第18話 魚のダンジョン お助けカガリくん2
液体の入った瓶と魔石は、東本元さんの腰のポーチに入れられた。高い魔工学の技術が使われているらしいアイテムバックと呼ばれるものだ。
入手方法はダンジョン協会から購入するか(よく品切れしている)、ボスを倒した後の宝箱ガチャから出てくるか(ランダム)、あとは個人的な取引だそう。
アイテムバックはいいよね……。私のような例外を除き、長くダンジョンへ潜る攻略者に取ってはこれも必需品と言えるだろう。
中川さんは、再び岩の上で座る。
今も筋トレしている山崎さんと、岩に上げてもらったキャリー中の二人は何か食べていた。私はギターを終える。
ついた水滴をハンカチで拭き取りながら、確認することにした。
「中川さん、東本元さん、どうして長靴を履いてこなかったのか聞いてもいいかな?」
「…………水浸しのダンジョンだとは聞いてましたけど、防水の靴で大丈夫だと言われて信じたら。普通に膝まで水がありましてね……。あいつ後で覚えてろ」
「マジでギリギリ低級ダンジョンだからって油断したよな。情報はちゃんと記述してほしいぜ」
わざとフェイクを流す、かまってちゃんも居るから大変だよね……。でも。
「ここは水位が上がったり下がったりするから、その人が攻略していた時はずっと水位が低かったんじゃないかな?」
「そんなことが……。ちゃんと香奈美さんの攻略ページを見るんだった」
苦々しい顔をする東本元を、中川が笑って叩く。
私は〈楽器収納〉から、黒のコントラバスバックを取り出す。魅了してしまった二人が、私の行動を注視してくる。
私はチャックを開けた中から、長靴を取り出した。
これこそ、私が観測班に頼まれた『お助け仕事』だ。
「おっちょこちょいな紳士たちに、長靴のプレゼントだよ」
「!?」
「いいのか? どうして俺たちに……」
困惑するのも無理はない。常識的に考えて、まさしくこれは変な事態だ。
私は思い出すように目を閉じて、ついでに煌めく。
「ふふ。どうしてかって?」
「あぁ、長靴のシンデレラ……」
「は?」
何言ってんだこいつ、と見られた息が整って来ていた男は顔を伏せる。
私はゆっくりな仕草で黒髪を撫で付け、彼らを見た。
:かっこいい〜〜w
:ナルシストここに極まれり
:カガリくん好きです
:草
:靴落としてないし、男だし、はらいてぇ〜〜〜!!!
:このゆるさがいいんだよ
:負けるな長靴のシンデレラたちww
おっさん二人は無言を貫けなかった。
「……早く言ってくれないか」
「すまない。君の瞳に映る私が美しすぎて、つい見入ってしまった」
「そ、そうか」
「「すげぇ……」」
私を褒め称えるために顔を上げたキャリー中の二人が、私に見惚れていた。
そうだ、どうしての問いがまだだったね。
「実は『観測班』の人が、シワシワになる足なのに靴で入って行った二人を見かけたから、貸し出し用の長靴を持っていってくれないかって言われたんだ。特徴は二人組で、靴で。一人はピンクの靴下を履いている。おそらく君たちのことだろう」
「シワシワになる足って……」
「貸し出しなんて制度があったんですね」
「いや、これは彼の善意だよ。自腹で買ったものを貸し出しているらしい」
「それは……申し訳ないな」
実は、私も毎回彼に長靴を借りていたりする。しかも高性能な長靴で、転んでも水が入ってこないんだよね。
彼はきっと、足の守護神だ。素晴らしい。
躊躇していた二人は私の渡した新しい靴下と、長靴を履く。
「ピッタリだ……」
「彼は相当な足フェチなようだね」
岩の上て踏み心地を確かめている二人が微妙な顔をした。もしかして、長靴心地がお気に召さなかったのかな?
「足フェチだからって、ここまでぴったりな物をチラッと見ただけでわかるものなのか? ……ちょっと怖いんだけど」
「もはや特殊能力だろ」
自らの物を仕舞い込むと、二人はパチャンと水に降りた。
どうやら履き心地は最高のようだ。やはり彼の目に狂いはなかった。
「カガリさん、持ってきてくれてありがとうございます」
「ええ、助かりました。引き返すにも十一階層上らなければならなかったので」
もっと早くに戻ろうとは思わなかったのかな……? まぁいいか、そのおかげで私は彼らと出会えたんだから。
「ということは、このまま進むのかな?」
「そうだな。足もだいぶマシになってきたから、攻略を目指そうと思う。な?」
「そうですね」
中川さんの決定に、東本元は頷いた。
「ならば一緒に行動してもいいだろうか」
「もちろんですよ」
「僕も最前線にいたりする吟遊詩人のカガリさんと会えて嬉しいですし、構いませんよ」
「では行こう。ロマンと夢と希望を求めてっ」
♪〜〜〜
岩から降りた一行は歩き出す。
「いいなぁさっきの言葉。最前線の奴らってみんなそんな感じなの?」
「ダンジョン関連は、希望にすがる欲望に塗れた人間とか。闇方面の人間にばかり会う僕らにとっては、とても染みる言葉だった……」
ほろり。
「お、おい。泣くほどか?」
あぁ、随分と大所帯になったものだ。
キャリー中の二人は、中川さんと東本元さんに囲まれて歩いているし。独断専行の山崎さんも歩いている。当然私は一番前だ!
華やかさの象徴として、先陣を切ろうじゃないか。
「あんたらは何? 見た目からしてキャリーっぽいけど合ってるか?」
「はい。筋肉に依頼したんですけど、途中でカガリと出会って。はは……」
「大変そうだな」
憐れむような声が聞こえてくる。
確かに走るのは大変だ。
「まぁでも。変人だけど、悪い奴ではない…………と思う」
「それ、どっちに言ってます?」
「どっちもに決まってんだろ!!」
「なんかキレられた!?」
「すみません、こいつ今情緒不安定で」
「大丈夫かよ……? まぁそうなることもあるよな」
四人はもう仲良くなったみたいだ。楽しい冒険が始まる予感っ!
そんなことを思った瞬間、山崎さんが飛び出していく。
「あれはっ、筋トレに最適だ!! ふんッ!!」
「素晴らしい。筋肉が艶を帯び出した」
私は優雅に曲を奏でる。
その背後で、キャリー依頼者の二人はげっそりした顔で、カガリと筋肉さんを眺めた。
攻略者の二人に同情と慈愛の眼差しを向けられ、慰められる。
「頑張れ」
「見捨てないでください」
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