第3話 シャルルの対抗心

 シャルルは昨日から少しだけ気分が良くない。彼はそれを上手く隠しているつもりで、実際に多くの者は気付いていないが、幼い頃からいつも一緒だった私には分かる。


 馬車に揺られながら、私は正面の席のシャルルと向かい合っていた。

 

「ねえ、シャルル。今も妬いているの?」

「妬いてなんかいません」

「でもあなた。私がヌビス王子に嫁ぐのは反対なんでしょ?」

「それは……姫様に縁談はまだ早いと……そう思っているだけです」


 シャルルがヌビス王子に嫉妬しているのは明らかだ。そこが可愛いのだけれど。


「シャルル。私も、もう十代の半ばを過ぎようとしているのよ。縁談話があっても何もおかしくないわ」

「そうかも、しれませんが」


 シャルルにはうまい言葉が浮かばないようだ。かといって気持ちだけを優先して言葉を口にするような少年でもない。彼は何か言おうとしながらも、何も言えない様子だった。


「大丈夫、ヌビス王子に嫁ぐつもりはないわ。今のところはね」

「姫様はそうやって、不安なるようなことを仰らないでください」

「ふふふ、ヌビス王子という人を知ってみようとは思うのよ」

「姫様はあの方に興味を持っているのですか?」

「私たちが高等学園に入学してもう一ヶ月よ。もっと友人を作らないと」


 そんな話をしているうちに馬車が停まった。


 先にシャルルが馬車を降り、私もシャルルの手を取って馬車から降りる。銀髪の彼は幼い顔立ちをしている割りに背丈は私より頭一つ分は高く、しっかりとした体をしているのも分かる。こうして彼に触れると、ドキリとしてしまう私がいる。


 私が触れてドキリとするのは相手が男だから? それともシャルルだから、特にドキリとしてしまう相手は彼だけなのだろうか?


「姫様? どうされました?」


 少しの間、私は彼の顔を見ながら止まっていたようだ。シャルルは不思議そうな顔を私に向けている。


「……大したことではないわ。少し、考え事をしただけよ」

「そうでしたか。さあ、学園へ参りましょう」


 馬車から降りた私たちは、前方に建つ学舎へ向かっていく。フラム王立高等学園。東西南北に建つ四つの校舎では、建築や数学、政治や経済など多くの学問を学ぶことが出来る。特にフラムの建築技術は他国の先を行く。


 他の学生建ちに挨拶をしながら歩き、私とシャルルは南館へ入る。校内は常に清掃が行き届いていて、廊下を歩くだけでも気分が良い。数学の教室へ進み、扉を開けた。


 数学は多くの学生が受講することもあり、学園の中でも広い教室で行われる。半円形の教室の中には三桁の人数が入ることができるのだ。


 私とシャルルは並んで席に着く。ほどなくして、私のとなりに座る女子生徒の姿があった。黒髪だが、肌の色はフラムの民に近い。


「マリー様。おはようございます。ご機嫌はいかがです?」

「おはよう。アーリヤ。機嫌はいいわよ」


 東の砂漠にメソメールという国がある。私に挨拶をした女子生徒アーリヤは、その国の王女だ。私にとってこの学園では最初の友達、大切な女の子だ。背丈は私と変わらないが、整った顔立ちには、大人のお姉さんのような色気が感じられる。


「アーリヤ、勉強は捗ってる?」

「ぼちぼち、といったところでしょうか。私は、できれば建築学に集中したいのですが、受けられる抗議は全て真面目に受けるようにと、こいつがうるさいのです」


 そう言ってアーリヤは、彼女のとなりに座る男子生徒を手で示した。彼はアーリヤの近衛騎士、名前はクリードといったか。アーリヤはうるさいと言うが、私からすると寡黙な印象のある男子生徒だ。


 それにしても。


「アーリヤ。あなた建築に興味があったのね」

「ええ、私の国は建築技術が遅れていますから。この国の技術は素晴らしいですわ。特にダムや水道の造りは見習いたいものです」

「勉強熱心なのねえ」


 そんな話をしていると、クリードの隣に座る生徒が居た。黒髪で褐色肌。長身の王子を見間違うことはない。


「隣に失礼」


 そうクリードに話しているのはヌビス王子だ。彼が私の近くに座ったのは偶然ではないだろう。その証拠に彼は手を振ってきた。


「やあ、マリー王女。それにアーリヤ王女も。特にマリー。俺から感謝の品は受け取ってもらえたかな?」

「ええ、ヌビス王子。ありがたく受け取りました」


 私が答えると、王子は嬉しそうな顔をした。

 

「それは良かった。南の砂漠の品が気に入ってもらえたようで何より」


 そこで彼と私の会話は終わり、ヌビス王子はクリードに話し始めた。


「ところでクリード。君はこの国を楽しんでるか?」

「……はい」


 会話、というよりはヌビス王子の話にクリードが相槌を打っているという感じだ。一方的なコミュニケーションのように見える。


 私はシャルルに小声で話す。


「男子同士の会話ってあんな感じなの?」

「それは人によるとしか」

「そうなのね」


 私たちが話をしているうちに教室へ先生が入ってきた。


「ささ、授業が始まりますわよ」


 アーリヤの言う通りだ。今はひとまず授業に集中することにした。


 時間が経過し授業が終わる。


 私が伸びをしているうちにアーリヤが席を立つ。


「それではマリー様。失礼します」

「次の授業、アーリヤたちは教室が遠いんだっけ?」

「はい。そうです」

「頑張ってね」

「ありがとうございます」


 アーリヤはお供のクリードと共に去っていった。彼女たちが移動したあと、ヌビス王子が私の元へとやって来た。私とシャルルも席を立ってみたけど、ヌビス王子とは目の高さが合わない。自然と彼を見上げる形になる。


「ヌビス王子。何かご用ですか?」

「今回のことで感謝の品を送ったが、それだけでは俺の気持ちが治まらないんだ」

「なるほど」

「そこでだ。俺が君の助けになれることがあれば進んで協力したい。何か困っていることなどあるかな?」


 困っていることと言われてもねえ。


「そうですね。今は全てなんとかなっている。と言えましょうか」


 できれば異国の王族には貸しを作った状態で居続けて、なるべく借りを作らないようにしたい。私のせいで我が国が異国に借りを作っている。だなんて

状況は作りたくないからだ。それは、ヌビス王子も同じだろうが。


「私はあなたからの品々を受け取り十分に満足しています。お気になさらないでください」

「どんなことでも良い。俺の、この気持ちを静めるために、どんなことでも頼んでほしい」


 むむ、なかなか引き下がらないな。ここは適当にごまかして逃げるのも手ではあるけど。なんて、考えているとヌビス王子は肩をすくめた。


「分かった。今は君に貸しを作っていることにしよう。だが、俺が君のために何かしたいという気持ちには何の打算もない。それだけは言っておくよ」


 ふむー、どこまでが本心かしら。彼という人間に興味はあるし仲良くもしたいところだけど。


「では、俺もここらで失礼する。また」

「ええ、また。ヌビス王子」


 そうしてヌビス王子も去っていった。後には私とシャルルが残される。


「じゃあ私たちも行きましょうか。次の授業に遅れないうちに」

「そうですね。行きましょう」


 私たちは次の授業がある教室へ向かう。この学園では必修科目と選択科目があり、次の時間、私とシャルルは東館へ向かう。目的の教室はそれほど遠くないけど、今の東館は建物が古くなってきている。途中で床が抜けたりしないか心配だ。


「東館の改修工事はまだなのかしら?」

「もうすぐ行われるようですよ。そうなると、通行に不便も出るでしょうが」


 並んで歩きながら会話をして居るうち、ふとシャルルが黙った。少しの間を置いて彼は言う。


「何か不便だったり、困ったことがあれば何でも僕に言ってください。僕にできることなら何でもするので」


 これは……まあ、可愛らしいこと。


 シャルル。あなたヌビス王子に対抗心を燃やしているのね。

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