第14話 魚のダンジョン 筋肉最高!! その2
「やあ!」
筋肉さんは筋トレをしていた。
「やあじゃねぇ!」
「置いていかないでくださいよ!!」
水面がギラギラと、痛いほどに輝いている。そこに筋肉さんはいた。筋トレを終えた筋肉さんは、腰ポーチから食べ物を取り出す。
彼らの怒りなど、少しも響いていなさそうだ。
「記録映像を見た上で、同意書に同意したのは君たちだろう?」
「確かに怪我してないけども!」
「映像……いま思い出せば確かに追いて行ってたな……」
もぐもぐ。
筋肉さんは一つ二つと食べると、食べ物を私たちへ差し出してくれる。
「食べるかい?」
「ありがとう。貰うよ」
とりあえず怒りをおさめた二人は、渡されたものに齧り付く。
私は二人を見ながら、見慣れない食べ物を頬張った。サクサクとした食べ物だ。パッケージには、さまざまな栄養が記載されている。
なんの味だろう? 私の繊細な舌はしっかりと味を感じ取っているのに、これと言って名指しできる食べ物が思い浮かばない。
よくもまぁこの小さなものに、これだけの栄養を詰め込んだものだと感心するよね。
「美味しいねこれ」
もぐもぐしながらゴミを見ていると、筋肉さんはニカッと白い歯を見せて笑った。
「良き筋肉には、良き栄養が必要だ。味も妥協してはいけない。そして良き肉体には、良き精神がついてくる。さぁ、筋肉を鍛えよう!」
「適度な運動は大事だよね。美しさを維持するためにも欠かせないことだ」
筋肉さんはもそもそと食べる二人の側で、また筋トレを始めた。私がギターを奏でだすと、そのテンポに合わせるようにリズム良く動き出す。
こう言う合わされ方もいいものだね。
岩の上に座り込んだ二人は、私たち様子を死んだ魚のような目で見つめてくる。
ハムスターのように、ちまちまと食べながら、時間を稼いでいるようだ。
アキト:変な映像が流れてる
お姉さん:元気出るー
アキト:思ってないだろ! 姉さん目がうつろだぞ!
こども:面白いから良いじゃん
おじいさん:わしの筋肉もまだまだ現役じゃ
アキト:まぁ、ただ音楽に乗って筋トレしてる映像……おもろいよな
お姉さん:元気出るー
:俺も目が死んできた
:げんきでるー
:筋トレ大事!
:ダンジョンでやることじゃない(定期)
:げんきでるー
:げんきでるー
:周りに気をつけてくださいねカガリくん
:元気出る
:二人のこと心配してやれよw
演奏も終盤に差し掛かった頃、私は気になったことを聞いてみることにした。
「君は武器を持たないのかな?」
「私の武器は己の肉体のみ。スキルに恵まれてね、今のところはこの肉体だけで事足りている」
武器を持たない攻略者は初めて見た。
その攻撃するであろう拳には、ガントレットどころか、グローブすらも身につけていない。本当に生身の拳で殴りかかるのだろう。
毒性のある魔物や、腐っている魔物や、熱かったり冷たかったりする魔物の時はどうしているのか、少し気になるな。
まぁ、生きていればまた会うこともあるだろう。その時に聞いてみれば良い。
「驚いた。素晴らしい肉体だね。スキルに恵まれただけではうまく回らないよ。君の努力があってこそだ」
「ありがとう。もちろん私の努力あってこそだ。それは自他共に認める事実」
「うんうん!」
時間をたっぷり使っての栄養補給中の二人は、会話を聞き流し始めていた。
ダンジョン内で、方や筋トレ、方や楽器を奏でる行為。
たまに噛み合ってない自己受容、自己肯定感の高すぎる二人の会話に、ただただ「すげー」とコメント欄よりもつまらないコメントを吐いていた。
酸素か、エネルギーが足りないのかもしれない。
私が曲が終えると、筋肉さんも筋トレを終える。
「貴方の武器は楽器ですか?」
「いいや、私は武器を持てない性質でね……。そうだ、武器を持たずに魔物退治のコツを、ご教授願えないだろうか」
難しい質問に、栄養補給をする筋肉さんが悩ましげにした後、水分補給をする。
私はそれを見て、自らも水分補給をしていないことを思い出した。
毎回アルカナ姉さんが用意してくれる栄養ドリンクだ。魔力を含んだ液体が、私の身体に染み渡っていく。
ありがたいよね、ほんと。
みんなで水分補給をしていると、筋肉さんが口を開いた。
「教えたことはないが……。とにかく、目の前の敵をぶん殴れば問題ない。それかタックルをかますことだな」
殴るか、タックルかぁ。私は楽器を片手で持ち、拳を作る。
おそらく、ちゃんと『殴る』や『タックル』が相手にあたれば、攻撃として機能するだろう。
しかし相手が何であろうと、それが相手を傷つけると思った瞬間、私の身体は自らの制御から外れ、よくわからない怪我をすることが多い。
お姉さん:やめといた方がいいと思うなー
アキト:またすっ転ぶぞー
こども:カガリにぃに攻撃は似合わない
おじいさん:わしはええと思うぞ。一発かましたれいっ
優斗に応援されて、私は拳を突き出してみる。
何も起きないようだ。もしかしたら、今なら自分から攻撃をしに行けるかもしれない。
あまり攻撃的になるのは気が進まないけれど、誰かを助けたい時に、役立てるんじゃないかな。
:脳筋
:筋肉なんだよなぁ
:向こうでカガリくん鍛え方が足りん。とか言われてて笑う
:視聴者まで脳筋笑顔
「殴る……確かに試したことなかったかもしれないね」
アキト:あるぞ
お姉さん:ある
:悲報
:あるんかい
:なんでだよ!
:殴ったらどうなるの? 前回みたいに謎回転するの?
:カガリくんに傷ついてほしくないです
:お姉さんたちに従っとけって。安全第一だぞ!
:心配
:がんばれー!
「殴ろうとしたことはあるようだけど、もう一度やってみよう! もしかしたら出来るかもしれない」
「その意気だ! 私がサポートしよう!」
「ありがとう」
キラキラと手を握り合う二人を見ながら、岩の上で座り込む男たちはげっそりしていた。
「楽器の方もやべぇ。攻略ダンジョンゼロとかもう嘘だろ……」
「ほんと……、元気すぎて怖い」
「はっはっは! では魔物を探していざッ!」
「二人とも、準備はいいかい?」
二人はなんとも癒えない顔をしていたけど、走る準備は万端のようだ。
筋肉さんが緩く走り始め、その後ろをついていく。前で少し変な動きをした筋肉さんを見て、踏みそうになった水穴を華麗なジャンプで避けた。
「二人とも気をつけ――」
「うわぁぁああ!?」
「ぬわッ!?」
バチャンッ!!
振り返ったそこに彼らの姿はなかった。
あちゃぁ……。キャリー中の二人が、足元の穴に気づかず落ちてしまったようだね。私の見立てではずいぶん深いようだったけど。
すぐに浮いてこないということは、沈んだということだね!
「まったく、軟弱な者たちだ。今助ける!!」
私が穴を覗き込むと、戻ってきた筋肉さんが美しい仕草で飛び込んでいく。
そしてすぐに――。
「ぷはっ。…………ぜぇ……死ぬ……」
上がってきた二人を引っ張り上げると、二人は咳き込んで恨めしそうに前を見た。
「穴があるなら言ってくれよ!!」
「窒息死はやばいッ!! うえぇ、水飲んじまった……」
私はニコリと笑いながら、上がってこない筋肉さんの姿を水中に探す。
「……あれ、筋肉さんは?」
「は、はいぃ……?」
「………………そういや、沈んでいく筋肉を見たような……?」
落ち着くんだ私。
♪〜 ギターを鳴らしながら、状況を整理する。
「どうやら、筋肉の密度が多いデメリットの一つ。金槌が発動してしまったようだね」
「言ってる場合かーーーっ!!?」
「嘘だろ! おい!?」
「戻ってこい筋肉!!」
「俺らさすがに人抱えて泳げねぇぞ!!」
二人は心配そうに、首にかけていたゴーグルを装着して、水中を覗く。
すると、心配でも笑顔でも恐怖でもない顔をした二人が、ゴーグルを取りながら言う。
「こ、こえぇ」
「魔物見てぇ」
:なにが見えるんだww
:草
:これが脳みそまで筋肉に侵されてるやつの末路か……
:助けに行った人が金槌って、なにしに行ったんだよっ。ただの二次被害だろ!!
:筋肉さんは重いのね
:どうするんだ!?
私も魔力で強化した目で覗いてみる。
筋肉さんの姿は見えない。
どこだろう。
そこは深く、横に随分と広がっている穴のようだ。真下に足跡が刻まれているのが見えた。
ガガッ。くぐもった音がする。ガガッ、……ガガッ。
いたっ! 筋肉さんは壁に指を突っ込んで、まるでロッククライミングでもしているかのように、壁つたいに登ってきていた。
確かに二人が言ったことにも一理ある。ああ言う魔物っているよね……。
ガシッと穴の縁に分厚い手がかかる。ザッバァン!!
「はっはっは! 助けは必要なかったようだな!」
「「助けが必要なのはあんただよ!!」」
:ぎゃぁああーーー!!
:お化けの出てきかたなんよww
:草
:出てきた
:筋肉の襲来ww
「ふぅ。濡れてしまったな」
「さすがの私も、服を乾かすことは出来ないんだ。ごめんね」
「問題ない」
「…………カガリさんめっちゃ落ち着いてますね」
「もうイヤだこいつら……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます