだ。だから、少しでも時間を有意義に使いたい」


 ヌビス王子は私を真剣な目で見ていた。


「君が俺に興味を持ってくれたように、俺も君に興味を持っている。マリー王女のことをもっと知りたい。だから」


 私は緊張して言葉を待つ。続きの言葉がやって来るのはすぐだった。


「また君とデートをしたい。君のことをもっと知るために。そして、俺のことを君に教えたいから」


 私は答えるのに、一瞬困った。彼は本気で、私は彼を遠くに感じてしまっている。彼とデートを重ねれば、彼のことをもっと知れば、私は彼の世界に近づくことができるのだろうか。


 果てしなく長く感じる一瞬に考え、私は頷いた。


「ええ、またデートをしましょう」


 今の私に言えるのはそれだけだった。


 ヌビス王子とのデートの後、私は宮殿に帰ってきた。今日はなんだか疲れた。ゆっくり休もうかな。でも、モヤモヤした頭で眠れるかな。などと考えていたのだが。


 私の私室には密偵からの資料が届いていた。この間、監獄で死亡した暗殺者の情報を、密偵に色々と調べさせていたのだ。いざという時のため、私は多くの駒を揃えている。それでも、以前の時間軸では戦争を防げなかったし、死に戻りを選択するしかなかった。私の戦力を過信してはいけない。


 さて、資料が届いているがどうするか。休みたい気分もあり、何かを考えるのに頭を使いたい気持ちもあり、そうね。


「シャルル! 扉の向こうに控えているのでしょう?」

「はい。いつも控えています」

「なら、ちょっと部屋に来なさい。資料を眺めながら推理の時間よ」


 暗殺者の女がどのように死んだのか。謎を解いてみるとしよう。

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