第16話 魚のダンジョン 筋肉はもう良いって……長靴? なだって? byキャリー中の男A



 俺たちはなんでダンジョンで演奏を聴いているんだ? 場違い感がすごいのに、強制的に聞かされていると、どんどん吸い込まれるように耳を澄ませている自分がいた。

 魔物の恐怖がないと言ったら嘘になる。でも今はこの音を聴いていたい。なんの曲かは知らないけど、めちゃくちゃ良い曲だ。


 そう思っているのは俺たちだけでなく、筋肉野郎まで目を閉じて黙って聞いていた。


 あの筋肉野郎が黙って耳を傾けるってヤバくないか。この音のどこかに中毒性があるのかもしれない。

 音楽ってのはある意味劇薬だよな……。

 静かに曲が終わると、俺たちは思い切り手を叩く。


「この瞬間が最高に気持ちいいんだ。ありがとう」


 めちゃくちゃ正直じゃん……。

 気持ちよさそうに笑っては、そのイケメンのツラを強調するように濡れた髪を掻き上げる。


 はぁ。また走るぜきっと。足元気をつけねぇと。

 俺たちが岩から降りると、筋肉野郎がイケメン野郎に近づいていく。


「君の演奏は素晴らしい。筋肉が喜んでいるようだ」

「お褒めに預かり光栄だ」


 イケメン野郎は優雅に礼をした。

 …………、一瞬惚けた俺を殴ってやりたいっ。


 筋肉野郎が自らの筋肉を撫でる。めちゃくちゃ機嫌良さそうなのが、あの地獄のランニング再びを彷彿とさせ、空笑いせずにはいられない。

 チラッと筋肉野郎の視線が俺たちの方を向いたが、イケメン野郎と話すみたいだ。

 やった休憩っ!!

 俺たちはパチンと手を叩き合う。


 すると、イケメン野郎が視線を集中させるように、ギターを一節奏でた。


「ところで、君の名を聞いてもいいだろうか」

「そういえば名乗っていなかったな。私は山崎やまざき 陽翔はると。よろしく頼む」

「私はカガリだよ。よろしくね」


 二人はぎゅっと手を握り合った。

 うわぁ。男同士の握手とかないわぁ。


「分厚く固いけど、人間の皮膚の柔らかさは残っているんだね。魔物の攻撃を弾くとは到底思えない。人間の神秘というのはすごいね」

「はっはっはっはっ!」


 うわぁ〜〜!!? 眩しいっ、イケメンが笑ってる! 筋肉も笑ってる!

 頼むから、俺たちの存在を忘れるなよっ!!?

 ……………………うわーぁぁああ! イケメンがこっち向いた!? なんでもないです!! 忘れてくださいっ! 深く関わりたくねぇーーーっ!!


「君たちの名前――」

「では走ろう!」


 助かった。

 でもさ、もう歩こうぜ……。…………仕方ねぇなぁ。


「うーっす」

「行くかぁ」

「私も同行しても構わないかな?」

「もちろん!」



 *



「頑張ってー」

「まじで、あんた、なんでそんな、元気……なの」


 同じ速度で走ってるのに、息をまったく乱れさせないカガリが横にいた。

 応援されると、ちょっとやる気が出るのなんなのこれ。くそっ、自分の単純さが憎いっ!

 俺が息も絶え絶えに質問すると、カガリはイケメンスマイルを浮かべ俺の心臓を跳ねさせる。


「私もダンジョンを巡り、鍛えているからね」


 無難な答えに、俺たちは天を仰いだ。


「俺は異性が好きなんだっ!」

「な、なに言ってんのお前……?」

「なんでもねぇよ!!」

「俺にキレても仕方ないだろ!?」


 これは全部、吊り橋効果だ。俺は異性が好き、俺は異性が好き……。

 パチャパチャと筋肉野郎が下がってくる。


「ほほう、鍛えているとは興味深いな。着痩せするタイプか」

「どうだろう? あまり筋肉がある実感はないけどなぁ」


 カガリはなんかわからないけど、俺たちにやる気をくれる曲を止める。

 あぁ……、どっと疲れが…………。うるさいとか言わないから、頼むからギター弾いててくれっ。俺たちの気を紛らわせてくれよぉ……。


 いきなり筋肉野郎がキリッと前を向いて速度を上げた。

 あいつまた速度上げやがった!!


「待ってくれー」

「視界がぼやける……」

「それはいけないっ! 山崎さん! 彼らが休息を求めているようだよ!」

「筋肉最高!!」


 何度も聞いた雄叫びに身体が震える。


「筋肉はわかったからぁ〜」

「ははっ、ははははははっ!!」

「おい大丈夫か!?」

「おうよ……」


 筋肉野郎が笑顔で戻ってくる。それでも走るのはやめないらしい。

 倒れてやろうかこの野郎ッ!


 カガリさんまでもが俺たちをおいて筋肉野郎の方へ速度を上げて行った。すると、徐々にスピードが落ちてくるのを感じる。


「魔物体当たりして、よく筋肉が傷つかないね」

「私の筋肉は鋼のように鍛え上げられれいるから傷つきにくいんだ」

「もしも傷がついた時はどうなるんだい?」

「いい質問だ。私には〈超再生〉というスキルがあってな。傷ついた筋肉はすぐさま元どおりだ。そしてより硬く、より強くなるっ。これが戦いでしか手に入らない鋼と柔軟性を兼ね備えた理想の筋肉。そして、私の目指す先はこんなものではない。更なる高みを目指すために、毎日の鍛錬は欠かせないっ!」

「そんなスキルもあるんだね。今日は驚きの連続だよ」


 ほんとマジでそんなスキルあんの? 生まれながらの勝ち組じゃん。人生ガチャが全てかよ。だりぃ。俺にも再生スキルがあれば………………いや。再生ってことは、斬られたりしなきゃならないのか。……無理だわ。あの筋肉野郎にあってこそ輝くスキルだわこれ。くっそ、結局は努力かよっ! その才能ガチで羨ましいわ!!


 ♪〜〜

 カガリがギターを奏で出した。

 身体が痺れそうだ。下から上に上がってくるゾワゾワ感が心地よくてたまらない。


 表現力豊かな音が溢れ、音のふくらみや高音域のノビが、聞いたことないくらい豊かだった。

 なんでかカガリの周りが、めちゃくちゃ輝いてい見えるんだけど。華やぎすぎだろ。電球でも仕込んでんのかっ! あいつならあり得る!?


 まじまじと見つめてみるも、それらしいものは見つからなかった。


「再生するたびにエネルギーを使うからな、バックの中は食料だらけだ」

「メリットがあれば、デミリットもあるものだよね」

「ダメージの受け具合によっては一時間でなくなってしまう。最近は滅多に傷がつくことがないから、減ることは少ないがね」


 ハハハッと笑う筋肉野郎は、おもむろに足を止めた。


「少し休憩しよう」

「そうだね」


 やったーーー! 休憩だぁーーーっ!


 岩にピタッと張り付いては、俺たちはその上に寝転がる。



 俺たちがそうやって屍のように休息をとっていると、筋肉野郎がアイテムバックから、ポケットボックスを取り出し、岩の上にリュックを乗せた。

 栄養たっぷりだとかいう食べ物を接種していく。


 いいなぁ、アイテムバックにポケットボックス。どれだけ食料持って来たいんだよ。

 ポケットボックスは手のひらサイズの黒い箱だ。筋肉野郎が持つと、より小さく見える。ポケットに入ることからポケットボックスなんて呼ばれているが、ぶら下げて持っているものがほとんどだったはず。

 ダンジョン産の『空間バック』の中で、ハズレとか言われてるけど。ダンジョン産ってだけで、高いんだよなぁ。でも頑張れば一般人にも手の届く。


 アイテムバックは…………無理だな。…………こいつ金持ってやがる!!



「山崎さんはいろんな味を持っているんだね。固形、ゼリー状、液体、さまざまな食感を楽しめるのもまた良い」

「筋肉が求める栄養素は多岐に――」

「あ。この辺、賞味期限が迫ってきてるよ」


 二人して互いの空気ガン無視で、言いたいこと言ってるの笑えるわ。

 カガリが確認するように手に取ると、筋肉野郎が白い歯を見せる。その笑顔がもはや俺たちにとっては恐怖なんだが。


「食べるか? そして筋トレを一緒にしよう!」

「……いいね! 楽しそうだ。みんなも一緒にやろう。大人数でやるとなんでも楽しいからね!」


 楽しくねぇよ!

 …………まぁ、カメラの向こうなら、やってるフリができるからな。


 アキト:やるかー

 こども:やるぞー

 おじいさん:仕方ないのぉ

 お姉さん:アキトとおじいさんはもうやめときなさいよ

 こども:やるの僕だけ?


 :いやなんでそうなった!?

 :うおおおおおおおおおおおおお!!!

 :カガリくんw

 :滑って頭打たないように!

 :頑張ってー



 俺は目を瞑って、屍のフリに戻る。


「筋トレ始めやがった……」

「もう休憩できるならなんでもいい」


 テンション高い声が耳から入ってくる。


「…………」

「カガリさん、タフだな……」

「いいね! ナイスナイス! 筋肉が喜んでるぞ〜! ゴーゴーゴーゴーっ!! もっと行け! …………カモン!! あと少しっ! 限界突破だァァアアア〜〜!!」


 うるせぇ……。

 カガリも良くやるよ。まぁ同じ距離走ってて息切らしてないもんな。体力がバケモンなのは確かだ。

 声をかけてはこなさそうだと判断して、俺は目を開けて座る。


「ふぅ……」


 掛け声を聞き流していると、魚人の姿を見た。岩の上から落ちそうになるも、なんとか岩の上から落ちずにすんだ。

 水音に気づいた筋肉野郎が立ち上がり、カガリにサムズアップをする。


「カガリくんは筋トレに集中しているといい。邪魔者は俺が消し飛ばそう」

「ありがとう。頼むよ」

「任せろ」


 筋肉野郎が走っていく。そして。


「うわぁぁあああっ!!? 魔法飛んできたぁぁああーー!!!」

「やっぱ守る気ねぇぇええー!! 岩に隠れろ!」

「ふぅ。じわりと汗が出てくる。頭がふわふわと、なんだかいい気分だ。ダッシュとは違う筋肉が動いているのがわかるね」


 ダンジョン攻略ゼロなのに、カガリも余裕だなっ!? てかもう嘘だろ!

 カガリはガッツリ魔物に身体を見せながら、筋肉に言われた通り筋トレを続けている。顔から落ちるのは汗なのか、水なのか。とにかく……イケメンってのはなにしても得だなぁ!! くっそぉぉおっ!!


「筋肉最高っ!」

「筋肉最高っ!」

「筋肉最高っ!」


 筋肉野郎どこ行った!?

 岩から覗くと、やつの姿が見えなくなっていた。それでも、あの掛け声は聞こえてくる。


「筋肉最高っ!」

「筋肉最高っ!」


 アキト:筋肉最高っ! ってバグった音響みたいになっててうるさいんだが

 おじいさん:筋肉最高!

 お姉さん:筋肉最高っ!

 こども:きんにくぅー!


 :カガリくん頑張って!

 :筋肉最高っ!

 :筋肉最高っ!

 :筋肉最高っ!


「筋肉最高!」


 アキト:伝染してくるの怖……

 こども:アキトにぃも筋肉動かせーぃ!

 お姉さん:うふふっ



 筋肉野郎が堂々と帰ってくる。

 ちょうど筋トレを終えたカガリが立ち上がり、身体をほぐすように動かす。


「いいガッツだ。ナイスナイス!」

「普段使わない筋肉が動いた気がするよ」

「気持ちも晴れやかになっただろう?」

「そうだね。いい疲労感だ。今なら澄み渡った演奏ができそうな気がするよ」


 ギターがまた急に出て来た。

 どうなってんだよそれ。アイテムバックを持ってる感じでもないしっ。楽器召喚でもしてんのか!?

 …………なんでこっちにウィンクしてくんだよ!? いや、ウィンクした先はカメラか。恥っずッ!! もーなんなのっ、二人して俺たちの情緒をどうしたいのっ!? 俺が勝手に揺らいでるだけだよチクチョーっ!!



「さぁ行こう! 筋肉の旅へ!」

「私はロマンを求めていざっ!」


 くっ、もう休憩終わりか……。


「うーっす」

「いくかー」


 アキト:二人ともマイペースなんだよなぁ

 こども:ぶっとんでる

 お姉さん:ふふ、とっても時間の密度が濃いわよね〜

 おじさん:疲れ切った顔の二人が心配じゃの、ぉほっほ


 :マイペースが過ぎるw

 :頑張れ二人とも

 :この筋肉にキャリーしてもらうのはなしだな

 :元気出る

 :いい

 :みんな頑張って!


「そうだ。私は長靴のシンデレラを見つけなければならないんだったよ」

「そうなのか!」

「は?」

「……長靴の……なに?」




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