第7話 魚のダンジョン 『カガリのダンジョン歩いたり演奏したり。vr798』
「水を感じる光源に照らされる私は、なんと美しいことだろう」
鏡加工の施されたギターケースを前に、私はポーズを取っていた。
こうでもない、こうでもないし……、やっぱりこの角度が一番美しいかな?
それを眺めるだけの時間が二十分と経過しており、アキトから『早く進めよ』とコメントが何度もされている。
暇な〈その他〉視聴者と〈病院側〉が話していた。私は今日の最高の角度を見つけ出し、軽やかな足取りで動き出す。
「さて、そろそろ行こうかな」
アキト:おっ、やっと行くか
子供:アルカナ姉ぇ! カガリ兄が進むって!
お姉さん:はーい、ちょっと待って。水持ってくるから
アキト:姉さん俺のも!
:カガリくんの自惚れタイム尊いです
:おっ、始まるのか
:今日も演奏頼むぞカガリ
:みんな始まるぞー
私は上から下へ、ギターの音を鳴らす。
「うん、いい音だ」
:楽器水没させないようにな
:一度も楽器落としたところ見たことないけど気をつけて
:今日もカガリはマイペースだな
「心配してくれてありがろう」
ここは『魚のダンジョン』と呼ばれる場所。
全二十二階層。
地面が水浸しで、長靴が必須の場所である。
淡い光が上から降り注ぎ、光る液体の玉もあちこちを照らす。
足元に広がるすきとおった透明な水は光を通し、地面まではっきりと照らしている。そして水の底にある石が光を反射し、壁などをさらに明るく照らしていた。
長靴必須のこのダンジョンは、環境も脅威となる。
重い足元に気を取られていたら、魔物にやられることもしばしあるとか。前だけを見ていれば、たまにズボっと深い湖にハマることもある。透明なのは深さがわからず良いことだけではない。
今ではそれらの大半が『危険』看板とロープで囲ってあるものの、全てとはいかないため、事故は毎年起こっているそうだ。
攻略者の数がそれなりに居るせいか、下へ凹んでいる地形だけでなく、戦闘後の修復が追いついていない場所もあるだろう。
最後に、生息する魔物のほとんどが、魚っぽい感じのが多い。
パチャッ パチャッ。
このダンジョンはたまに魔石が落ちている。水の屈折が魔石を隠し、倒した攻略者が拾い損なうのだ。
「今日は幸先がいいね」
私はトリバサミを取り出すと、青い魔石を拾い上げた。
水に濡れた魔石とトリバサミは、先程の鏡加工されたギターケースに放り込んでおく。
向かうは、次の階層だ。
階段を降りていく。
一階層、二階層……時に魔物に追いかけられながら。時に人に助けてもらいながら。ほぼ最短距離で階段を降りていく。
十一階層にたどり着いた。
「どこだ〜?」
探し人を求めて、あちこちを歩行する。
その時、水の波紋が前からやってくるのが見えた。
人か魔物か。背後や周囲の分かれ道を見渡しながら、やってくる足音に耳を傾ける。そして目の前に現れた魔物に似合うような、厳つい登場シーンのような音が鳴らした。
「わぁ」
私よりも二メートルほど大きな魔物だ。
巨大な苔の生えた白い亀の甲羅から、三つの首が伸びている。かすかに発光している鱗、髭の生えた仙人みたいな蛇の頭。あたりを確認するかのように振られた三つの頭は、私を見ては威嚇するように口を開いた。
「アキト、ケルベロスだよ!」
テンションの高まりに応じ、ギターの音も始めるように、それはもう嬉しそうに響く。
何度きても新しい魔物と出会える。それもダンジョンの
私の側を浮かぶ映像機器、その近くにあるコメント欄へ視線を向けた。
お姉さん:初めて見る魔物ね
子供:みつ首だけど、ケルベロスって犬系じゃなかった?
お姉さん:じゃぁ魚だし、ケルヘビ?
子供:食べれる?
アキト:ベロスって犬って意味なのか?
お姉さん:お腹壊しそうだからやめときなさい
子供:はーい
アキト:聞いて……
:!?
:草
:けるべ・・・え?
:ケルベロスちゃう
:カガリくんのキラキラ好奇心旺盛な笑顔好き
:カガリ違うぞ
私は逃げもせず、ギターを弾きながらただ待つ。
何故なら、私は自らが美貌と上品な音色が、魔物すらを魅了する自信があるからである。知性ありし魔物はそう多くはないが、彼からは長老のような
きっと大丈夫だ。
じーっとカガリ見つめていたケルベロスじゃないらしい、アルカナ姉さん命名ケルヘビは、三つの首で相談するように頭を突き合わせた。
アキト:なに? 相談中?
お姉さん:このあと追いかけられるに飴ひとつ
アキト:ただ飴の交換するだけだからやめない?
子供:音楽流れてなかったらただの停止動画だね
:なんの停止中?
:魔物も動かんてどゆことw
:ゆるーくいきましょ
:カガリくんの演奏素敵です!
演奏が終わった。
すると、一つの首が鋭い牙の生える口を開け、私に向かって来る。その瞬間、同じ胴体から生えている二つの首が、私に向かった首を締め上げた。
体は一つでも、三つの頭はそれぞれで考えているらしい。
魔物の周囲に展開されては消えていた。
静かに眺めていると、魔法の一つが発動する。水の攻撃魔法がすぐ横を通り過ぎていく。
私は困惑しながら彼らを見つめた。
もう一回、ギター弾こうかななんて考たり。
「……君たちはとても透き通った目をしていて可愛らし――」
魔法が再び、私のすぐ顔の横を過ぎ去っていく。どうやら可愛いは不満だったようだ。
他の称賛の言葉を探しているうちに、ギューッと締められていた首の一つが、泡を吹いてダランと地面に倒れた。
「気絶した、のかな?」
悪いなとでも言うように、ケルヘビは平べったい手を上げると、一つの首を支えながら、去って行った。
足元の波紋は次第に弱くなり、あたりは静寂に包まれる。
その静寂もすぐに終わる。水の音の代わりに、私の美しいギターが響き渡り始めたからだ。
反響する音は今弾いている音と、とってもいい感じに調和してくれる。
「ふふっ、さっきのなんだったんだろうね?」
アキト:やっぱりケルベロスじゃないと思うんだよな
お姉さん:カメヘビミッツンでいいじゃない
アキト:独特で適当な名前つけんのやめて?
「カメヘビミッツンかぁ……」
子供:カガリ兄
アキト:あっ、オオミツクビカメって魔物らしい。
「当たらずとも当からずという感じだね。どうしてわかったの?」
アキト:その他コメントで誰かが書いてた。
「博識だね。教えてくれてありがとー!」
さっと見た感じには、そのコメントは既に流れてしまっていた。私は聞いているであろう視聴者に感謝をするように、丁寧に曲を奏でる。
アキト:なんで襲われないんだ!? ってのもあるぞ。
アキトのコメントに、私は音を止めて、カメラの前でポージングをする。
質問の意図が読めなかったけれど、私はすぐに納得する理由を見つけていた。
「なんで襲われないのか、そんなもの言うまでもないのだけれど。思考の大半が私の美しさに当てられてしまっている今の状態では仕方がない。教えてあげよう。襲われない理由を! …………この美の女神に祝福されし体貌、この美しさに畏れをなした。それ以外の理由があるなら、私に教えて欲しいくらいだよ」
煌めきを放っている(ような気がする)カガリは、鏡加工の施されたギターケースに映る自分を見つめ、人々がウッとなるようなキメ顔を作る。
「美しい。全てのものを魅了する美貌であると、また証明されてしまった」
:出た! 美しい!
:心なしかツヤが増した
:いいぞー!
:かっこいー!
:カガリくん美しくてかっこいいです。
:おもろすぎるやろ
:うわー
:ひゅーひゅー!
子供:カガリ兄ダンジョンでよくやるよね
子供:笑われてるよ〜
アキト:その他のこのノリだけは分からない
「笑われてる? 本望だとも! みんなに喜びを与えられる、素晴らしいことじゃないか」
:褒めてんだよ!
:アキトも褒めてあげたら?
:煌めくカガリくん拝むっ
:カガリくん最高!
アキト:マジかこいつら。姉さん?
お姉さん:なに?
アキト:いや、ナンデモナイです
:アキト何があった?
:カガリかっこいいー!
:今日もいい日だ
「さぁ、今日はなんだかいいことがありそうだ」
ピタッと止まったカガリが、浅い水に落ちている石を拾い上げる。
「ほら見て! さっそくいいことが起こった。綺麗な石見つけたよ」
:うん。カガリが持ってたらなんでも綺麗
:そこ置いといてくれたら俺が取りに行く
:私も欲しいー!
上の光に石を透かそうとしてみる。石は透過することはなかったけれど、まるで宝石のようにキラキラとしていた。
魔石も美しいけれど、ただの石も美しい。
世界はこんなにも不思議と美しさで溢れている。その頂点に立つ私。なんて神々しいんだ。
ひとりでに吐息を漏らした姿すら、美しいに違いない。
「本当に綺麗だ。この石は姉さんのお土産にしようかな。……申請通るといいけど」
大事そうに小さな鍵盤ハーモニカを入れる箱を取り出し、ワタの敷き詰められているそこに石を置いた。そして、異空間へ収納しておく。
「ダンジョンって不可思議なことがことが多いよね」
私のスキルの一つ。〈楽器収納〉である。小さな楽器一つを大きなケースに入れておけば、残りの空いたスペースは収納スペースとして使えるわけだ。
そして今のところ上限はわかっていない。
今日も私は一人、自分の赴くままに。楽器を奏でながら先へ進む。
探し人、どこにいるんだろう?
パチャパチャ……。
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