第13話 魚のダンジョン 筋肉最高!!



「筋肉最高!」


 ドガッ!! 曲がり角から吹き飛んできた魔物が黒霧となって消滅する。

 謎の雄叫びが気になりつつも、まずは挨拶から。私はギターを弾きながら男性に近づいていく。


 破れたぴっちりとした黒い肌着と黒いシンプルなズボンを着ている男性は私を目視するとニカっと笑う。

 なぜか靴は履いておらず裸足。武器らしきものも見られない。

 まぁ、そんなことは些細なことだ。


「初めまして。素晴らしい筋肉だね」

「見る目があるようだな」


 ムキッ。と彼はポージングを決めた。

 物凄く筋肉を主張しているのは、鈍い私でも流石にわかるよ。


 アキト:こんちはー

 お姉さん:すごい筋肉

 おじいさん:ほっほ、ヤバい奴が現れた

 こども:きゃははっ、むきんっ


 :どっちもやべー

 :関わりたくないww

 :ありがとうございます!

 :よかったなカガリ

 :草

 :こいつはっ!!?


「いいね! 君の溢れんばかりの筋肉! そして明るい笑顔のような満ち満ちているエネルギー。私は称賛せずにはいられないよ。素晴らしい!」


 ♪〜〜〜


「筋肉は私を裏切らない。鍛えた分、応えてくれるんだ。私は筋肉のために、ダンジョンに潜り続ける」


 男はムキンッと筋肉を膨張させ、再びポーズを決める。

 私も負けてはいられない。煌めく私を見るといいよっ!


 アキト:筋肉のために命かけるのか

 こども:やべー

 おじいさん:わしも筋トレしようかの


 私はアキトたちの反応に同意したい気持ちに駆られながら、筋肉さんに問いかける。


「何故、ダンジョンなんだい?」

「ダンジョンを攻略するたびに、筋肉の強度や艶が増すんだ」

「強度と艶っ!?」

「そう。そして実用的でしなやかな筋肉は、筋トレだけでは作り出すことができない。戦闘で起こる命の危険と、生きたいと言う精神が、筋肉をより一層輝かせる!」


 ムキンッ。


「なんて崇高な精神力なんだ」


 アキト:いや呆れるところだよな


「君の筋肉と想いは素晴らしい! エクセレント!」

「わかってくれるかい?」

「もちろんさ。その艶、大きさ、しなやかさ、どれをとっても君の試みなしには存在し得ない。君はすごいね!」


 喜ぶように、膨張する筋肉が震える。

 わかるよ、伝わってくるよ! 君の努力が!!


 アキト:いやなにこれ


 二人のテンションは謎だし、会話も謎である。しかしそこには元気の出るパワーが満ち溢れていた。

 それでいいじゃない。それがいいじゃない。感じなさい。と言わんばかりの映像に、アキトは呆れた言葉を漏らす。


 アキト:ダンジョン攻略者って、大体ヤベー奴らだよな

 こども:カガリにぃが筋肉ダルマにハマってきてる

 お姉さん:面白いからいいんじゃない


 :草ww

 :元気出るね

 :俺、この筋肉はカガリとずっと相性がいいと思ってた

 :筋トレ最高だな!

 :この音楽好き



 私が演奏を終えると、筋肉さんもポーズを取るのをやめた。

 そばにあるカメラが二つ。どうやら筋肉さんも配信をしているようだ。


「ところで、君はこのダンジョンの適正にしては強いように見えるけれど。攻略し忘れかな?」

「キャリー中だ」


『キャリー』それは戦いに向かない人間を、ダンジョン攻略させる行為を指す。彼の言葉を理解すると、私はあたりを見渡した。

 堂々と白い歯を煌めかせた彼以外に、人がいない……。


「その人たちはどこに?」

「……彼らだ」


 ピンと伸びた手の先へ視線を向けると、岩山の横から二人の男性がやってきた。


「ま、まって……ぜぇ……」

「早すぎ……」


 十一階層にして、息も絶え絶えだった。真っ赤な顔からは火が出そうだ。


「来たか!」


 アキト:お疲れー

 お姉さん:これ、ボスまで持つのかしら?

 こども:がんばれー

 おじいさん:まだまだじゃのぉ


「せんたく、間違えた……」


 顔色の悪い二人が崩れ落ちる。水に浸かることも気にせず膝を折り、ぜぇぜぇと荒い呼吸を繰り返していた。

 酸欠かもしれない。


 …………私から見てもペース配分を間違えている。原因はどう考えても、この筋肉の主張が激しい彼だろう。 

 私はにこりと笑うと、二人に手を差し伸ばす。


「お疲れ様、ここは十一階層だよ、あと十一階層あるけど。頑張って」

「ありが――」

「では行こう!!」


 彼らが立ち上がったのを見るや否や。きらりと白い歯を見せ、筋肉さんは姿勢の良い走り姿で遠のいていく。


「…………」

「おい〜〜〜!!」

「待てこらぁぁああ〜〜!」


 この私が、彼の肉体美に呆気に取られるとは。


「猪突猛進。考える前に行動とは、ふむ……それもまた美しい」


 私はギターを鳴らす。

 あの丁寧に積み重ねられた努力の結晶である筋肉は素晴らしい。私もその輝きに負けないように、精進しなければ。

 ♪〜〜


「えっちょ」

「やめて!?」


 お姉さん:置いていかれてるわよ

 アキト:うちのカガリがすみません。早く行った方がいいですよ


 私はアルカナ姉さんたちのコメントを見て、二人の視線を誘導する。

 確かに置いていかれているし、私じゃぁ彼らを守れない。息が整って来たなら、追いかけるべきだろう。


「あーくそーーッ!!」

「行きゃいいんだろ! 行きゃー!」


 私たちは走り出す。

 意外とこの二人、元気なのかもしれない。


「なーにが、『疲れましたが無傷で生還できました! 最高です!』……だ!」

「絶対悪意あるよなぁ!」

「悪意の塊だ!」

「無事に帰れたら文句言う?」

「……クッ、ふふふふっ。あーっはははハハーッ!! なぁ、俺たちもやろうぜ」


 男の目はギンギンだった。血走ったその目は悪意が渦巻いているように見える。


「まさか……!?」

「とても悪い顔をしているね……」

「あはははははっ! 筋肉最高〜〜〜!」

「……君が見た誰かも、事実しか書いていないところが面白いよね」


「筋肉最高!」の掛け声を目指して駆けていた私たちだが、いつの間にかその声が聞こえなくなってしまった。

 周囲には魔物と見間違えそうな水草が生えており、視界が悪い。

 もしも今魔物にあってしまえば、私たちは頑張って走らなければならないだろう。


 細い幹がぐるぐると巻き合い、水深の深い水を見下ろしながら、幹を足場として進んでいく。

 天井からは太い氷柱が降りてきており、大きな魔物は動いき辛そうだ。

 不可思議な水草が群集している場所を見下ろすと、朧げに美しい姿が映った。


「ここの水は、時折鏡のように反射してくれるんだ。ほら、今も美しい私が見えるよ」

「あんた置いてくぞ!」

「早く来いよっ」


 私のように、もう少し余裕を持った方がいい。美しさの大半は、余裕から生まれるものなんだから。



「……見失ってしまったようだね」


 ぽつりと私がいうと、彼らの足が緩やかになった。


 アキト:なんでだよ!

 こども:早い


 :草ww

 :なんでぇえーーー!?

 :あの筋肉っ、キャリーの意味わかってるのか!!?

 :あーあ。また犠牲者がww

 :この音楽好き

 :モンスターパレードへようこそw


「あぁ……」

「まってくれぇー」


 二人はゼェゼェいいながら歩き出し、私は彼らに速度を合わせる。少し顔色が戻って来ていた。

 さすが私。人を助けることも一流だ。

 楽器を弾いていても魔物が寄ってこないからか、彼らは少し穏やかな表情を私に向けた。


「あんたも攻略者?」


 難しい質問だ。

 私は何度もダンジョン巡りはしているけれど、攻略したことは一度もない。攻略者はなにか資格があるわけではないから、自分が攻略者と名乗れば攻略者だ。


 スッ……。


 奏でていた曲を終わらせる。

 私は二人が不安になるかもしれないが、本当のことを言うことにした。


「攻略したダンジョンはゼロさ」

「!?」


 ギョッとした二人は周囲を見渡した。

 魔物がいないことに安心することもなく、焦るような表情を浮かべ出す。一人が落ち着こうとしたのか、地面にある冷たい水を顔にかける。


「マジで選択間違えた、ヤバいッ」

「走るぞ」


 走り出した二人に私もついていく。賑やかな彼らのおかげで私は楽しいよ。


 必死に頑張る二人を応援するように、ギターを弾き始める。

 一切乱れることのない音は、相変わらず素晴らしい。自画自賛するようだけど、私は自信を持って言える。私は素晴らしいと!

 私の横で男たちが叫ぶ。


「おーいどこ行ったー!」

「カメラの向こう側の奴ら、あんなにウェルカムな雰囲気出しといて、いま絶対しめしめと笑ってるぜ。俺も返ったらあいつの配信見返すんだ。へへへへっ!!」

「おい大丈夫か!? 怒りと恐怖で頭がおかしくなったのか!?」

「なんかめっちゃいい曲ですね!」

「ありがとう。一緒に追いかけよう!」


 彼の肉体美をもう一度見るために!


「本当大丈夫か。……なんであんたも攻略数ゼロで、そんなのほほんとしてんですか!?」

「あまり声を出すと魔物たちに気づかれてしまうよ」

「さっきから音出してるのはお前だ!」

「きんにくぅーどぉこですかぁああーーーっ!!」




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