第12話 魚のダンジョン 『カガリのダンジョン歩いたり演奏したり。vr798』



「水を感じる光源に照らされる私は、なんと美しいことだろう」


 淡い光が上から降り注ぎ、光る液体の玉もあちこちを照らす。

 足元に広がる透き通った透明な水は、天から降る光を受け入れ、地面まではっきりと見ることができる。そして、水の底にある石が光を反射し、少し眩しいくらいに壁や水を、さらに明るく照らしていた。


 そんな場所で、私は鏡加工の施されたギターケースを前に、ポーズを取る。

 こうでもない、こうでもないし……、やっぱりこの角度が一番美しいかな? 今日の私は美しすぎて、難しいな。


 :20分経過〜

 :スーパームーンがキラキラしててさぁ

 :カガリ、アキトがめちゃくちゃ暇そうにしてるぞw

 :俺たちとのお話しは退屈か?

 :星を見るなら奥が奥奥丘がいいよ。めっちゃ綺麗w


 アキト:だって話についていけないんだもん

 子供:俺は楽しいよ


 :着物の染色ってこれまた難しいんだよ

 :だもんw

 :マジで? 奥が奥奥丘? 俺今度行ってみよう

 :染め物なら教えれることあるかもです。教えましょうか?


 アキト:星の話はもういいって! 俺、星も月も見たことねぇし


 :ごめん

 :涙

 :すまんアキト

 :染め物の件なんですけど、DM送ってもいいですか?

 :アキト・・・ごめんっ


 子供:まぁ、出れた時のお楽しみってことで

 アキト:だな。そんなに謝るなよ、俺は平気だからさ



 私はようやく今日の最高の角度を見つけ出し、軽やかな足取りで動き出す。


「さて、そろそろ行こうかな」


 アキト:おっ、やっと行くか

 子供:アルカナ姉ぇ! カガリ兄が進むって!

 お姉さん:はーい、ちょっと待って。水持ってくるから

 アキト:姉さん俺のも!


 :アキト、病院から出られるようになったらいろんな場所に連れて行ってやるからなっ!

 :カガリくんの自惚れタイム尊かった……

 :おっ、始まるのか

 :今日も演奏頼むぞカガリ

 :みんな始まるぞー

 :雑談終了だなww


 随分と待たせてしまったようだ。みんな物知りで素晴らしい。

 私は上から下へ手を動かし、ギターの音を鳴らす。


「うん、いい音だ」


 :楽器水没させないようにな

 :一度も楽器落としたところ見たことないけど気をつけて

 :マイペースww


 「心配してくれてありがろう。特別に魔石強化してもらってるから、たぶん普通より壊れにくいと思うんだよね」


 弦をサラッと撫でると暖かな低めの音が鳴る。


「……ギターはいいよ。この弾き心地は奏でた者にしか分からない幸福感がある。ちょっとだけ手が難しいけれど、それを乗り越えれば君は楽器を自由自在に演奏できるし。……見て。美しい私の調子に合わせて、喜び、悲しみ、怒りと、感情表現がより豊かにできるところもポイントが高いよね。何より、格好いい」


 :好きだなぁww

 :言われるたびに楽器眺めるけど高いんだよな。

 :楽器の布教お疲れ様です

 :うち楽器店なんですけど、試し弾き歓迎します。DMください

 :ギターは高いw

 :毎回いる商売根性MAX好き



「見てご覧、波が私を歓迎してゆらぎ、ダンスをするような姿を見せてくれるよ」


 私は水が張ってある地面を蹴り上げ、キラキラと舞う水滴を眺めた。

 このダンジョンは美しい。

 足音が普段とは違うことも愉快でいいじゃないか。パチャッ、パチャッ。


「あっ、今日は幸先がいいね」


 私は青い魔石を拾い上げた。

 水の屈折が魔石を隠し、倒した攻略者が拾い損なうことがしばしばあるようなのだ。

 魔石をポケットへ入れて歩き出す。


 向かうは、次の階層だ。


 ここは『魚のダンジョン』と呼ばれる場所。

 長靴が必須の場所と言われているこのダンジョンは、環境も脅威となる。

 重い足元に気を取られていたら、魔物に攻撃される、なんてことも頻繁にあるとか。逆に、前だけを見ていれば、ズボっと深い湖にハマることもある。

 透明なのは水深がわからず、良いことばかりではない。




 階段を降りていく。

 一階層、二階層……。時に魔物に追いかけられながら。時に人に助けてもらいながら。ほぼ最短距離で階段を降りていく。

 私は十一階層にたどり着いた。

 

「どこだ〜?」


 探し人を求めて、あちこちを歩行する。


 その時、水の波紋が前からやってくるのが見えた。

 人か魔物か。背後や周囲の分かれ道を見渡しながら、やってくる足音に耳を傾ける。そして私は目の前に現れた魔物に似合うような、厳つい登場シーンのような音を鳴らした。


「わぁ」


 私よりも二メートルほど大きな魔物だ。

 巨大な苔の生えた白い亀の甲羅から三つの首が伸びている。かすかに発光している鱗、髭の生えた仙人みたいな蛇の頭。あたりを確認するかのように振られた三つの頭は、私を見ては威嚇するように口を開いた。


「アキト、ケルベロスだよ! すごいっ! この魔物は初めて見た! そのどっしりと構えた威厳のある雰囲気、かっこいい!」


 ♪〜〜 私の感情を表すように、それはもう嬉しそうにギターの音も鳴り響いた。

 何度来ても新しい魔物と出会える。それもダンジョンの醍醐味だいごみだ。

 私は側を浮かぶ映像機器、その近くにあるコメントへ視線を向ける。


 お姉さん:初めて見る魔物ね

 子供:みつ首だけど、ケルベロスって犬系じゃなかった?

 お姉さん:じゃぁ魚だし、ケルヘビ?

 子供:食べれる?

 アキト:ベロスって犬って意味なのか?

 お姉さん:お腹壊しそうだからやめときなさい

 子供:はーい

 アキト:聞いて……


 :!?

 :草

 :けるべ・・・え?

 :ケルベロスちゃう

 :カガリくんのキラキラ好奇心旺盛な笑顔好き

 :カガリ違うぞ

 :楽しそうw



「誇るといい、男前の私といい勝負していると思うよ」


 この美貌と上品な音色を持ってすれば、魔物すらを魅了する自信がある。漲るエネルギーは君にだって負けはしないさ。

 知性ありし魔物はそう多くはないが、彼からは長老のようなおもむきを感じる。

 きっと大丈夫だ。


 逃げも、武器を構えもせず。ギターを弾き鳴らす私を、アルカナ姉さん命名ケルヘビはじーっと見つめてくる。

 どうやらすでに魅了してしまったようだ。そんなに熱い眼差しで見られてしまったら、答えないわけにはいかないよね。

 煌めく私を前にして、三つの首は相談するように頭を突き合わせた。


 アキト:なに? 相談中?

 お姉さん:このあと追いかけられるに飴ひとつ

 アキト:ただ飴の交換するだけだからやめない?

 子供:音楽流れてなかったらただの停止動画だね


 :なんの停止中?

 :魔物も動かんてどゆことw

 :ゆるーくいきましょ

 :カガリくんの演奏素敵です!

 :レア生物だって魔物図鑑に書いてた気がする


 私は演奏を終える。

 優雅な締めくくりに、魔物も感動したことだろう。


 すると、一つの首が鋭い牙の生える口を開け、私に向かって来る。刹那、同じ胴体から生えている二つの首が、私に向かった首を締め上げた。

 体は一つでも、三つの頭はそれぞれで考えているらしい。


「わかるよね。これが美しさ。これこそが美しさ。そう、私は美しいっ!」


 ギターが一節響き、魔法陣が魔物の周囲に展開されては、消えていく。

 静かに眺めていると、魔法の一つが発動したようで、水魔法が私のすぐ横を通り過ぎていった。

 そんなに濡れた私が見たいのかな? 悪いけど、もう少し乾いたままでいたんだよね。そうだ、もう一回ギター弾こうかな。

 ……はっ、もしかしたら、私の美しさを認められず嫉妬しているのかもしれない。


「安心するといい、君たちも十分美しい。その透き通ったつぶらな瞳は可愛らし――」


 魔法が再び、私のすぐ顔の横を過ぎ去っていく。

 どうやら可愛いは不満だったようだ。

 他の称賛の言葉を探しているうちに、ギューッと締められていた首の一つが、泡を吹いてダランと地面に倒れた。 


「気絶した、のかな?」


 悪いなとでも言うように、ケルヘビは平べったい手を上げる。そして一つの首を支えながら、去って行った。

 足元の波紋は次第に弱くなり、あたりは静寂に包まれる。


「ふふっ、格好いい魔物だったね」


 去って行く水の音の代わりに、私は美しいギターの音を鳴らし始めた。反響する音は、今弾いている音と、とってもいい感じに調和してくれる。

 さすが私、手練の技も常に進化し続けているようだ。


 アキト:やっぱりケルベロスじゃないと思うんだよな

 お姉さん:カメヘビミッツンでいいじゃない

 アキト:独特で適当な名前つけんのやめて?


「カメヘビミッツンかぁ……」


 子供:カガリ兄……

 アキト:あっ、オオミツクビカメって魔物らしい。


「当たらずとも当からずという感じだね。どうしてわかったの?」


 アキト:その他コメントで誰かが書いてた。


「博識だね。教えてくれてありがとー!」


 コメントを見るも、既に流れてしまっていたようだ。私は聞いているであろう視聴者に感謝をするように、丁寧に曲を奏でる。


 アキト:なんで襲われないんだ!? ってのもあるぞ。


 アキトのコメントに私は音楽を止める。そしてカメラの前でポージング。

 質問の意図は読めないけど、私はすでに納得する理由を見つけていた。


「なんで襲われないのか、そんなもの言うまでもないのだけれど。思考の大半が私の美しさに当てられてしまっている今の状態では仕方がない。教えてあげよう。襲われない理由を!」


 :おぉ!

 :なになに。

 :マジで魔物に襲われない秘訣があるのか!?


「…………この美の女神に祝福されし体貌、この美しさに畏れをなした。そして勇ましく優雅な音に落ち着いた彼は、私を嫉妬の対象ではなく、感嘆するほどの思いを抱いたんだ。だから私に敬意と尊敬を持ってダンジョンを案内してくれようとしたんだよ。でも私は自らの道を行くと決めているんだ。他に理由があるなら、私に教えてほしいくらいだよ」


 煌めきを放っている(ような気がする)カガリは、鏡加工の施されたギターケースに映る自分を見つめ、人々がウッとなるようなキメ顔を作る。


「美しい。全てのものを魅了する美貌であると、また証明されてしまった」


 :また出たww 美しい!

 :心なしかツヤが増した

 :いいぞー!

 :かっこいー!

 :うん。わかってた。

 :カガリくん美しくてかっこいいです。

 :おもろすぎるやろ

 :襲われない秘訣ないんかいw

 :うわー

 :ひゅーひゅー!


 子供:カガリ兄ダンジョンでよくやるよね

 子供:笑われてるよ〜

 アキト:その他のこのノリだけは分からない


「笑われてる? 本望だとも! みんなに喜びを与えられる、素晴らしいことじゃないか」


 :褒めてんだよ!

 :アキトも褒めてあげたら?

 :煌めくカガリくん拝むっ

 :カガリくん最高!


 アキト:マジかこいつら。姉さん?

 お姉さん:なに?

 アキト:いや、ナンデモナイです


 :アキト何があった?

 :カガリかっこいいー!

 :今日もいい日だ



「さぁ、今日もなんだか良いことがありそうだね」


 私はピタッと足を止め、水の浅い場所に落ちている石を拾い上げる。


「ほら見て! さっそくいいことが起こった。綺麗な石見つけたよ」


 :うん。カガリが持ってたらなんでも綺麗

 :そこ置いといてくれたら俺が取りに行く

 :私も欲しいー!


 上の光に石を透かそうとしてみる。この石は透過することはなかったけれど、まるで宝石のようにキラキラとしていた。

 魔石も美しいけれど、ただの石も美しい。

 世界はこんなにも不思議と美しさで溢れている。その頂点に立つ私。なんて神々しいんだ。

 ひとりでに吐息を漏らした姿すら、美しいに違いない。


「本当に綺麗だ。この石は姉さんのお土産にしようかな。……申請通るといいけど」


 大事そうに小さな鍵盤ハーモニカを入れる箱を取り出し、ワタの敷き詰められているそこに石を置いた。そして、〈楽器収納〉へ入れておく。


「ダンジョンって不可思議なことがことが多いよね」


 私のスキルの一つ〈楽器収納〉は、小さな楽器を大きなケースに入れておけば、箱ごと収納することができる。アイテムバックを持っていない私は、残りの空いたスペースを収納スペースとして使っているというわけだ。

 そして今のところ〈楽器収納〉の上限はわかっていない。



「さぁ行こう。音に導かれるままに。音を奏で、音に愛されながらっ」


 ……ところで。探し人はどこにいるんだろう?


 パチャパチャ……。


「筋肉最高!!」


 ………………?

 謎の掛け声に導かれ、私はわくわくしながら足をすすめる。




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