第2話 初心者ダンジョンvr2 私は美しい



 私は全五階層のダンジョン、初心者ダンジョンvr2で出会った少女二人と一緒に逃げていた。

 砂の少ない硬い地面を踏みしめ、踏み出すたびに砂がまう。

 少し砂埃の混じる乾いた風が肌に当たっては、耳からは風を切り裂くような音と、目の前に絶景が広がりそうな麗しいリコーダーの音が入ってくる。


 美しい音色だ。さすが私。

 リコーダーと言えば、誰もが触ったことがあるんじゃないかな。

 シンプルな構造だから、習得が容易だし。いろんな長さ、音程、色。

 息の強さや角度を変えることで、柔らかく温かい音色から明るく華やかな音色まで、幅広い表現力もあるよね。

 私のように。澄み切った美しい高音なんて、最高じゃないか。



 ドスドスドスドスッ


「なんでこんな時に限って誰もいないのぉおーー!!」


 :トカゲでかいなぁww

 :効率がいいのかもしれないけど、不可解、極まりない動きだよねトカゲって

 :カガリは初心者ダンジョンでも逃げるのかw

 :草

 :少女たち頑張れ〜

 :今日もカガリさんの音は素敵♪


 走る先に曲がり道ある。

 二人は本当に初心者なのか、酸欠になりそうな表情をしていて限界が近そうだ。見れば、武器や防具は初心者パックのものを身につけ、どの言動からも初心者らしい初々しさを感じる。


「右に行こう!」

「は、はい!」


 元気のいい返事だ。

 若いっていいよね。ある意味エネルギーの塊だし、伸び代しかない。


 私はポケットから『熱球花の種』を砕き落とす。すぐに強い草の香りが充満していく事だろう。そして、限界そうな二人を掴んで引き寄せた。


「なにすっ――」

「しー」

「…………」

「…………」


 ドスドスドスドス。ドン!!

 止まったトカゲは一度壁に頭突きをかまし、柱に隠れた私たちに気づかず、横を通り過ぎていった。


「行ったようだね」

「はぁ……」


 私は強い草の香りを放つ『熱球花の種』に砂をかけにいく。

 座り込んだ少女たちは荒い呼吸を繰り返しながら、私を見ているようだった。

 わかるよ、私に惚れてしまったんだよね。仕方がない。私は人類全てを魅了する魔性の美を持つ男なのだから。


 どこかげっそりしている二人に水を渡してあげる。


「ありが、ありがとうございます」

「……ありがとう」

「生き返るぅ〜〜〜……!!」

「あんなのがいるなんて、聞いてない……」


 アキト:大丈夫かー?

 お姉さん:あんなの初めて見たよね

 アキト:あれペットにしたい

 子供:カガリにぃが巻き込まれた

 こども:逆はなかなかないよね


 :大丈夫?

 :二人めっちゃ息切れしてるのに、カガリは全く息が乱れてないの笑う

 :トカゲでっかーw

 :大丈夫ですか?

 :無事でよかった


「みんな見た? あんな大きな個体を見たのは私も初めてだよ」


 アキト:見た見た

 子供:オレ爬虫類苦手ー

 お姉さん:カガリ二人が固まってるわよ



 二人は私の後ろからコメントを覗いていて、安堵するような息を吐いた。


 その時、私はとんでもないことに気づいてしまった。

 スキル〈楽器収納〉から、楽器バックを取りだし開ける。中には収められているハンカチを手に取り、汗の垂れるレディーたちにハンカチを差し出した。


「どうぞ、美しいレディたち」

「れっ、…………ありがとうございます」


 茶色い髪を可愛らしいお団子にしている元気げんきと呼ばれる少女は、オレンジがかった茶色の瞳を瞬かせながら、汗を拭い始める。

 少し照れているようだ。


 その隣には、紫の髪を肩で切り揃えた少女がいて、青い瞳が警戒心をありありと表していた。そしてハンカチは受け取ってくれないらしい。

 受け取ってくれないなら仕方がないと、私は元あった位置に戻して、ケースをしまう。


「蒼も貸して貰えばよかったのに、ほら拭いたげる」

「いいって」

「汗拭きなって」

「……ありがとう」


 美しい友情だ。

 私は使った紙コップを端に置いておく。その一瞬の間に、少女の笑顔が消えていた。


「……ついさっきまで『魔物が出ないー』とか不満を呟いていたのに。いざ目の前にするとビビって逃走するとか。自分が恥ずかしい」

「そうだね……」

「恥ずかしがる必要はないよ。人は成長する生き物だからね。君たちにまだ挑む勇気があるならば、その挑戦は確実に実りあるものとなる、そうは思わない?」


 顔を上げた二人が私を見る。


「おや、私の美貌に惚れてしまったかな? 大丈夫、それは普通の反応だよ。私は気高く美しい、魔性の男だからね」


 尊敬の眼差しから一変、どう反応したものかと元気さんと蒼さんは互いに譲り合うような目をしていた。


「そうだ。さっきは素晴らしい走りっぷりだったよ二人とも!」

「…………そりゃ、命かかってますから」


 拍手の音が響き、二人は少しきょろきょろそわそわする。

 そんな初々しさが堪らなく愛らしい。



「ところで、二人の名前を聞いてもいいかな?」

「あっ、は〜いっ。わたしは高橋たかはし元気げんき。高一です! 勉強の息抜きで死ぬところでした!」

「私ははやしあおいです。同じく高校一年。元気とは幼馴染なんです。助けていただきありがとうございました」

「よろしくね」


 私は今日の最高に美しいポーズで、彼女らの記憶に色濃く残ろうと試みる。


 :顔ww

 :ちょっと名乗ったこと後悔してるw

 :カガリポーズ集に追加しとくわ

 :出た変なポーズ!

 :変な攻略者と関わると後が怖いよな、でも大丈夫!!

 :カガリくんは安心安全(デス)パレードですよ〜!

 :頑張れ〜、勇気があれば乗り越えられる!


「そういえば蒼。あの魔物に追いかけられたのわたしのせいとか言ってなかった?」

「ごめん。急なことでちょっと気が動転してたって言うか……」


 私は何やら会話をしている二人を微笑ましげに見ては、綺麗な石を拾い上げる。丸く美しい、褐色色の石が光に照らされてキラリと光った。


「私によく見られようと、必死になっているようだ」


 エリマキ光源も取ったし、そろそろ帰ろうかと思ってたんだけど。どうしようかな? 二人の小さな冒険についていくのもアリだよね。

 あまり情報を調べていないようだったし、きっと山あり谷ありの初々しい冒険になるに違いない。



「……えっと。蒸し返すわたしも器が小さいか……。仲直りしよ」

「うん。ありがとう。元気は私が守るから」

「わたしだって蒼を守るよ!」


 ぎゅっと抱き合った二人が笑顔を浮かべた。

 よく聞いていなかったけど、美しい友情を持つもの同士だと言うことは伝わってくる。

 この感動を奏でないわけにはいかないね。


「さて、気を取り直してさっきの魔物を倒しに行こうか!」


 おもむろにリコーダーを咥えた私を見て、少女たちは顔を青くする。




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