第8話 初心者ダンジョンvr2 小さな物語の結末を
広い場所に出た。ここがわたし達の戦場。
ここなら剣を振り回しても、壁に当たることはないよね。……講習じゃ場所の指導まではなかったし、正直トカゲは怖い。
別に絶対攻略者にならなきゃいけない理由もないし、戦う必要だってない。
…………でも、やると言ったからには、やってやるっ!
「あっ、カガリだ」
「カガリさーん、お久しぶりです」
上から覗いた人たちが手を振っている。それに応答するように、カガリさんがキュッと止まった。彼はニコリと笑って、リコーダーを奏でたまま器用に上へ手をふり返す。
カガリさんって、本当に危機感も緊張感もないよね……。でも今はその余裕が羨ましい。
上から手を振っている攻略者だろう彼らがこっちへ来られる道は、見渡す限りなさそうだ。
「魔物きてるよー」
「わ、分かってます!」
「うふふ、初心者かな? かわいい」
上から聞こえてくる言葉に愕然とした。
助けようとする気概さえ見えない。あの鬼っぽい攻略者は助けてくれたけど、どっちが普通なのか……。
攻略者ってこんな奴らばっかりなのかと、少し心が折れそう。
ドスドスドスッ。
そこへ出てきたのが、巨大なエリマキトカゲの魔物だ。たぶん、さっき逃げた個体だと思う。
トカゲに向けた剣先が揺れていた。
「っ!」
わたしは緊張で手が震えている手を抑えて、剣を強く握る。
「元気、やっぱり……っ」
蒼の恐怖が伝わってくる。わたしだって怖い。
トカゲの魔物は完全にわたし達を標的に定めていた。少し離れた場所で演奏しているカガリさんには一瞥もせず、わたし達の方へ一直線に走ってくるのが証拠だ。
「蒼ッ、覚悟決めて!」
「さっき全然ダメだったよ!」
剣先を向け、問題を解くよりも真剣に盾を構える。
大丈夫、できる。
私の横で、蒼は及び腰だった。
武器を握る手がこわばって、ずしりと重く感じているように、剣先が地面についている。
「知識のみで立ち向かうのも危険だよ、何事も経験あるのみさ」
「カガリさんは戦わないじゃないですかっ!」
「ここで死んだら恨んでやりますっ!」
わたし達が八つ当たりのような文句を言うと、カガリさんは拍手をした。
「素晴らしい! 死ぬ気で魔物と対峙するなんて、君たちの勇気に少しばかり賞賛を!」
「誰のせいだと思ってるの!?」
誰のせいでもないってわかってるけど、あの余裕の表情を見ると、文句の一つでも言ってやりたくなる。
あと、死ぬ気なんかないから!!
飛びかかってくる巨大なトカゲをわたし達は分かれて避ける。
「大丈夫!?」
すぐさま駆け寄ってくる蒼の言葉に答えられなかった。
怖い。
わたしたちを食べようとしていたトカゲ。
トラウマものだよあんなの。
最初の時、もしもカガリさんがいなかったら、私たちはあっけなくあのトカゲに食われていたかもしれない。たぶん、そうなっていた。
軽い気持ちで飛び込んだダンジョンで、クラスメイトと両親に、悲しい思いをさせるところだった!
戦うと決めたのはわたしだ、でも。怖い。足が震えて前に出てくれない。
立ち向かえる勇気がほしいっ。
その時、ずっと聞こえていた場違いな音楽が強く響いた。
弾かれるように音のする方を見ると、カガリさんがいつもの調子でリコーダーを吹いている。
…………ほんと、飄々としてて、マイペースすぎるっ。
でもなんだか。勇気が湧いてきた。
戦える気がする。ここまで来てやっぱり無理は、格好悪いじゃん!
「蒼、やるよ!」
「わかった。やろう」
蒼の震えも止まっていた。
温かい、応援するような音色が心地よく身体を包んでくれる。
私たちにトラウマを植え付けようとしているこいつに、立ち向かう勇気をくれるっ。
私と蒼は目配せをした。武器を振り回してもいいように、すこし距離をとる。
エリマキトカゲに恐怖を感じていると認める。それでも、わたしは立ち向かうと決めたんだ。
ドスドスドスッ!
目の前に迫り、体当たりしてきた巨大エリマキトカゲを蒼は飛び退いて躱す。
通り過ぎて行った魔物は砂埃を舞い上げながら回転して、方向転換をした。
「なんかあいつ戦い慣れてない!?」
歴戦の戦士のように傷のついた鱗は、多くの攻略者を葬ってきた……のかもしれないし、魔物通しで争った痕跡かもしれない。
ダッ!!
「元気、囲むよ!」
「おっけー!」
不安定な足元の砂を蹴り、わたし達は走り出す。
「はぁぁああッ!!」
魔物に斬りかかると、トカゲは前足を振り上げるのが見えた。
カンッ!! と火花が散った。爪に弾かれ、エリマキトカゲが突進してくるのを盾で受ける。
「うっ。きゃぁ!?」
真正面からの頭突きで、足が浮いた。なんとか足を回して転がることを回避し、すぐに顔を上げる。
盾越しなのに、めちゃくちゃ痛いんだけどッ!!
「食らえ!!」
横へ回っていた蒼が斬りかかっている。
「行けぇ!!」
キンッ!!
思い切り斬り付けたのにも関わらず、ついたのは微かな傷だけ。そしてくるっと回転した魔物の尻尾が、蒼に直撃する。
「ぁッ!?」
「蒼!」
駆け出した瞬間、何かがキラリと光った気がした。
「元気後ろ! ビームくる!」
「え、きゃぁ!?」
ギリギリ盾で防げた。
「嘘でしょっ!?」
ジュッと嫌な音を立てた盾を見ると、変形して凹んでいた。血の気が引いていくのがわかる。
本当に倒せるの? そんな疑問が浮かぶほどに。
うんん、倒すんだ。わたしがそう決めた。
お腹を抑えた蒼が苦しげに立ち上がる。まだ戦意は失せていない。まだ戦えるっ!
カガリさんと目が合うと、ニコリと目が微笑み。そして、頑張れと言うエールが音から伝わってくる。
こんな時でも手を出してくれず、ただ音楽を奏でているだけだ。
おかしいな、それすら私たちを信じているからだと感じるなんて。
感情が昂って来て、感じる傷の痛みも、少しずつ感じなくなってくる気がした。
思考する頭が熱い。テストよりも必死に働いている気がする。
「元気、カガリさんの言ってたこと、覚えてる?」
そっと告げた蒼からは、戦意が激っていた。
攻撃が弾かれるような大きなエリマキトカゲは、まずビームを全て打たせ、尻尾を赤い線からを切り落として、後ろ足の細い部分を切り落とす。
動けなくなったところに、横腹の白い部分を剣で突き刺すと倒せるとカガリさんは言っていた。
本当かどうかはわからないけど、カガリさんが嘘を言うとも思えない。
「うん。まずはビーム撃たせるんだったよね」
「残り回数は三回だよ」
光る玉が三つ輝いているのを見て頷いた。
「ちゃんと聞いててよかったー」
「バカ言わないで、あの人がいなかったら逃走一択でしょ」
そうかも。でもカガリさんがいなかったら、挑戦しようとも思わなかったよね。
あのまま帰ってたら、トラウマになって。わたし達のダンジョン攻略は二度となかっただろうし。
体力を温存するように、わたし達は距離をとってエリマキトカゲに剣を向ける。
「クソトカゲ! ビームでもなんでも撃ってくれば!?」
それに応えるように目が光った。ビュンと低い音を響かせ、光が飛んでくる。
さっきまで恐怖を感じていたジューッと焼ける砂の音は、もはやどうでもいい。
ギョロリとした目玉が、カガリさんの方を向いた。
音楽を奏でることに夢中に見え、わたしは慌ててエリマキトカゲを追いかける。
「カガリさん!」
当たるかと思われた目からビームは、カガリさんが一歩動いただけで、すぐそばを通り過ぎていく。
さらにカガリさんはポーズを決めるように動き、なんか煌めいてるオーラが溢れていた。
やっぱあの人強いんじゃん!!
薄々わかってたけど、強いんじゃんっ!
「あっ、元気! ビーム全部撃ったなら尻尾でしょ!」
「そ、そう!」
ギョロリとした目は今もカガリさんへ向いている。
わたしは斬れやすくなっているという、エリマキトカゲの尻尾にある赤い線に、剣を振り下ろす。
「よいしょっ!!」
ジャクッと肉を切る手応えに歓喜した。しかし、完全に切れてはいない。
のけぞったトカゲの体から、すぐ剣が抜くことができず。魔物の動きにわたしの身体は持っていかれる。
「いやぁ!?」
「斬れてッ!!」
パキンッ。
蒼の追撃で、エリマキトカゲの尻尾は完全に切断された。
「やった!」
「え、まって。待って! 蒼っ! 蒼が被せてきた攻撃で、わたしの剣までダメージ受けて折れた!!」
「え、え!? ごめんっ!」
身悶えるようにコロリと転がったエリマキトカゲは、怒りのままに突進してくる。
「グッ!?」
「元気!」
上に突き上げられた。強い衝撃を受けた、私の手から盾が抜けていく。
ダメっ……!
ドサと落ちた元気の盾を見て、蒼は止まっているエリマキトカゲの白い腹に剣先を向けた。
別にカガリさんの言った通りにする必要はない。要は、倒せればいい。
気合の入った声はなく、ただそうすべきだと言う直感に従って、蒼は魔物の腹に剣を突き刺す。
バンッ!
終わりはあっけないものだった。
わたしは折れた剣を持ちながら、すぐに立ち上がる。そして黒霧となったトカゲが消えるまで見つめていた。
小さな指くらいのエリマキトカゲと同じように、巨大な身体は黒い煙となって消えていく。
地面に残るのは二センチほどの青い魔石。青ということは、つまり低級の魔石だ。それに加え、トカゲの尻尾が落ちたようだった。
膝が震えて、地面につく。
「し、死ぬ……」
蒼も、わたしと同じようにドサッと膝をついては剣を手放していた。そして全て出し切ったと、惚けた顔で座り込む。
「割に合わない……」
少しの間、音楽だけがこの空間に響く。
勝ったんだよ……ね? …………本当に割に合わないよ。命の代価が、あんな小さい魔石ひとつとか。
わたしは服についた砂を払いながら、魔石としっぽを拾い上げた。
蒼は安心したように息を吐いては、わたしの方に歩いてくる。垂れる汗を拭って、自然と笑顔になっていくのがわかった。
「やったんだよね。勝ったんだよね?」
「うんっ。わたし達、やったんだよ! 勝ったんだよ!」
今更になった勝利の感覚が体に駆け巡っていく。やった、やったっ! やったんだ!
わたしは拳を振り上げながら近づいた。
「蒼っ、やったね!」
「うん」
コツンと拳を合わせ、もたれかかるように抱き合った。
生きてる。
「私たち生きてる……」
「うん、生きてるね……」
二度とやりたくない。痛いし、砂ついたし。……でも、悪くない気分。ほんと割に合わないけどっ!
蒼も同じようなことを思ったのか、嬉しさ半分の微妙な顔をしていた。
「見て手汗びしょびしょ」
「私もだよ」
「……あはははっ!」
「……ふふっ」
はぁ。本当に、最高……!
「イカれてるね。わたしたちも大概っ!」
「ほんと、そうかも。バカみたい。ふははっ!」
息を切らしているわたし達の方へ、曲を弾き終わったカガリさんが笑顔で近づいてくる。その横にある浮遊カメラ付近のコメントには、大量の祝福と労いのコメントが流れていた。
「二人ともお疲れ様! 大した怪我じゃなかったようだし、大丈夫そうだね。これから攻略者として頑張って!」
「…………」
「…………」
もはや笑うしかない。
「小さな勇気ある者たちが魔物を倒す。とても惹かれる物語だった。ここは一曲奏でよう!」
いや、今終わっとところでしょ!?
ツッコミを入れる前に、カガリさんは再び曲を弾きだす。そして、上にいる攻略者たちへ手を振った。
なんの曲かは分からないけど、すっごくいい曲だとは思う。
晴れやかな気持ちになってくる。そんな音。
あっ、晴れやかな気持ちになってる場合じゃない。
わたしは手に持っている剣を見た。
「折れた剣、どうしよ……」
「共有武器庫にあったし大丈夫じゃない? 一緒にごめんなさいしよ」
:いい音だ
:香奈美さんだ!
:草
:香奈美さんなんでこんな場所に?
:いやぁ、初心者ダンジョンで盛り上がれるものだなw
:まじでお疲れ様!
:共同武器は壊しても大丈夫だよ
〜〜♪
カガリさんが最後の音を響かせた。
初めて会った時よりも幾分かイケメンフィルターが強くかかってる。彼はキラキラした笑顔で、私たちに一礼をした。
その余裕のある仕草も、表情も、雰囲気にも。わたしは少しだけ胸がときめいた。すごいって思う。
でも……、できれば次はダンジョンの外で聴きたい。
戦うところは見られなかったけど、出会えてよかった。それから、もう二度と出会いませんように。
「あの、勇気をくれてありがとうございます」
「助かりました」
「……君たちの喜ぶ顔が見れたから十分だよ」
ぐぅっ!? イケメンっ!
「では私はこの辺で」
カガリさんは敬意を表するように、もう一度一礼をした。
「そうだ。行くかわからないけど、ボス頑張ってね」
ウィンクをしたカガリさんに手を振られ、わたしは苦笑して手を振りかえす。
今日はもう無理だよ。剣折れちゃったしね。
彼は前を向くと、堂々と歩き出す。振り返ることのない歩みは、やっぱりちょっと格好良い。
今までのことを振り返ると、少しだけ心配なような、大丈夫なような……。
楽器を奏でる音が遠のいていき、カガリさんの姿が見えなくなった。
わたしは折れた剣先を回収する。
「あれが吟遊詩人のカガリさん……」
頬を染めた蒼が目を輝かせていた。
「私、ちょっと頑張ろうと思う」
「え、ほんと? どのへんで――」
「一緒にがんばろう! 元気!」
「……う、うん」
あまり見ない蒼のギラついた目に、わたしは背中を預ける幼馴染にちょっと引いてしまった。
「今日いける気がする。ボス部屋まで行こう!」
「おーい、いつもの蒼もどっておいで〜。わたしの剣折れたって言ったでしょ〜」
なぜか癒えている打撲に驚きつつ。
わたしたちはボス部屋のある五階層へではなく、三回層へ繋がる階段へ向かい出す。
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