第17話 魚のダンジョン お助けカガリくん



 角を曲がった先で人がいた。


「おや、こんにちは。そんなところで何をしているんだい?」


 男たちは目を丸くして、私に見惚れるように凝視してくる。

 水に浸からない岩の上で座っている二人は、武器を下ろすと申し訳なさそうな顔になった。もしかしたら、一瞬魔物と勘違いしたのかもしれない。


 岩に残る水の渇き具合から、二人が少し前にその状態になったであろうことが想像できる。

 私が人間であることがわかっても、若干警戒しているようだ。


 アキト:こんちはー


「……すみません。そこの靴下、取ってもらえます?」

「いいよ」


 私は嬉しさを表現するように、音を鳴らし続ける。


 :動かないww

 :演奏中だから手が塞がってまーすっ!

 :草

 :筋肉さんたちまだこないな?

 :なんか楽しくなって来た


「…………」

「…………」

「…………」

「あの」

「今いいところだからちょっと待ってね」

「あ、はい」


 彼らははふよふよと私の横にあるコメントを見ながら、私のことを吟遊詩人であると認知したようだ。私を知らなかったことに驚きだし。私はアピールタイムを逃したことを少し残念に思う。


「筋肉最高!!」


 私の音楽見にせられたように、彼らが耳を傾ける。


「いい曲だった」

「ああ、心に染みた……」

「聞いてくれてありがとう」


 彼らの笑顔に私も釣られ、優雅に一礼をする。

 そして、先ほど取ってほしいと言われた靴下に視線を向けた。水の底に沈んでいるそれを躊躇なく掴むと、彼らの元へ持っていく。

 もはや身体はずぶ濡れ、今更気にすることはない。


「どうぞ」

「ありがとう」


 優しい赤色の髪をした緑の瞳を持つ男性は、靴下を受け取るとぎゅっと絞って岩の上に置いた。

 少し剃り残した髭がチョロリと見え隠れしているのを見ると、大雑把な性格なのが見て取れる。軍人のようなきっちりと決まった黒い服装は格好良くて。魔石強化がされていると言うことは、ダンジョン産なんだろう。


「お前もう落とすなよ」


 落ち着いた金髪に濃いグレーの目をしている男性も、隣の男性とお揃いのように、軍服のようなきっちりとした服装をしている。

 私は素晴らしいファッションにドキドキしてしまうよ。


 アキト:この二人?

 こども:っぽいよね。二人組だし、裸足だし。ピンクの靴下だし

 アキト:じゃぁ任務完了だな


「うん。もう知ってると思うけど、私はカガリ、吟遊詩人とも呼ばれているよ。そちらの名前を聞いてもいいかな?」


 おっさん二人はチラッとカメラを見た。


「あ、カメラ。配慮が行き届かず申し訳ない。映像NGの方ですか?」

「情けないところを見られるのは恥ずかしいですが、大丈夫です」

「ええ。問題ありません」

「よかった」

「はっはっはっは! 追いついたぞカガリくん!」

「やあ山崎さん、また二人を置いて来てしまったのかい?」


 私はニコッと笑うと、二人のいる岩の上によじ登る。

 山崎さんは二人が追いかけて来ていないことを確認すると、毎回のごとく筋トレをし始めた。

 エネルギーの波動を感じるよっ、元気が溢れていて素晴らしい!

 ♪〜〜


「めちゃくちゃマイペースな奴らだな……」

「パーソナルスペースだとかも関係なく、ガンガン距離を詰めていくタイプと見た」

「ところで、君たちは何をしているんだい?」


 なぜかギョッとした二人が顔を見合わせる。

 私の美しさに、今更気づいたのかな?


「俺たちは足が痛いので休憩しています」

「シワシワになってしまっ――」

「水に負けるとは筋肉が足りん! 鍛え方が足りん!! そんな軟な身体では、心も強くならないぞ!!」

「あははっ! 言うねぇ。そう言うあんたは随分鍛えてるな。そこまで鍛えたら、心まで筋肉になっちまいそうだ」

「防具くらいつけたら……なんで裸足……!?」


 男性のツッコミに筋肉さんはポージングを取る。


「鍛えているからな!」

「……すごいな」


 :感心してるww

 :鍛えてるからって水に強くなるわけじゃない

 :なんで納得してるんです?

 :カガリくんの音に耳を傾けてください。さすれば心の平穏が訪れます。

 :(デス)パレードへようこそ

 :モンスターパレードはお好きですか

 :置いていかれた二人は大丈夫か……?


 岩の上で完全に水没していたであろう靴から、水滴が地面へ伝っている。そこへ、ぜぇぜぇと荒い呼吸で追いついてきた二人が、岩場に寄りかかった。


「大丈夫かお前ら」

「まともそうな攻略者……!」


 私の美しさはまともではなく、惚れて当たり前の魅力を持っているからね。あと、山崎さんは私から見ても、ちょっと変だし。まともじゃないと言われるのもわかるよ。

 ……あぁ、わかっていたけれど、私は共感性までもが卓越しているようだね!


 まともそうと言われて、攻略者の二人は一瞬キョトンとしたが、山崎さんと私を見て苦笑した。


「お疲れさん。そうだ名前。俺は中川なかがわ 拓磨たくま。かなり天才だ。よろしく」

「自称天才な」

「なんだと!? 俺より天才がいれば連れてこい!」


 ガシッと相方の肩を掴んだ三十代風おっさんを無視して、男は優しそうに微笑んだ。


「僕は東本元ひがしほんもと 光風みつかぜ。こいつとは腐れ縁です」

「生涯のダチだよな」

「腐れ縁だ」

「まと……も?」

「素晴らしい。お互いにいい縁で結ばれているようだね。その関係が生涯続くことを願って、一曲奏でよう」

「いや、別に――」


 ♪〜〜


「なぁ、マトモなんだよな……?」

「筋肉とカガリよりは……たぶん」


 自信なさげな会話を聞き流し、おっさんたちが優しい音色に耳を傾けた瞬間。少し遠くから水の音がした。

 可愛らしい真っ白な、大きさ五十センチほどのカエルだ。

 確か、聴覚に優れ、目が退化しきっているのが特徴だった気がする。ツルツルぬるぬるしている表皮は、剣を滑らせるとか。


「中川、魔物が寄ってきたぞ」

「おう……って、筋トレも演奏も止める気なしかよっ……!?」


 カエルはすぐには襲ってこなかった。それどころか、あたりを見渡すような仕草をしている。

 私は決して狙ったわけではないけど、音で撹乱してしまってるらしい。このエレガントな音を聞けないなんて、可哀想に……。


「音が反響して、場所が特定できてないようですね」


 アキト:適当なところでカガリは演奏をやめるから、今のうちに仕留めてもらえると

 お姉さん:カエル! アキトカエル!

 アキト:はいはい。カエルだねー

 アキト:いって! なんで叩くんだよアルカナ姉さん!?

 お姉さん:カエルー!

 アキト:カエルが何!?


 :あぁ、なんていい曲なんでしょう

 :お姉さんが荒ぶってらっしゃる

 :早く魔物やっちまった方がいいですよ

 :いい曲だ

 :いい友情だ

 :草ww


 コメントを見ていると、なんとなく恥ずかしくなってきたおっさんたちが武器を取る。

 岩の後ろに息を潜める二人のためにも、やる気を出してくれたよう。


 大雑把そうな中川さんは剣を。きっちりしていそうな東本元さんは槍を持つ。水に足をつけることに躊躇して、ジャンケンに負けた中川さんが岩から飛び降りた。


 急な水飛沫みずしぶきに飛び退いた魔物へ、中川は剣を向ける。

 そして一閃。水辺が割れ、次の瞬間には魔物が黒煙となって消滅していた。


「エクセレント! 素晴らしい一撃だ」

「まぁ雑魚だしな」

「おやおやっ! 君たちはこのダンジョンをクリアしているのかな?」

「いえ、水中での戦闘がイヤすぎて、飛ばした感じです」


 東本元さんが少し恥ずかしそうに視線を逸らす。


「一度飛ばしましたが、やはりクリアしといた方がいいかなと。何かいいもの出るかもしれませんし、奇跡の回復薬エリクサーと奇跡の実や、武具なんかも多ければ多いほどいいですから」


 怪我を治す奇跡の回復薬と身体強化をする奇跡の実は、攻略者にとって必需品と言えるだろう。

 ランダムで手に入る武具は人の手が作るものより格段に性能が良く。魔石強化を行う際に、成功率や能力の上昇が大幅に上がることから、攻略者に好まれている。

 護身用で求めるお金持ちさんもいるようだけれど、使い手が弱ければ、武具は真の力を発揮しない。


「ならイレギュラーが起こらない限り、余裕かもしれないね。それでも気を引き締めていこう。ダンジョンは命の危険と隣り合わせだ」

「カメラ回しながら演奏している貴方に言われると、あまり説得力がありませんね」

「あははっ、確かに! 私としたことがいらぬ世話だったようだ」


 もしも私が奇跡と呼ばれる物を摂取したら、きっと私の美しさは人知を超えたものとなる。間違いない。今でも三度見されるけど、四度見されるようになるんじゃないかな!

 でも残念ながら、私は一つも持っていないんだよね……。


 中川がパチャパチャと戻ってくる。


「東本元。瓶と液体が落ちた」

「確か、中身は化粧水になっているはず。割るなよ売るから」

「私の美しさに貢献するつもりはないかい?」

「あははっ、なに言ってんだ。断るよ」

「残念だ。でもわかるよ、これ以上私が美しくなってしまったら、直視できなくなってしまうと思ったんだね」


 私は音調を変えて、理解していると彼らに示す。……もちろん、美しく。


「なんか煌めいてる……」




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