強烈に元気なプレイヤー

水の月 そらまめ

世界を揺るがす者、施設から脱出するまで

準備はゆっくりと、そして楽しく、気づかれないように

第1話 初心者ダンジョンvr2 出会いは導かれるように



 世界に自由なんてない。


 誰かの決めたルールに違反しないよう、数多の制限が課せられた檻の中。

 この身の生死すら他者の手にある牢獄で。

 いつからか私たちは、手を伸ばす事すらしなくなっていた。


「魔力出力を上げてください」


「はい」


「ぁあっ…………くっ」


 身体中が痛くてたまらない。

 魔石が私を蝕み、意思を持っているかのように流れる何かが、体内で暴れ回っている。

 バタン!!


「――止してください。今すぐ」

「…………おや、露草さんじゃないですか。……どうやら融合に成功したようですよ。これは大変興味深い」

「黒翼……なぜ貴方がここに?」

「見学です」

「同罪であることはわかっていますね」


 ユイナ、君との約束のおかげでここまで生きてこられたけど、これが最後かもしれないんだ。目が覚めなかったら、君の元へ行ける……。

 そうなったら、ぬいは悲しむかな。

 身体中で感じる痛みと、にっこり笑った研究員である黒翼の笑顔を最後に、私の意識は黒く染まっていく。

 だけど、なにか光のようなものが。私の身体を包み込んでいく気がした。


 君が素晴らしいと笑った世界で、私はまだ生きていられるようだ。





 ダンジョンに美しい音が響く。


 ある攻略者は彼の演奏は全て素晴らしいといい。


 ある演奏家は彼の音に人生を狂わされた気分だという。


 そしてある視聴者たちはポジティブすぎて怖いとか。観てるぶんにはいいけど、一緒には行きたくないと語った。



「あぁ、つまんなーい」


 黒い霧となって消えた魔物の下に、小さな光る石が落ちた。


「魔石ちっさ。これ二十円くらい?」

「うまか棒二本分〜♪」

「一本でしょ」


 紫の髪を肩で切り揃えた少女が、拾った魔石を腰のバックへ入れ立ち上がる。


「待ってよ〜」


 茶色い髪をお団子にした少女は、足をとられそうな砂を蹴って、もう一人を追いかけた。



 壁はゴツゴツと岩肌で、小さな石や岩が、砂のない剥き出しの地面に転がっている。

 空からは三回層だというのに。天井の穴から降り注ぐ光が、空間を照らしていた。それは太陽の光というわけではなく、温かみのない光である。


 そんな初心者ダンジョンvr2と呼ばれているダンジョンにやってきた若い少女二人は、心底つまらなそうにしていた。


「はぁ……タイパ悪すぎ。割りに合わないよ〜。魔物もっと出て来てほしいよー。あおいもそう思うよね〜?」


 茶色い髪をお団子にした少女がブンブンと抜き身の剣を振る。誰もいない場所であっても、危険極まりない行為だ。

 やる気満々の少女を見て、蒼は集まった魔石の数を数えた。


「五個か……、やっぱり、人が居すぎるんだよね」



 周囲を見渡せば、人、人、人。初心者ダンジョンvr2は攻略者で溢れていた。魔物よりも人の方が圧倒的に多い。

 もはや魔物の取り合いと化していた。


 魔物がいたと思えば、小さなトカゲの魔物。つまみ上げれば何もできないし、奇跡の果実を食べていない人間ですら、頑張れば握りつぶせる程度の弱さ。

 剣を突き刺して終わりだ。


「行こう、元気げんき

「はーい」


 少女たちは足場の悪い道を歩き出す。



「よし、次の階層降りよう!」

「いま三回層だっけ? 次の次はボス部屋だよ」

「大丈夫だって。こ〜んな小さい魔物しかいないんだし、ボスも一撃よ。もう三回目だっていうのに、全く苦戦する魔物が出てこないじゃない」


 ニッと笑った元気に、蒼が苦笑する。


「苦戦するほどの魔物とは、戦いたくないけどね」

「あははっ、確かにっ!」


 蒼と元気は頷く。『次4階層』と書かれている看板で、三枚だけ写真を撮れるカメラを使い、下へ続く階段を降り出した。

 微かに聞こえるBGMのような音楽が気になりながらも、二人は初めていく四階層に心を躍らせる。



「なにも変わらないね……」


 早々にテンションだだ下がりの二人は、今しがた手に入った魔石を腰のカバンに入れる。


 ドス……。


「ん?」


 音のした方へ視線を向けると、トカゲがいた。

 全長は少女たちと同じか、すこし高いくらいのトカゲだ。ギョロッとした爬虫類特有の目を少女たちへ向け、べろりと捕食者の顔をして舌が動く。


 トカゲというより、ワニと表現した方が適切かもしれない。

 一歩進んだトカゲと、惚けた顔をしていた二人の足が同時に動き出す。


「「うわぁぁあああ〜〜!!」」


 悲鳴を上げた少女たちは逃走を選んだ。


 武器と盾を手に、超逃げた。

 ドスドスドスドス!!


「蒼っ、階段どっちだっけ!?」

「さっきの道左じゃなかったっけ!?」

「うそぉお〜〜〜っ!!」


 後ろから等身大のトカゲが追いかけてくる音がする。ふと振り返ってみると、光の玉のついたえりを立たせ、体を揺らし、涎が飛び散っていた。

 奇妙だと確信を持って言える走り方に、鳥肌が立つ。


 何より、少しずつ距離が縮まってきていることに、少女たちは言い現しようのない恐怖を感じていた。それを振り払うように、一人の少女が叫ぶ。


「ねぇちょっと! どうするのこれ!!」

元気げんきが降りようって言ったんでしょ!」

「はぁ!?」

「ごめん! 今のは私が悪かった!」


 ダンジョン内での仲間割は命取りになる。即効謝った少女にその考えがあったかどうかは不明だが、謝られた方もとりあえずは口をつぐんだ。



 魔物は人を食らう。後ろからご馳走だとでもいうように、ギョロリと自分たちを見ている目を感じる二人は必死に走る。

 ドスドスと音が近づくたびに、身体が鉛のように重くなっていく。

 手足が冷たく、どこへ行くべきかも分からないまま。


 二人はいつの間にか、音に導かれるように足をすすめていた。そして逃げる先に人影を見つける。


「あっ、人だ!」

「助け……って吟遊詩人じゃん!!」

「誰!? 知ってる人?!」


 一体どういう反応なんだと、あおい元気げんきを見る。


「し、知らないけど! とりあえず戦いには役に立たない!!」

「逃げてください! デカイの来てます!」


 吟遊詩人と呼ばれた男は、一節楽器を吹き鳴らすと少女たちを見て手を振った。


「おーい、後ろから来てるよー!」

「わかっとるわ!!」

「わかってます!!」


 キレそうな二人は砂の道を走る。一本道であるから、リコーダーを持ってる吟遊詩人の方へ行くしかなかった。


「逃げろって言ってるでしょ!」


 後ろから追ってきている気配を感じながらあおいが叫ぶも、男は呑気に手を振っていた。

「うわぁ、随分と大きな個体だ」と吟遊詩人から穏やかな声が聞こえる。そして合流した吟遊詩人が、少女たちの隣で「やぁ」と言った。


 わざわざ止まっていた理由も、声をかけてきた理由も少女たちにはわからない。

 彼を追尾するように、ボール型の映像機器が浮かんでいる。


「配信大丈夫?」

「えっ?! はいっ! 問題ありません!」

「大丈夫だけどっ、今の状況が大丈夫じゃないっーーー!!」



 全力で走るのも限界がある。少女たちは運動部だとは言え、ただの一般人となにも変わらないのだ。


 ドスドスドスドスという重い足音が聞こえてくる。そろそろ息が上がってきた二人は、助けを求めるように男性を見た。

 すると、吟遊詩人は追いかけてくる大きなトカゲを一瞥する。そして、二人に笑顔で言う。


「こんにちは。私はカガリと言うんだ。君たちは?」

「この状況で和やかに自己紹介しないでよ!」

「元気っ、なにこの人ヤバいやつ!?」

「二人とも気をつけて! ビームくるよ!」

「はあ!?」


 少女が振り返った先で見たのは、エリマキトカゲの目が光ったところだった。


「あっぶな!?」

「ちょっとビームとか聞いてない! トカゲでしょ!?」


 ビュンという低い音に、ジュッと焼ける砂の音。相変わらずギョロリとした目玉は前を向いており、滴るよだれが光に反射しながら飛び散っている。



「うわぁあーー!! 何発も打ってこないでぇぇえ〜〜っ!!」



 黄色く光る線。まさしく目からビームが放たれる現状に、二人は必死に足を動かして走る。


 五発目のビームが通り過ぎて行った。

 実は食らっても少しの衝撃と、やけど未満の熱しかなかったりする。


「おっと」


 吟遊詩人カガリが石につまずいた。

 彼がバランスを取っていると、上から降り注ぐ光が遮られ、陰ができる。男が振り返ったそこには、仕留める気満々のトカゲの手が振り上げていた。


 カガリは攻撃のタイミングに合わせて、身体を動かし避ける。そこに危険だと思った少女が盾を構えて割り込んでいった。


「危ない!」


 カンッ!

 トカゲの爪と盾のあいだに火花が散る。


「きゃぁ!?」


 重い一撃に下がらされた元気を、カガリがそっと受け止めた。

 汗ばむ蒼は、精一杯威嚇するように剣を構える。



「元気大丈夫!?」

「うんっ、吟遊詩人も大丈夫!?」

「ありがとう! 君のおかげで怪我はないよ」


 カガリは余裕そうに笑った。その間近で見た笑顔にぽかんと目を奪われた元気は、あわあわしながら離れて、顔を赤くする。

 威嚇していた蒼が、巨大なトカゲの踏み潰し攻撃を避けて、闇雲やみくもに剣を振るう。


「このっ!!」


 巨体を動かし、するりと剣を避けたエリマキトカゲは距離を取る。

 空ぶった剣の重みによろけた蒼は、目の前に迫る舌に目を瞑った。すぐにくるはずの痛みはこず、衝撃はあったなと、おそるおそる目を開ける。


「大丈夫? 目を瞑ったらダメだよ」

「ひゃ、はいっ」


 蒼はカガリを少し警戒するように離れる。


「蒼!」


 二人はお互いに顔を合わせると、凛とした顔つきで頷き合った。

 楽器を奏でようとした吟遊詩人の背中を押して、猛ダッシュし始める。


「「むりむりむりむり!!」」

「あはははっ」


 カガリは楽しそうにリコーダーを奏でる。


 ぽっぽっぽー ぽっぽぽっぽー。


「はとぽっぽじゃないよー!」

「本当に戦えないんですか貴方!?」




 ________


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