第2話 ケーキにナイフ
パーティー会場には多くの人間がいる。客人だけでも、ざっと百人は居るだろう。護衛や給仕の人間も居る。この中から、犯人を見つけ、犯行現場を押さえなくてはならない。
会場は賑わっている。
「ケーキを切り分けましょうか?」
「頼むよ」
すぐ近くで給仕の女が客にケーキを切り分けて食べさせていた。私が思うに、ヌビス王子に毒を盛れる人物を考えた時、給仕の人間が最も怪しいが……。
私は会場の壁に飾られた時計を見る。ヌビス王子の暗殺が行われる時刻まで、まだ余裕がある。とはいえ、ちょっとした行動の変化で未来が変わることは用意に予想できる。犯人に私たちの行動を悟らせないようにしないと。
そんなことを考えていると黒髪褐色肌で長身の人物が目に入った。件の人物ヌビス王子だ。顔は整っていて、鋭い目が特徴的。いかにも俺様系って感じの人物だ。彼は同世代の学友たちと共に会話を楽しんでいるようだ。
私とシャルルはそれとなく王子の近くに位置する。彼を監視していれば、彼に近づいてくる暗殺者にも気付けるはずだ。
時間が経過していく。怪しい人物はなかなか現れない。だが焦っては行けない。犯人が動くまで私たちは静かに待ち構えるのだ。
そして、時は来た。私が考える王子の暗殺方法。それを実行できる最も怪しい人物が王子に近づいてきた。私はシャルルに目配せし、彼は静かに、その人物に近づく。そして。
「王子様、ケーキを切り分けましょう」
「ああ、頼む」
「では、失礼してーー」
ケーキを切り分けようとした給仕の女、彼女の腕をシャルルが掴んだ。ナイフを持つ方の手だ。給仕の女は驚きの表情をシャルルに向けている。彼女は抵抗しようとして。
「な、なにをーー」
「そこまでです。あなたが持っているナイフ。調べさせてもらいますよ」
「ど、どうしてそんなことをする必要が?」
シャルルの手を振りほどこうとする彼女だが、しっかりと強い力で腕を押さえられているために、振りほどくことが叶わない。
どうしたことかと、ざわめく人々の中から私は一歩前に出る。人差し指を女に向け、言い放つ。
「あなたのナイフを調べるのは、そのナイフに毒が塗ってあるからよ!」
その言葉に女は顔を青くする。思った通り、彼女が犯人だ。彼女は言い返してくる。
「しょ、証拠は、証拠はあるんですか?」
「あなたがヌビス王子に切り分けて食べさせようとしていたケーキ。それをあなたが食べれば、毒が塗ってあるかどうかはすぐにわかるんじゃなくて?」
「な、ナイフに毒? 私はこのナイフですでに何度もケーキを切り分けて、お客様がたに食べてもらっています。ナイフに毒が塗ってないのは明白です」
「なら、あなたがケーキを食べてみれば良いじゃない」
「ぐ、ぐぐぐ」
言葉に詰まっているな。それはまあ、当然だろう。
「簡単なトリックよ。当ててあげる。あなたはナイフの片面に毒を塗り、ターゲットに対してだけ、その面を使ってケーキに毒を塗る。そうすることで狙った相手にだけ毒を仕込むことができるのよ」
「ぐ、ぐぐっ!」
追い詰められた女がシャルルに向かって蹴りを放った。長いスカートがひるがえる。女が履く靴の先に刃が煌めくのが見えた。
「危ない!」
焦る私と比べてシャルルは落ち着いていた。彼の表情に動揺は無い。
「ええ、分かってますよ。姫様」
シャルルは慌てることなく女の脚を押さえ、刃を防ぐ。流れるように女は床に倒され、動けないように拘束された。彼女の手からナイフが離れ、床に転がる。
「貴様ぁ」
拘束された女が私たちを見上げるようにして睨む。私は手袋を付けた手でナイフを拾い上げた。
「あなたがケーキを食べなくても、王様……私の父には毒を調べるものの準備をしてもらっているわ。毒がナイフに塗られていたかどうかは近々分かるとして……あなたの行動を見れば、あなたがよからぬことを考えていたのは間違いないわね」
私は女を見下ろした。勝利の笑みと共に。
「あなたがどうしてヌビス王子の暗殺を狙ったか。洗いざらい吐いてもらうわよ」
「ぐぐ……!」
パーティ会場で大胆にも王子の暗殺を狙う女だ。簡単には口を割らないだろう。その辺りのことは我が国の拷問官に任せる。ともかく、王子の暗殺は未然に防ぐことが出来たというわけだ。
これで、一件落着だろうか。そうなると良いが。
ほどなくして、女は騎士たちによって監獄へ連行された。暗殺未遂事件があったということでパーティーはお開きになり、そのことを兄は残念がっていた。根性無しだが悪い人ではないので、彼が私に何かを言ってくるということはなかった。
お開きになった後の会場で私やシャルル、ヌビス王子たちは残っていた。騎士たちから色々と質問をされ、その質問もこの事件を調べるための材料になるのだ。ただ、私が未来から戻ってきたことは伏せておいた。未来から過去を修正できる事実など知られるべきではない。
騎士たちからの質問が終わり、ようやく私たちも解放されるという時、私とシャルルの元へやって来る者が居た。黒髪褐色肌で長身の男、ヌビス王子だ。彼は私を見下ろしながら言う。
「マリー王女。今回のことは感謝してもしきれない。そんな思いだ」
「私はやるべきことをしたまでです。シャルルも」
「はい。姫様」
ヌビス王子は嬉しそうに口元を緩める。
「フラム王国の姫は謙虚でもあるようだ。近いうち、感謝の印を送る。そして」
王子は私の目をじっと見て。
「この恩は忘れない」
そう言った。
そして、時間は過ぎ、翌朝。
私は頭を悩ませていた。
「……以上、ヌビス王子様から感謝の品の目録となります」
ヌビス王子から使いの者たちがやって来て、黄金で出来た装飾品を始め、上質の衣類や、香油、香水、他にも数々の感謝の品が送られてきたのだ。物が多すぎて私の私室には入りきらない。とりあえず、城の倉を使う必要があるだろう。一国の王子を救うというのは、こういうことか。
使いの者たちが帰っていき、私の部屋には、私とシャルルが残された。私たちは二人で顔を見合わせる。
「すごい品物の数よね」
「ええ、受け取りきれないほどの」
「とりあえず、メイドや執事に者を運ばせないといけないわね」
「僕も手伝いますよ」
「ダメよシャルル。あなたは私の護衛なのだから。それに、あなたは昨日頑張ってくれたじゃない」
私がそう言って微笑むとシャルルは恥ずかしそうに照れた。そんな姿が可愛い。
「僕はあなたの、姫様の近衛騎士として当然のことをしただけです」
「それが私には嬉しいのよ」
そんな朝のやり取りのあと、昼食の席で父と共に話していたときのことだ。兄は会話に参加せず、黙々と食事を楽しんでいる。
部屋にはシャルルや、父や兄が信頼する近衛騎士たちが控えている。彼らには、ある程度の話は聞かれても大丈夫だ。
「マリー。お前が、ヌビス王子の暗殺を企てている者が居ると話した時は驚いたが、実際にその通りになったな」
「ええ、彼の命が助かって良かったです」
「ああ、そうだな。毒のナイフの件も調べはついた。あの給仕の女が持っていたナイフには、確かに毒が塗られていた。反抗に及んだ動機も、じきに吐くだろう」
「まあ、吐くだなんて。食事の席ですよ」
「そうだったな。すまん」
口では謝りながらも父は上機嫌の様子だ。娘たちの活躍がそんなに嬉しかったのか。
「ヌビス王子は今回のことを、とても感謝している。お前のことを気に入っている様子だ。そこでだな。今すぐに、という話でもないのだが」
父は私を見ながら言う。
「マリー。ヌビス王子に嫁ぐつもりはないか?」
父からの思いがけない発言に、私はふくみかけていた紅茶を盛大に吹いた。
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