第5話 日常 おかえりと言ってくれる同志たち
施設に戻った私は、アキトの部屋を開ける。
「おっ、おかえりカガリ」
「お帰りなさい」
「あっ、カガリ兄おかえり!」
「おかえりー!」
「ほっほ。無事のようじゃの」
出迎えてくれたのは、よく私の配信に言葉をくれる同志たちだ。
みんな白い同じ服を着ている。もちろん私も外から帰ってくれば、彼らと同じものを着る規則だ。
そしてダンジョンから持ち帰ったものは、全て病院の裏に入るときに置いていくという決まりもある。
「ただいま、アキト、アルカナ姉さん、
アルカナ姉さんが立ち上がると、いつものようにハグしてくる。
すりすりと確認するように触れる手はやさしくて、柔らかな胸もまるで押し付けるように当たっていた。
「ちゃんと無事のようね」
紫色の髪を払い、アルカナ姉さんが満足そうに笑った。
離れていく暖かさに、ニコニコしながら迎え入れていた私は、若干の残念さを感じる。
私とて男だ。怪我の確認だとしても、可愛い女の子に抱きしめられて嫌なわけがないだろう。
まぁ私に傷がついていたら、この私こそが一番に気づき、悲嘆に胸を痛めることだろう。
エレガントで優雅、それでいて勇ましく可愛い。人が通れば三度見は必須の私だ。この美貌を持つ私に傷がついているなんて、あってはならない。
「また自分の世界に入ってるな」
アキトの言葉に頷いたアルカナ姉さんに腕を引かれる。
「そうだ。あのトカゲ大きかったね!」
「アキトがペットにしたいとか言うんだよ」
「ほっほ、わしもペット欲しいのぉ」
彼らは『子供』『こども』『おじいさん』の名前でコメントをしている三人だ。
「俺爬虫類好きなんだよなぁ」
同調するアキトは、そのままアキト。名前争奪戦でこの施設最下位になり、何も思いつかなかったから自分の名前をそのまま記入したらしい。
ツルツルとした布製のぬいぐるみが椅子を引きずってくる。私はそれを取りに向かった。
「ぬい、ありがとう」
『どういたしまして』先回りされていたスケッチブックに書かれた文字に、私は笑いかける。
ぬいぐるみごと椅子を運んで、みんなの座る方へ置いた。
ぬいは『ぬいぐるみ』だから話せない。そんな彼女にとって、スケッチブックは必需品である。
何かペットの話題で盛り上がっているようだった。
「どうしたの?」
「ペットにするなら爬虫類か哺乳類かっ!」
「あとペットはいらない派も」
ふむ。なんて和やかな会話なんだ。
私は正直なんでもいいけど。これだけ見つめられたら、私に惚れてしまうかもしれない。早急に答えないと。
「私は鳥類かな」
「新しい派閥きやがったー!」
「ぬいちゃんも!?」
私の膝でゴソゴソしていると思ったら、文字を書いていたらしい。
「お揃いだね」
そう笑いかけると、ぬいは持っていたものを落として。きゃっと顔を隠すような仕草をしてから、アルカナ姉さんの方へ跳んで行ってしまった。
可愛いなぁ。もちろん、私だって可愛さを持ち合わせているよ。世界一の美貌なのだから当たり前か。
カガリは手持ち鏡を見る。
美しい。
「おいカガリ、一人で輝いてないでこいつら止めろよー!」
「ギョロギョロした目とか体温とか可愛いじゃろう!」
「ふさふさの毛とかあったかいのがいいんじゃん!」
「お世話できる気がしないのよね〜。ぬいお姉ちゃんが『鳥の声は可愛い』ですって」
いいよね。みんなで動物園とか行きたいな。絶滅した生き物とかいるのかな。外の情報に触れられるようになったとはいえ、ジェネレーションギャップがとてもあったからなぁ。
ここから出られるとは思ってなかったから、御の字か。
あとは、私だけでなく、みんなで出られたら最高なんだけど。そんな急に全ての病の特効薬が見つかることもないだろうし。
こればかりは、研究者たちの分野としか言いようがないな。
だから私は、ダンジョンのあらゆる素材を集めて持ち帰る。研究を進める一歩となることを願って。
私に戦えるスキルがあったならば、もっと攻略者たちのように魔物を倒せるのに。
ボス部屋に入ることができたなら、エリクサーが手に入るのに。なぜ……。これは考えても仕方のないことだった。
ポジティブに、今できることを考えて行動しよう。
どのペットがいいか論争は終わりを迎えていた。
アルカナ姉さんの『どうせ飼えないけどね』がトドメとなったようだ。
その時、扉が開いた。
アキトのベットの周りに集まっていた私たちは、音に反応して振り返る。
入って来たのは、白衣を着た男だった。
珍しい、彼が地下から上がってくるなんて。
光と郷三郎と優斗は、アキトを守るように寄り添う。そして白衣を着た彼、
私は立ち上がる。
浮かべた笑顔はいつもと違い、固く作り上げたものになっているかもしれない。
「どうしたんですか黒翼さん。今日も思慮深い瞳――」
「お前に興味はない。……それにしても、ずいぶん集まっているな」
コツコツと歩いてきた彼に押されてよろける。
興味がない!? ……この私を前にしてそんな言葉が出てくるなんてっ。いや、人の興味あるものは人それぞれだ。………………私も、黒翼さんのことは好きになれないから。
『壊せ』『最後なのだし、ぶん殴ってもいいんじゃないか』そんな悪魔の囁きのような言葉を振り払う。
「アキト、調子はどうかな?」
「…………別に。見たらわかるだろ」
アルカナ姉さんと光が前に出た。
「それ以上近づかないで」
「地下に戻って。アキト兄はまだ本調子じゃないって知ってるだろ」
光の銀の瞳が輝く。
少し癖っ毛なふわふわとした白髪が僅かに浮き上がり、バチバチと部屋の中で放電し始める。雷のエネルギーがその肉体に宿り、今にも殴りかかりそうだ。
「そう睨まないでください。私は少し顔色を見にきただけですから」
二人が喧嘩腰になってしまっている後ろで、郷三郎と優斗も険しい表情をしていた。無言で何かしそうだから少し怖い。
もし殴りかかったりしたら、罰則をくらうのはこっちだ。どうにか穏便に済まさないと。
私は彼らの間に入る。
「黒翼さん。アキトの様子見だけならもういいよね? 帰ってくれるかな」
私はニコリと笑う。それに対し、黒翼さんの目はとても冷酷だ。
「……やれやれこうも目の敵にされるとは悲しいものだ」
「自分の行いを振り返ったらどう?」
本当にね。アルカナ姉さんの言う通りだ。好きになれと言うほうがどうかしている。
「ふむ、アルカナにはあまり何かをした記憶はありませんが?」
「あんたがみんなにした事を言ってるのよ!!」
「そう興奮するなアルカナ」
黒翼さんがアルカナ姉さんに近づいていく。私はその間に入って、彼の前に立ち塞がった。
「黒翼さん、何かに熱中できる貴方は素晴らしい。でも他人も尊重できたらもっといいと思うんだ。……お願いだから帰ってよ。貴方がいるとみんなの調子が悪くなってしまう。もしや、今度の研究はこの私の輝きが少しくすませることだったりする!? 私は屈しないよ!」
キラッ。
黒翼は無感情で足を一歩踏み出す。私はササッと道を塞ぐ。密着するのを嫌がった彼が、少し離れてまた一歩。そこへスッと煌めきながら私は距離を詰める。
「アキトももう少し良く顔を見せてほしいものですね」
「それとも、私に魅了されてしまったが故に、ここにいたいと言うことなのかな? わかる、わかるよ。私がいるだけで、部屋の雰囲気は華やぐからね!」
「今回は順調に回復しているようでよかった」
「サラサラの黒い髪はだれもが羨み、惚れ惚れするほどの艶を持ち、金色の瞳は全人類を魅了する輝きを持っている! そうだよね。これは神々しいと言うしかない」
私はウィンクをする。
無視しようとする黒翼さんと、止めようとする私の攻防が続く。
黒翼さんは時間を使うことを嫌う。こうやって何度も話の腰を折ったり、面白がろうとしたのを邪魔していれば帰ってくれるはずだ。
私の経験則通り、彼は踵を返した。
「アキト、数週間後を楽しみにしています」
「うーん……。黒翼さんに私の魅力を伝えるためには、どうしたらいいかな? これでも足りないとなると、次のアピール方法を考えておかないと」
背筋が凍りつきそうな冷たい目で私を一瞥して、黒翼さんが出て行った。
心臓の音が嫌に大きく響く。
彼がいなくなってもなお、部屋の中がピリついていた。黒翼さんの実験は、一番苛酷だから、否が応でもあの顔を見たら思い返してしまう。
「あーもー! あいつ嫌い!」
アルカナ姉さんがベットをバシバシ叩く。その音に私はハッとした。鏡を見て険しい顔になっていないかを確かめる。私は笑顔が一番素敵だからね。
キュピーン!
「はぁ……、竜の魔力がそんなに面白いのかね」
「ねぇアキト顔色悪いわよ、大丈夫?」
「もちろん。俺よりも光たちの方が大丈夫か? 震えてるぞ」
「ふ、ふんだ。オレへーきだし」
顔を青くしたままふんぞり返る子供の姿をした光。そんな彼を、同じくらいの年齢に見える郷三郎が背中を撫でる。
「わしのジュース飲むか?」
「いる」
そこでずっと動かなかったぬいぐるみが動き出した。
『地下に戻って行った』
その情報を聞いて、やっと部屋の雰囲気が穏やかなものとなっていく。
私は静まり返る部屋で、みんなが落ち着けるように、ピアノの音をゆっくりと音を響かせる。
♪〜〜〜
流れる音楽に身を委ねるように、落ち着いた様子で彼らは目を閉じた。
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