第11話 日常 施設3
私を測り、部屋のあちこちや、物のあちこちを測って回っていたアキトがベットに戻ってくる。
どうやら疲れたようだ。
「さて、ここらで一曲奏でようか!」
「「いえーい!」」
「ほっほ」
「毎日弾いてるじゃん。飽きないなぁ♪」
「いいじゃない。カガリの演奏は元気になれるもの」
嬉しいことを言ってくれる。
私にとって音楽とは生きがいで、言葉で魂で表現方法。なくてはならないものだ。
世界には音が溢れている。心の音もまた音楽として奏でることに、なんの疑問があるというのか。
私は適当に楽器を地面に置く。
そしてピアノの前に座り、ポンと音を鳴らした。
「アキト兄」
「はい」とアキトに渡ったのはカスタネットだった。各自楽器を手に持つ。楽器選びにこだわりなどなく、今の気分である。
楽しければそれでいい。
音楽とは心を繋ぐもの。今は、楽しければそれでいい。
「いくよみんな」
「いや待て、即興は苦手なん――」
♪〜〜〜
私が奏でたいのは、美味しかったリンゴと、私が帰ったらいつも『おかえり』と言ってくれる、みんなへの感謝だ。
音楽に特化したスキルも、私の魂の形を表しているのかもしれない。
チラッとアキトの方を見ると、カスタネットを手に固まっていた。
「アキトも楽しく演奏すればいいんだよ。みんなみたいに♪」
適当に吹いてるだろうみんなと、自然と調和していく。
「その調子、その調子。アキトも演奏しようよっ」
笑顔で誘うと、アキトが「はぁ」と息を吐いた。そしてカスタネットを叩く準備をする。
「…………」
控えめに「カン」と鳴った音が、ちょうど曲の音が穏やかな場所で鳴った。明らかに自分の音が違うと思ったのか、アキトは諦めたような笑顔を浮かべる。
あははっ、そんな顔するほど悪くなかったけどね。
〜〜〜♪
カンカンカンカンカンカン!! 拍手代わりのカスタネットが部屋に響く。
「今の演奏のどこでカスタネット叩けって言うんだよ!?」
「エクセレント! みんな素晴らしい演奏だったね!」
「おい聞け!」
「アキトにぃ、あんまり興奮しちゃダメだよ」
「あはははっ、楽しかったぁ! 私そろそろ自由時間終わっちゃうから帰るわね」
もうそんな時間か……。
手を振って背を向けた彼女に「またねアルカナ姉さん」と私たちは各々声をかける。すると、光が時計を見て目を見開いた。
「待って。そういえば今日って、復習と勉強課題を配る日じゃないっ!?」
「やべっ、みんなもう部屋に集まってるかもっ!? 急いでアキトっ、寝ちゃう子出てきちゃう!」
「教材はどこじゃったか。アキト来れそうか?」
「行く!」
ここは私が、勉強会に華やかさをプラスしに行かねばね。
アキトがふわりと浮かぶと、私はボールについた紐を手に持つ。それを郷ちゃんに奪い取られた。
「カガリにぃは授業乗っとるからダメ」
「ほっほ。真面目な勉強中は出禁じゃ」
「カガリ兄のBGMいらないから」
言おうとしたことを先回りされてしまった。
「私が居ることで部屋は華やぎ、空気は澄み渡り、勉強に集中できると思うんだ」
「「「却下」」」
「どうしてもダメ?」
「「「だめ」」」
「…………わかったよ」
仕方ない……。彼らも私と一緒にいられないことが辛いはずだ。
ここは彼らの意志尊重して、私は他のみんなの様子でも見に行こうかな。
私はショッピングモールくらいの広さがある施設を練り歩く。
挨拶回り兼、施設内で困ってることがないかを聞いて回るのだ。
「カガリさん」
「やぁ
彼は言いにくそうに口をもごもごさせる。
私は察しの悪い男だ、だから言ってもらわないと分からない。でもいま君が困っていることはわかるよ。
「…………実は
「案内してくれる?」
苦々しく頷いた彼の後を追い、私は松川さんの部屋へ向かう。
ドアを開くと、啜り泣く声が聞こえた。
「……やあ松川さん。どうしたの?」
ベットで縮こまる側へ腰掛ける。
「カガリさん…………身体が、身体が痛くてたまらなくてッ」
「痛み止めが切れちゃったのかな。露草さんに言っておくよ。治るまで頑張ろう?」
指を絡め、私の体温と音を彼女に響かせる。乱れた音は、たちまち落ち着いてくることだろう。
「……ひっく、治ってもどうせまた…………意味ないよ。どうせずっとここに閉じ込められるんでしょ。……もうイヤだ。みんなどうせ消えちゃうんだ。カガリさんももうすぐ、消えちゃうんでしょ……!」
身体を起こした彼女に強く引かれて、私はハンカチを取り出す。
消えてしまうその時まで、君に生きて欲しいと思うのは、私のエゴなのかな。
ごめんね、私は流れる涙を拭ってあげることしかできない。
「……ごめんね。先に逝く私を許してね」
「うわああぁぁああぁ!!」
「松川……」
思い切り泣くといいよ。少しだけ気持ちが楽になる。
しばらくすると、松川さんが嗚咽混じりの震える声で言う。
「鳥羽吉くん、ごめんね。迷惑かけて。カガリさん迷惑かけてごめんなさいっ。せめて、死にたいよ……」
「そんなこと言うなよ。生きてくれよ松川」
「…………」
衝動的であっても、今の本心なのだろう。
「松川さんが落ち着けるよう、少し奏でようか」
〈楽器収納〉からピアノを取り出して、私は穏やかな曲を奏で始める。
夜はセンチメンタルになりやすいよね。私の音楽を聴いて、その痛みが少しでも癒えたらいいな。……私を見て、まだ生きていたいって思ってくれたらいいな。
今は私がリーダーだから。私が希望になってあげないと。
…………それはもう美しく華麗で、器の大きい私にぴったりな役目だ。
いつの間にか、部屋に人が集まっていた。
「松川さん、落ち着いた?」
「……はい。すみません、また弱気になっちゃって私……」
「いいよ。何度でも私が支えるから。何度でも寄りかかっておいで」
「カガリさん……」
ガラッ。
扉が開いた先に、無愛想な顔があった。灰緑の髪を揺らし、冷たい黄緑色の瞳が部屋を見渡す。荷物置きを引き連れながら、彼は入ってきた。
「……一体なんの集まりですか。人の病室に集まらず広場で集まりなさい」
「はーい」
「露草さんおやすみなさーい」
「はい、おやすみなさい」
素直に散っていくみんなを見て、露草さんは松川さんの方へ歩いて行く。
「遅れてすみません。痛み止めが切れることかと思いまして」
「ありがとうございます。露草さん」
おや、私の役目はもう無いようだね。
「カガリ、ついてきてください」
「……この美しい私をご指名かな? わかるよ、露草さんも私を見ながら、私の音楽を聞きたいんだよね!」
髪をかき上げて流し見ると、そこに人はいなかった。
「……カガリさん、露草さん行っちゃいましたよ」
「恥ずかしがり屋さんかな?」
「あははっ、カガリさんもブレないなぁ」
「ふふ」
何故か小さな笑いが起きた。
笑顔でいてくれるなら、私は何度でも
私は彼らと別れて私は管理室へ向かう。ついてこいと言いながら、先に帰ってしまうのが、露草さんのあるあるだ。
「失礼するよ」
「来たか」
わぁ、新しい花が増えてる。
うんうん。美しい……! 私のように。
にっこりと笑っていると、露草さんが紙をパラパラとめくっていく。そしておもむろに言った。
「明日も行けそうですか」
「……もちろん」
可憐な姿に思わず見惚れてしまっていたよ……、やるね君。
ツンと花びらに触れて、私は微笑みながら露草さんの方へ歩いていく。
もしさっきの問いに無理だと答えたなら、彼は融通を効かせてくれるのだろう。冷たく見えて、露草さんは優しいから。
「露草さん、明日はサーカスダンジョン行きたいなぁ」
「主張は伝えておきますが。明日は諦めてください」
渡されたのは、毎回のごとくの司令書だった。
その紙を上から下まで読み込むと、ダンジョンの様子を頭に思い浮かべる。
「魚のダンジョンか……あそこの水は美しいよね。光と水の融合。私が立つと、歓迎するとばかりに水たちが動き出すんだ。……ところで、
「さぁ…………」
露草さんがファイルを開く。
「倉橋か」
彼は何度か瞬きを繰り返し、視線を動かす。その間私は生命力の溢れる観葉植物を愛でる。
君もなかなか逞しいよね。
「……彼女は魔力が蔓延し出してから出現した花吐き病の研究をしており、この病は異性の…………カガリ、聞いていますか」
「もちろん聞いていたよ。水牙猿の金玉がいるんだよね」
「聞いてないな」
私のために調べてくれたなんて感激だ。まぁ何を言われようとも、私は半分くらいしか理解できないし、私の行動に変わりはない。
刺激的な散歩のついでに、みんなの役に立つ魔物の素材や魔石を持ち帰るだけさ。
「時間をロスした。報告書は僕が書いておきますからもう行きなさい」
「いいのかい?」
「書けないなら練習のためにと書かせますが、貴方はとっくに書けるのでいいでしょう。今は忙しいので、面倒な手間は省きます」
「ありがとう」
「……良い夢を」
「露草さんもね。……一曲奏でようか!」
「いいから退出してください」
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