第4話 揺れる状況

 その日、学業を終えて宮殿に戻ってくると大変な騒ぎになっていた。


「給仕の女が暗殺された?」

「はい、そのようです」


 パーティーでヌビス王子の毒殺を企み、失敗して監獄に収監されていた給仕の女、頭を何かに貫かれて亡くなっていたらしい。死刑は免れなかっただろうが、口封じで殺されるのは困る。その死に方には謎が残る。暗殺者が暗殺されるとは……面倒なことになったわね。


「シャルル。ついてきなさい」

「どこへ行かれるのですか?」


 宮殿の中を歩きだした私にシャルルがついてくる。そんな彼に私は目的地を告げる。


「宝物庫へいくわ」


 そこは一部の者しか入ることができない場所。私とシャルルはそこへ入ることができる一部の者に含まれる。


 フラム王国の大宮殿。その宝物庫には王家が所有する数々の宝物が保管されている。定期的に人が入り、整理整頓はされているから、目的のものを見つけるのに、それほど時間はかからなかった。


「見つけたわ。時戻りの短剣」

「姫様が未来で使ったという、短剣ですね」

「そうよ。これで自分の胸を突くのは痛かったわ」


 その言葉にシャルルが複雑そうな顔をする。心を痛めているかのような。


「姫様が傷つくなんて……」

「それで戦争を回避できたのだから構わないわ。今の私に傷はないしね」

「僕は、姫様が傷つくのは悲しいです」


 シャルルの顔は本当に悲しそうで、未来の燃え落ちていく都の中で凛としていた彼も、心の中には悲しみを抱いていたのかしら?


「給仕の女は重要な情報を持っていた。だからこそ暗殺されたのよ。暗殺者がどうやって警備の目を掻い潜って彼女を殺したのか。それを明らかにして、暗殺も防ぐ。そのために私は過去へ戻るわ」

「姫様……」


 シャルルは私が過去へ戻るのを止めたいようだった。過去へ戻るために私は一度死ぬわけだから、彼にとっては辛いのだろう。


「止めないで。私の決意は固いわよ。一度は成功させた。次も成功させる」


 私は鞘から短剣を抜いた。


「……え? これはどういうこと?」


 そして奇妙なものを見た。短剣の刀身にヒビが入っている。未来では存在しなかったはずの、大きなヒビが。


「時戻りの短剣に、未来ではなかったはずの損壊が確認できる。つまり……」


 ある仮説が浮かぶ。


「ねえシャルル。考えを整理したいの。私の話を聞いてくれる?」

「はい、姫様。どんな話でも聞きましょう」


 シャルルの返事を聞き、私は考えをまとめながら話し始める。


「思うに、時戻りの短剣にヒビが発生した理由は私よ」

「姫様が、ですか?」

「ええ、この短剣は使用するほど壊れていくのかもしれない。昔から伝承が伝わっているし、短剣を直す方法や、同じものが複数存在したりは、あるのかもしれないけど」


 となると、この短剣は気軽に使えるものではない。


「私は父と相談して、短剣を直せないか調べてもらうわ。とにかく……今、この短剣を使うべきではない。次に使ったら、この短剣は失われてしまうかもしれないのだから」

「なるほど」


 シャルルは頷きながら、静かに安堵しているように見えた。給仕の女を救うことより、私が傷つかないことの方が彼にとっては大事なのかもしれない。


「仕方ない。父の元へ行きます。ついてきなさい」

「はい」


 私たちは宝物庫を後にした。そして時は過ぎていき、翌朝には学園へ向かうのだった。


 暗殺事件が起きていようと学園での授業はいつも通りに進む。歴史の授業の教室でヌビス王子と席が隣になった。横のシャルルはすました顔をしているが内心はどうなのだろう?


 王子も王宮の地下牢で起きた事件は知っているようだった。


「話を聞いたよ、例の暗殺者が殺されたようだな」

「噂が広がるのは早いですね」

「都中の噂だよ」


 今回の話はヌビス王子にとって他人事ではない。自分を殺そうとした人間が殺されたのだから。


「今度の事件。俺の方でも色々調べてみようと思う。他人事ではないからな」

「危険ではないですか?」


 本人は知らないが王子は一度殺されている。下手に動いて殺されないか心配だ。


「なに、家臣にも手伝ってもらうし、俺はこれでも強いのだ。毒を盛られるのは困るが、並みの刺客であれば俺一人で返り討ちさ」

「なるほど」


 大した自信だと思う。でも、王子が武芸に秀でていることは噂に聞いている。並みの刺客であれば返り討ちにしてしまうのかもしれない。でも、相手が並み以上の相手だったら……などと考えてしまうのだ。


「くれぐれも無理はなさらないでくださいね」

「心配が胸に染みる。ありがとう」


 感謝の言葉をのべながら王子はほがらかに笑った。


 教室に先生が入って来る。王子との会話は終わり。授業に集中する。


 ……授業後、次の教室へ向かう前。


「ところでマリー王女」

「なんでしょうか?」

「最近なにかと不穏な事件が多い。我々には心身のリフレッシュが必要ではないだろうか?」

「そうかもしれませんね」

「というわけでだ。今度お茶でもいかがかな?」


 ふぅん。積極的にアプローチしてくるじゃない。面白いわね。


「良い考えだと思います。そのお誘い喜んでお受けします」

「ありがとう。詳しい話はまた」

「ええ、また」


 ヌビス王子が去っていく。私たちもそろそろ移動しなければ。私たちは席を立ち歩き始める。


「さ、シャルル。行くわよ」

「はい」

「……なにか言いたいことがありそうね」

「そうですね。王様にはヌビス王子からお誘いを受けたことは話しておくべきかと思います」

「そうね。そうするわ」


 シャルル自身が、私がヌビス王子にお誘いを受けたことについてどう思っているか。それを聞きたかったのだが。


 どうもシャルルは自分の思いを胸に秘めてしまうところがある。それが悪いことだとは言わないけれど、もう少し彼の気持ちを深いところまで知りたい私が居る。


 その日の学園の授業は無事に終わった。王宮に戻り、夕食の席で父と今日あったことや、他にも今話すべきことについて話す。兄はステーキに夢中で会話に参加せず、シャルルは他の近衛騎士たちと共に後ろで控えていた。


「お父様、私が直してほしいと頼んでいた物ですが、あれからどうですか?」

「うむ、信頼でき、詳しそうな者に調べさせているのだが、どうも直すのは難しいという返事なのだ。あれは簡単に直せるものではないな」


 私と父が話しているのは時戻りの短剣についてのことだ。なんとなくそうなのではないかと思っていたが、あれを直すことは難しいようだ。そうなると時戻りの短剣は本当に必要な時にだけ、使うことにしなければ。


 困ったものだな。時戻りの短剣さえあれば、いくらでも失敗をやり直せるかと思っていたのだが、話はそこまで上手くはいかないようだ。


 食後、入浴を住ませ、私室に戻った私はベッドに腰掛けながら一息ついていた。シャルルは部屋の外に控えている。


 私は一人で物思いにふける。


 最近のシャルルが私を異性として意識していることは、なんとなく感じられる。けど、彼から私に大きな一歩を踏み込んで来ることはない。


 シャルルは私を異性として意識しながらも、同時に王女の近衛騎士だという立場をわきまえている。それ以上に彼は私の義弟であることを意識しているのかもしれない。


 シャルルは父と妾との間の子どもである。そのことで、シャルルに冷たい態度をとる者もいる。妾であった女性はずっと昔に亡くなっている。だから、私は彼の味方でありたい。昔から、そう思っていた。でも。


 最近の私はシャルルの味方でいたいと思う以上に、彼を異性として意識するようになっている。


 ふと、思った。私の方こそ、悩んでいる。


 気になる異性であり、同時に上下の関係であり、姉弟の関係である相手に。


 どう接するべきなのだろう。

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