第9話 日常 施設



 白い壁、白い天井、白い地面。裸足で少し冷たい床を歩いていく。施設はどこも似たり寄ったりの内装だ。

 そこに静かに遊んでいる友人達がいた。


「やあただいま!」

「お帰りなさいカガリさん」

「おかえりー」

「今日も楽しかった!」

「ありがとう」


 同じ服装をしている彼、彼女らに手を振って、私はアキトの部屋へ向かう。外まで溢れてくる賑やかな声に含み笑いをして。私は部屋のドアに手をかざす。


「ただいま〜」

「あっ、おかえり!」

「お帰りなさい」

「カガリ兄おかえり!」

「おかえりー!」

「ほっほ。無事のようじゃの」


 言葉を返して迎えてくれるのは、よく私の配信に言葉をくれる友人たちだ。

 彼らもみんな同じ、白い服を着ている。もちろん私も外から帰ってくれば、彼らと同じものを着る規則だ。


「ただいま、アキト、アルカナ姉さん、ひかるきょうちゃん、優斗ゆうと、それから、ぬいも」


『なんでついでなの!?』とスケッチブックを掲げたぬいぐるみが可愛らしく主張している。


「ついでじゃないよ。ぬいは可愛いなぁ」

「カガリ」


 アルカナ姉さんが立ち上がると、いつものようにハグしてくれる。

 すりすりと確認するように触れる手は優しくて、柔らかな胸もまるで押し付けるように当たっていた。


「ちゃんと無事のようね」


 紫色の髪を払い、アルカナ姉さんが満足そうに笑った。

 離れていく暖かさに、若干の残念さを感じる。

 私とて男だ。怪我の確認だとしても、可愛い女の子に抱きしめられて嫌なわけがないだろう。

 微笑みを浮かべながら、ふと鏡を見る。


 まぁ私に傷がついていたら、この私こそが一番に気づき、悲嘆に胸を痛めることだろう。

 エレガントで優雅、それでいて勇ましく可愛い。人が通れば三度見は必須の私だ。この美貌を持つ私に傷がついているなんて、あってはならない。


「また自分の世界に入ってるな」


 苦笑したアキトの言葉に頷いたアルカナ姉さんが私の腕を引いていく。



「そうだ。あのトカゲ大きかったね!」

「アキトがペットにしたいとか言うんだよ」

「ほっほ、わしもペット欲しいのぉ」


 彼らは『子供』『こども』『おじいさん』の名前でコメントをしている三人だ。

 お騒がせ三人組として認識されていて、大体いつも三人でいる。


「俺爬虫類好きなんだよなぁ」


 同調するアキトは、そのままアキト。名前争奪戦でこの施設最下位になり、何も思いつかなかったから自分の名前をそのまま記入したらしい。

 アルカナ姉さんはお姉さんの名前で、話しかけてくれる。

 本当に可愛い子達だ。


 ツルツルとした布製のぬいぐるみが椅子を引きずってくる。私はそれを取りに向かった。


「ぬい、ありがとう」


『どういたしまして』先回りされていたスケッチブックの文字に、私は微笑みかける。

 暖かな体温の残るぬいぐるみごと、椅子を運んで行く。

 ぬいは『ぬいぐるみ』だから話せない。そんな彼女にとって、スケッチブックは必需品である。

 なぜスケッチブックにこだわるのかは、彼女のみが知ることだ。


 アキト達は、何かペットの話題で盛り上がっているようだった。



「どうしたの?」

「ペットにするなら爬虫類か哺乳類かっ!」

「あとペットはいらない派も」


 光ときょうちゃんは哺乳類派で、アキトと優斗は爬虫類派。そしてアルカナ姉さんがいらない派と。

 ふむ。なんて和やかな会話なんだ。


 私は正直なんでもいいけど。これだけ見つめられたら、私に惚れてしまうかもしれない。早急に答えないと!


「私は鳥類かな」

「新しい派閥きやがったー!」

「ぬいちゃんも!?」


 私の膝でゴソゴソしていると思ったら、文字を書いていたらしい。


「お揃いだね」


 そう笑いかけると、ぬいは持っていたものを落として。きゃっと顔を隠すような仕草をしてから、アルカナ姉さんの方へ跳んで行ってしまった。


 可愛いなぁ。もちろん、私だって可愛さを持ち合わせているよ。世界一の美貌なのだから当たり前か。


 そばにあった手持ち鏡を手に取り、美しい顔を見つめる。


 何度見ても美しい。



「おいカガリっ。一人で輝いてないで、こいつら止めろよー!」

「ギョロギョロした目とか体温とか可愛いじゃろう!」

「ふさふさの毛とかあったかいのがいいんじゃん!」

「お世話できる気がしないのよね〜。ぬいお姉ちゃんが『鳥の声は可愛い』ですって」


 いいよね。みんなで動物園とか行きたいな。絶滅した生き物とかいるのかな。外の情報に触れられるようになったとはいえ、ジェネレーションギャップが、めちゃくちゃあったからなぁ。

 まぁ、ここから出られるとは思ってなかったから御の字か。


 あとは、私だけでなく、みんなで出られたら最高なんだけど。そんな急に全ての病の特効薬が見つかることもないだろうし。

 こればかりは、研究者たちの分野としか言いようがないかな。

 …………そのために私はダンジョンに行けるし、ダンジョンのあらゆる素材を集めて持ち帰る。研究を進める一歩となることを願って。


 私に戦えるスキルがあったならば、もっと攻略者たちのように効率的に素材を集められるのに。

 ボス部屋に入ることが出来たなら、エリクサーが手に入るのに。

 何故………………。


 これは考えても仕方のないことだった。ポジティブに行こう。今できることを考えて、行動していれば。……きっと。



 アキト達の、どのペットがいいか論争は終わりを迎えていた。

 アルカナ姉さんの『どうせ飼えないけどね』がトドメとなったようだ。


 私はピアノを取り出すと、ゆっくりとした音を響かせ始める。


「そういえば、勇士を見せてくれた初心者ちゃん達、格好良かったよね」


 光が言っているのは初心者ダンジョンにいた、高橋元気さんと、林蒼のことだろう。


 確かに彼女らは格好良かった。

 勝てるかもわからない敵に立ち向かう姿っ! まさしく勇敢なる者と言えるだろう。そのうち、私をも超える勇敢さを培うかもしれない。

 そう思わずにはいられないほど、格好良かった。


 ……あの後どうなったのだろう? 元気さんの剣が折れていたから、ボスに向かってはないと思うけど。

 彼女らが無事に生き残ってくれることを祈るばかりだ。



 きょうちゃんがにししと笑った。


「でもやっぱり初心者ダンジョンって、戦いに花がないよね」

「わかる。泥臭い感じ」

「ほっほ」

「その泥に塗れていたつぼみたちが、いったいどんな花を咲かすのか。楽しみだね」


 どんなに泥に塗れていようとも、いつかきっと美しいと愛でる人は現れる。

 何だか感情おとを奏でたくなってきた。我慢するのは体に毒だ。彼らが素晴らしい攻略者になることを願って!


 ピアノの音調が変わる。



 さっき私の座っていた椅子で、アルカナ姉さんが盛大なため息を漏らした。何かを憂いているような瞳は、どことなく可憐な心地がする。


「前線組の戦いってすごいわよね。ここぶち壊してほしいわ」


 その言葉に、ベットにいるアキトが苦笑いする。




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