第10話 日常 施設2



「アルカナ姉さん、言葉気をつけてよ」

「ふーんだ」


 ぬいが紙を上げる。


『アルカナはたまに子供っぽい……』

「違いない」

「そんなアルカナねぇも可愛いよ。ね、カガリにぃ」

「もちろん。アルカナ姉さんは可愛いよ」


 郷ちゃんがニコニコとして、光と優斗が「ねー」と可愛らしく同調していた。そこへアルカナ姉さんはジト目を向けるも、嬉しそうにしているのが隠し切れていない。


「褒められてるのか、分からないのだけれど?」


 アルカナ姉さんが可愛いのは本当だ。いまも私の方をチラチラ見てくるところとか。とても愛くるしく、美しく、聡明で、エネルギーに満ち溢れている。これは間違いない。

 私がそう認めているのだから、否定する者などいるわけがないよね。



「んんッ! ……なんか食べる?」


 アキトが果実の入っているカゴを引っ張り出す。私たちの娯楽の一つだ。

 このカゴは、一年前の果実だって新鮮さを保てる特別性なのだとか。保存技術の向上は人々の努力とひらめき結晶だ。

 欲を言えば、高価なものを設置してくれるより、もっと頻繁に果実を仕入れしてほしいな。


 カゴを覗き込んだ私は、真っ赤に熟れたりんごを手に取った。


「これにしよう」

「よし。りんご食う人ー!」


 アキトの呼びかけに、子供たちと髭の長い男性が目を輝かせて手を上げる。


「はーい!」

「はい」

「わしも貰おうかの」


 長い髭を持つ優斗は、ナイフを貸してもらいに足速に出て行った。

 私は唯一手を挙げなかったアルカナ姉さんに視線を向ける。


「アルカナ姉さんは?」

「私の分はカガリにあげる」

「そう言ってくれるのは嬉しいけれど、アルカナ姉さんにも食べて欲しいな。美味しいものはみんなで食べよう?」

「……ま、まぁ。カガリがそう言うんなら。でも半分でいいよ。私はきっとみんなより食べてるから」


 アルカナ姉さん顔が少し申し訳なさそうに見えた。


「いいじゃないか、美味しいものは何度食べてもいいものだよ」

「そーそー、ラッキー程度に思っとけよ」


 同意するアキトが、帰ってきた優斗からナイフを受け取る。そしてリンゴを剥きはじめた。

 白いお皿に乗せられていくのは、器用で凝り性なアキトらしい、うさぎリンゴだ。


 怠そうにしていた黒服さんがナイフを回収して出ていく。その姿に見覚えがなく、私は少し首をひねった。

 うーん、また人が変わった? 黒服さんの人事異動も激しいなぁ。


 アキトがリンゴの乗った皿を掲げる。


「じゃじゃーん」

「素晴らしい! 可愛らしいリンゴに大変身だ」

「だろ!」


 にししと笑ったアキトがお皿を差し出してくる。


 シャクシャク。

 うん、新鮮な果汁が溢れてくる。頻度は少ないけれど、ちゃんと美味しいものを仕入れてくれている仕入れさんには感謝しなきゃね。


「おいし〜っ」

「アキトありがとね」

「美味いのぉ」

「なー!」


 ぬいが少しだけ悔しそうにリンゴの絵を描いていた。その頭を撫でる。


「カガリ」


 名前を呼ばれた方を見ると、リンゴウサギがいた。

 リンゴを持っているアルカナ姉さんは、少し照れるように頬を染めている。


「あーん」

「アルカナ姉さん自分で食べれるよ」

「あーん!」

「……あーん」


 うん、美味しい。



「うわ、姉さんやるなぁ」

「いっつもカガリにぃばっかしー」

「なー、アルカナ姉ぇは、カガリ兄を優遇しすぎ」

「ほっほ、青春じゃのぅ」

「……ひゅーひゅー、青春だね〜」


 言葉をよく分かってなさそうなアキトがニヤニヤしながら言う。すると、その周りを飛ぶ重力制御装置である機械を、アルカナ姉さんがバシッ! とぶっ叩いた。

 うまいこと紐がアキトにぶつかって、アルカナ姉さんは上機嫌。


「なんで俺だけ……」

「うるさいわよアキト」


 よしよしとぬいぐるみがアキトを慰めるように撫でる。


「ぬいさん。ありがとう」


 青春かぁ、懐かしい。でも確かに、また青春がやってくる日があるなら、それはきっと今なんだろう。

 アキトが指をぺろりと舐める。


「そうだ。カガリ、ウエストコート? ……ができたんだ。着て見てくれ」

「どこにある?」


 手を拭いたアキトがふわりと浮かぶと、ベットの下から布を引き出した。


「これ!」


 渡された服を着てみると……。ぎゅっ。

 前閉まらなくて、ちっちゃかった。


「カガリ兄、太った?」

「完璧な食事管理がされているから太ったりしないよ」

「……五十グラムくらいは増えたかもね」


 光と郷ちゃんが私の周りをくるくると回る。


「大きめに作ったと思ったのに……。実は驚かせようと思って、黒だけじゃなくてな。灰色と赤と茶色も作ったんだけど……」


 むきゅっ。


「小さいね」

「失敗したー! 前回の服が残ってりゃ大きさ分かったのにぃ〜!」

「アキトにぃがまたなんか出してきた」

「……作りかけのカマーベストもあるんだけど」


 まぁ、着られない事はないし……。少し小さいくらいじゃぁ、私の魅力は減ったりしないよ。何故なら私は美しいからね!

 ベットにダイブした光が笑いながら言った。


「アキト兄さぁ。なんで胴周り測らないないの?」


 何を言われたのかと、アキトがキョトンと目を瞬かせる。


「……どうまわりを測る?」

「あぁ、知らないのか。誰かメジャー持ってない?」

「僕は持ってないよ」

「わしの部屋にあった気がする。ちょっと待っておれ」



 戻ってきた優斗がメジャーを渡す。


「何これ?」


 アキトがびゃーっとメジャーを取り出していく。アルカナ姉さんも不思議そうに見ては、「数字が書いてる」なんて呟いていた。


「貸して、こう使うんだよ。郷三郎」

「僕を測るの?」

「誰でもいいけど背的に測りやすいから」


 実演する子供たちを見てアキトは目を煌めかせた。


「今まで何回も着てもらって修正してたけど、こんなやり方があったなんてっ!」


 アキトが私のあちこちを測り始めた。

 新しいおもちゃを手に入れて、楽しそうにしているアキトを見ながら、光が微笑ましげに目を細める。


「誰か教えてあげなかったの〜?」

「アキトは夜や暇つぶしに作ってるからのぉ」

「ぬい姉は?」

『私は服の作り方なんて知らない』


 アキトはすごいよね。独学っていうか、殆ど漫画の絵だけを見て作っちゃうんだもんな。

 服まで寄せなくて良かったんだけど、私の魅力が引き立つようで、これも悪くない。


「カガリ兄は知っててもただニコニコしてそう。頑張ってるアキト可愛いなぁとか思いながら――」

「ところで、この刺繍はアキトが入れたの?」

「そうだよ」

「素晴らしいセンスだ」

「……聞いちゃいない」

「まぁ暇潰しは多い方がいいよ。効率的な方法を考えるのは頭の体操にもなるし」

「ほっほ。しばしアキトに預けるとするかの」


 三人は置いてあるリンゴを静かに食べる。


「次私!」

「俺が使ってるだろ!」

「私もやりたいー」

「アルカナ姉、りんご食べて落ち着きなよ」

「優斗、もう一つないの!?」

「ない」




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