第7話 初心者ダンジョンvr2 勇気
「まずはあいつ!」
「
慎重な面持ちで二人が距離を取ったまま見据える。
熱球花は崖から青色の花びらと、めしべやらを覗かせている花の魔物だ。その触り心地は石のように固く、しかし獲物がくれば、俊敏でしなやかな動きをすることもある。
全長百センチほどで、蔓はなく、鱗粉にも害はなし。さらに言えば動きもしない。相手を呼び寄せるように、ほのかな甘い匂いと、花の中心からは神秘的な光を放たれている。
その存在感を示す美しい見た目は、愛でて欲しいと声を大きくして言っているようにも見える。
「もしや、大きい岩を御所望かい?」
「いいえ。自分達の力でやり遂げたいんです」
「素晴らしい心意気だ。私はここから応援しているよ」
「静かに応援しててください」
リコーダーを構えた瞬間に言われて、私は仕方なく楽器をしまう。
二人はどうするのかな。
「遠距離だったよね」
そう言った元気さんが思い切り剣を投げる。カンッ! カランッ……。
「は、外した……!」
「待って近づいちゃダメ!」
剣を取りに行こうとした元気さんを蒼さんが手を掴む。
「あぁっそっか! 蒼頑張って!」
「外したらどうすんの?」
「わたしもう投げちゃったし!」
蒼さんは剣を投げたくないのか、剣をがっちりと掴みながら元気さんから離していく。
まぁ武器を投げるのはあんまりいい選択肢じゃないからなぁ。いま別の魔物が来たら大変だし。
完全に観戦モードで眺めていると、蒼さんが私を見た。
「カガリさん、どこまで近づいていいかわかります?」
「頼られて、NOという私じゃないよ。……お安い御用さ。蒼さん、鞘を貸してくれるかな」
「どうぞ」
私は熱球花の様子を見ながら、地面の砂を避けて半円を描いていく。
「こんなものかな」
砂のついた鞘をはらって蒼さんに返却する。
すると、二人はこの美しい私のことを完全に信用しているらしく、線ギリギリまで近づいていった。
五センチくらい猶予を持たせたつもりだけど、中に入ると腕だとしても食べられてしまう。
本当に気をつけてほしい。
「ここまで近づいていいってことですよね」
「気をつけてね、食べられてしまったら私は助けられないよ」
元気さんが裁縫ハサミを取り出した。
「これ使えそう!」
「また投げるの?」
「えいっ!」
蒼さんの言葉を聞かず、元気さんが力一杯投げつける。
「…………あぁ、上手くいかないなぁ」
「刃のところが前向いてなかったもんね」
見ていると、二人は岩で押し潰す作戦に変更したようだ。
「……動かないっ」
「いい案だと思ったのにぃ〜」
手頃な岩は見つけた時に拾わないと、欲しい時に落ちてないんだよね。
あの岩を動かせないようじゃぁ、壁を砕く腕力は彼女らにはないだろうし。剣で岩を削るのも難しいだろう。
「これ使えそうじゃない?」
ツルをつけて、蒼さんが剣を投げる。
ツル切れた。
「剣に傷ができちゃってたらどうしよう!」
「鉄だし大丈夫じゃない?」
:俺たちは30年前にタイムスリップしたのか……?
:頑張れ!
:石探した方が早いってww
:ファイトーー!!
:草
:情報収集の大切さがよくわかる
:これ見て考えると、香奈美さんぱねぇな。
元気さんが砂を投げる。
「もうお前砂喰えよ!」
砂を両手で掴んでは熱球花にばさっーっとかけていた。私は砂のかかった髪を撫で付けて、服を払う。
そんなヤケクソになってる姿も可愛らしい。
「元気、それ良いじゃん! 靴下に詰めて鈍器にしよ!」
「……いいね!」
すぐに実行しだす元気さんが履いていた靴下を脱いで砂を詰める。そしてブンブン振り回して、やっぱり投げる。
熱球花は目の前に飛んできたそれをパクッと口に入れた。
「うそぉーっ!? 喰われた!?」
「ダメか……」
「待って、もう一回やる! 靴下もう一個あるし!」
「ちょっと元気っ、持ち物無くなってっちゃうよ!」
:靴下食うとかけしからん!
:食ったなぁ
:剣とかスルーなのに、女子の靴下は食うんかい!
:花の御仁・・・
:二人とも頑張ってー!
「食らえッ!!」
元気さんのブンブン振り回した渾身の砂入り靴下攻撃が、変なもの食ったと少し動いていた花にぶち当たる。
あれは痛い。
バンッ! 砂入りの靴下を投げつけられた花の魔物は、黒霧となって消えた。
おぉ、倒せた! 素晴らしい忍耐力と発想力だ。
アキト:おー! やったなぁー!!
:おーーーー!
:おめでとう〜!!
:やったね!
:よくやった! これで立派な攻略者だ!
:おめでとー!
倒したことに実感が湧かないのか、少ししてからやっと蒼さんが飛び上がる。
「や、やったー! 凄い元気っ!!」
「でっしょー! ってわたしの靴下は!?」
「二人ともおめでとう! まさかあんな方法で倒すなんてね。その発想力に恐れ入ったよ」
「そんなことよりカガリさんっ、わたしの靴下どこ行ったんですか!?」
どこへいったかと言われても……。
「魔物に食べられたものは、すぐに魔石の養分となってしまうんだ。残念だけど、君の靴下は天国に旅立ってしまった。でも安心して、あの魔石で靴下一つくらいなら買えるはずさ」
キラキラと天井からの光を反射している魔石を見る。すると、元気さんが心燃えるように言った。
「……もう一匹ぶっ殺す!!」
「元気、顔、顔っ」
「いくよ蒼!」
その魔物を探す姿に、執念を感じ取った。
なんだかわからないけど、頑張れ二人とも!
「いたー!」
「元気声大きいって」
「あっ、ごめん」
今度は手頃な石がある。
「えいっ」
ゴンッ。
「…………くっそっ、重くて届かない!」
「元気、上から落とそ!」
「乗った!」
私は二人の後ろをついていく。
上の方へ行くと、下の方にいる熱球花に狙いを定め、岩をぶん投げる。ゴンッと痛そうな音がした。
うん、いい狙いだ。
消えた魔物の姿を見て、二人が飛び上がる。
「やったー!」
「いぇいいぇいいぇい!!」
二人は何度もハイタッチしている。楽しそうだったから、私も混ざった。
私もまだまだ若いということかな。
「いぇいいぇ〜い!」
「……でも、さっきの苦労はなんだったんだろう」
急に我に帰った蒼さんが、崖下を見ながら重いため息を吐く。
「人の見出した闘い方ではなく、自らの考えで壁を打ち砕いたんだ。なにを落ち込むことがあるんだい?」
「そうだよ! 私たち頑張ったし! 行こっ、蒼! あとカガリさんも!」
「……うん」
「転ばないようにね〜」
走って行った元気さんと、微笑を浮かべる蒼さんの後ろで、私はリコーダーを吹き鳴らす。
こんな嬉しい時こそ、音楽の一つでもなくてはね!
下へ行くと、魔石以外のものが落ちていた。
「これはなんですか?」
レディーの問いに答えてあげたいけど、今は曲の途中なんだ。
きっとみんなが答えてくれるだろうと思って、私は浮遊カメラの方へ視線を促した。
アキト:熱球花の種ってやつ。すりつぶすと強い草の匂いがするんだよ
こども:すっごい匂いするよ
お姉さん:トカゲがびっくりするくらいの匂い
「あっ、いくらで売れます?」
アキト:さぁ。交渉次第じゃね?
こども:いくらかなぁ
子供:知ってる人いるぅ?
:500円
:1000円で売れた覚えがある。
:ダンジョン産の物は変動するからなぁ
:ダンジョン協会に売るか、個人に売るかによる
:靴下一個分ww
:680円だったよ
:個人売買はグレーだしやめといたほうがいいよ。トラブル防止のためにも、ダンジョン協会に500円〜で売った方がいい。
「初心者ダンジョンだし、こんなもんなのかな?」
「どうする? 協会に売るか、個人に売るかだって」
「任せて! 可愛こぶるのは超得意だから!」
「成功率は?」
「それは聞かないで」
蒼さんが熱球花の種をカバンに入れた。
元気さんは可愛いからなぁ。きっと職員もメロメロになってしまうに違いない。
「カガリさん、行きますよ〜」
「ご清聴ありがとう」
綺麗な礼をカメラに向かってすると、二人が音に気づいた。上の方から覗くトカゲの顔。ぎょろりと目が、私たちを捉えた。
あの時の大きなトカゲだ。
「やっぱこの人疫病神じゃない!?」
「私が美しいって? 叫ばなくてもわかっているよ」
「訳わかんないっほら走ってっー!」
倒すぞと息巻いてはいたが、目の前にしたら、恐怖で足が後ろを向いてしまったらしい。それも一つの選択だ。そしてこの後どうするのか、明確な方針を聞いておいた方がいいだろう。
ドスドスドスドス。
「無理そうなら撤収するかい? それも一つの選択だ。それは恥ずべき行為ではないし、状況によっては正しい時もある」
「どうする!?」
「えっ、どうするったって!」
「考える時間はそうないよ、階段はすぐそこだ。帰るかい? 私は元気さんと蒼さんの選択を尊重しよう」
私の言葉に二人は口を固く結ぶ。
魔物たちは階段を登ることができない。階段にさえ登れば、透明なバリアで防がれる安全地帯がある。そこで少し休憩するのもありだ。
階段の姿が見えた時、元気さんが言った。
「倒そう、蒼」
「……私も倒したい」
「カガリさんっ! 広い場所ってどっちかわかりますか!?」
「その道をまっすぐいくと良いよ」
「はい!」
覚悟を決めた表情に、私の感情は突き動かされた。
音楽を一節奏でると、心からの言葉を。
「自らの意志で立ち向かう姿はまるで、小さな勇者のようだ。素晴らしい」
これは応援のしがいがあるよ。
私が彼女らの勇姿を照らそう! あんなに輝いているのだから、引き立て役である私も輝くと言うものだ。
頑張れ二人とも!
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