第2話 初心者ダンジョンvr2 止められない音楽



 三人は硬い地面を踏みしめ、踏み出すたびに砂がまう。少し砂埃の混じる乾いた風が肌に当たっては、耳からは風を切り裂くような音とリコーダーの音が入ってくる。


 心なしか身体が軽くなった気がして、少女たちはエリマキトカゲを振り返った。


 不可解、極まりない動きは変わらずとも、距離が空いていることに気がつく。

 相手も疲れてきたのかもしれない。


「にしても。なんでこんな時に限って誰もいないのぉおーー!!」



 全力で走るのも限界がある。少女たちは運動部だとは言え、ただの一般人となにも変わらないのだ。

 ちょっと武装してはいるが、大した下調べもせず。友人の『初心者ダンジョン余裕だった』という言葉を信じたピュアな子たちなのだ。

 実際、スキルに恵まれていれば余裕の場合もある。今日のような例外を除いて。



 少女たちは冷や汗を流しながら、階段を探していた。


 魔物たちは階段を登れない。階段さえ登れば、透明なバリアで防がれる安全地帯がある。しかしその階段への道が、酸欠によって朧げになってきていた。


 曲がり道だ。


「右に行こう!」

「はい!」


 カガリの確信に満ちた声に、蒼が反応する。


「ちがっ、バカッ! 階段は左だって!」

「え!? ちょっと吟遊詩人さん?!」


 通り過ぎて行った左への道。こんな時に限って、あちこちからドスドス重い足音が聞こえてくる。

 リコーダーの音が止まり、カガリがポケットから取り出した何かを落とす。


 もう訳がわからないと初心者攻略者たちが辺りを見渡したその時、吟遊詩人はグンと二人を掴んで引き寄せた。


「なにすっ――」

「シー」

「…………」

「…………」


 ドスドスドスドス。

 巨大なトカゲは柱に隠れたカガリたちに気づかず、横を通り過ぎていった。



「行ったようだね」

「はぁ……」

「どうやら、彼らはあまり視力が良くないようなんだ。目からビームする弊害かな?」


 ずっとニコニコしている吟遊詩人は汗ひとつかいていなかった。


「うふふ。なんだか可愛いよね」


 可愛くない。そんな言葉を出せるほど、少女たちには余裕がなかった。

 少女たちは座り込み、人を魅了するように笑った男を、げっそりした顔で見上げる。


 つい先程まで『魔物が出ないー』と不満を呟いていたのに、いざ目の前にするとビビって逃走した自分たちが恥ずかしい。

 そんな思いを抱えながら、コメントを見始めたカガリの後ろから二人も覗く。


 アキト:大丈夫かー?

 お姉さん:今のは大きなトカゲだったね

 アキト:あれペットにしたい

 子供:カガリにぃが巻き込まれた

 こども:逆はなかなかないよね


 :大丈夫?

 :二人めっちゃ息切れしてるのに、カガリは全く息が乱れてないの笑う

 :トカゲでっか

 :大丈夫ですか?

 :無事でよかった


 幸いカメラのコメントには煽るような言葉は書かれていない。優しい配信なんだなと二人は息をつく。

 引っかかるのはコメント欄が二つに分かれているということ。しかし二人は、人の配信にとやかくいう勇気はなかった。



「みんな見た? あんな大きな個体を見たのは私も初めてだよ」


 アキト:見た見た

 子供:オレ爬虫類苦手ー

 お姉さん:カガリ二人が固まってるわよ


 お姉さんに注意され、カメラの方を向いていたカガリが二人に向き直る。



「おや、私の美貌に惚れてしまったかな? 大丈夫、それは普通の反応だよ。私は気高く美しい、魔性の男だからね。さすが私、初対面の女性を魅了してしまうなんて最高だな」


 どう反応したものかと二人は互いに譲り合う。そんな雰囲気をお構いなしに、カガリは拍手をした。


「そうだ素晴らしい走りっぷりだったよ二人とも!」

「……そりゃ、命かかってますから」


 先ほど持っていたリコーダーが見当たらない。


 ちょっとだけ気になる二人はソワソワする。



「ところで、二人の名前を聞いてもいいかな?」

「わたしは高橋たかばやし元気げんき。高一です! 勉強の息抜きで死ぬところでした!」

「私ははやしあおいです。同じく高校一年。元気とは幼馴染なんです」



 名乗った二人はフルネームで答えたことに若干後悔していたりする。変な攻略者と関わると、後が怖い。これは今の常識だ。


「そういえば蒼。あの魔物に追いかけられたのわたしのせいとか言ってなかった?」

「ごめん。急なことでパニックに――」

「元気と蒼だね。二人ともよろしく。私はカガリ、吟遊詩人とも呼ばれているよ」

「あぁはい」

「よろしくお願いします」


 吟遊詩人は空気を読まない。

 困惑した様子で二人は少しだけ頭を下げる。



「……蒸し返すわたしも器が小さいか。仲直りしよ」

「うん。ありがとう。元気は私が守るから」

「わたしだって蒼を守るよ!」


 ぎゅっと抱き合った二人が笑顔を浮かべた。


「さて、気を取り直してさっきの魔物を倒しに行こうか!」


 微笑んだ二人の心のうちはシンクロしていた。

『ヤベー奴と関わったかもしれない』


 おもむろにリコーダーを咥えたカガリを見て、少女たちは顔を青くする。



 *



 音楽が終わったところで、カガリは二人を見回した。


「先輩風吹かせていいかな」

「……どうぞ?」


 今のところいいところなしのカガリが何をいう気なのかと、元気と蒼は視線を向けた。

 一体どこから取り出したのか、鏡の前で髪の毛を整えていたカガリがドヤ顔で言う。


「どうやら君たちは、このダンジョンについての知識が不足しているようだね」


 ダンジョン内で演奏してる方もどうなんだと言いたげの二人は、その言葉を飲み込んだ。そして先ほどのことを振り返る。


「初心者ダンジョンは余裕だと思って……」

「実際三回来てるし、その時にはあれみたいな小さい魔物しか会わなかったから」



 そこへ、ちょろちょろともはや見飽きた小さなトカゲの魔物が歩いてきた。こちらを見るとすぐさま襲いかかってくる。あれでも立派な魔物だ。

 小さなトカゲは指一本程度の大きさで、飛びかかってきたところを元気が盾で殴りつける。

 既に瀕死のトカゲに剣を刺すと、バンッと黒い煙となって消えた。そして残るのは小さな小さな青い魔石一つだけ。


「いいね! 魔物に恐れをなさないその姿、かっこいいよ!」

「いや、お世辞とかいいよ」

「ふふ、本当のことを言ったまでさ」


 カガリは空間からリコーダーを取り出す。


「伝わらないのなら伝えよう、この音楽で!」

「待って待って待って!!」

「伝わりました! 伝わってますー!」


 ♪〜〜〜


 全力で止める二人の奮闘虚しく、カガリはリコーダーを吹き始める。響き渡る音はおそらく四階層全域に響き渡っていることだろう。

 元気と蒼は、演奏をやめさせるために掴もうとする。しかし、するり、くるりと抜けられ手が掠りもしない。


 その時、カガリは青年たちの後ろを指さした。


「え?」


 振り返った元気は魔物に目が吸い寄せられる。

 小さな小さなトカゲだ。自分達の方へ一直線に走ってきていた。


「なに――」

「蒼、魔物!」

「え? わわっ!? び、びっくりしたぁ」


 蒼は飛びかかってきたトカゲを避けた。そして冷静に、再び飛びかかってくる、小さく狙いにくいトカゲを剣で斬り殺す。

 剣を振るコントロールは悪くない。


 蒼は魔石を拾い上げると、全然止める気配のないカガリさんに手を伸ばす。


「蒼っ、カガリさんのリコーダすごいね!」

「元気そっちから攻めて! 囲んで!」

「はいはーい♪」



 二人の動きにカガリの速さが増す。


 リコーダーの音が一切乱れない。つまり呼吸も一切乱れておらず、二人の行動は完全に読まれているということ。

 囲むように陣取るも、一瞬の隙をつかれて抜けられる。特別動きが早いわけではない。ただ純粋に動きを見切られているという感覚に、二人は苛立ち始める。



 子供:カガリ兄は一回演奏始めると止まらないからなぁ

 こども:初心者ダンジョンばーつーで、会話してくれる人がいてよかったね

 アキト:かわいそー

 お姉さん:大丈夫じゃない? 魔物少ないし

 アキト:あれもし触ったら殴られるのか?

 お姉さん:大丈夫じゃない

 こども:カガリにぃは人は殴らないよ。たぶん。

 アキト:いま間があったぞ


 :がんばれー

 :そこだっ、いけっ!

 :止めれたらスゴイで賞を授与してあげよう

 :アキト安心しろ、カガリは優しい子だ

 :いや無理でしょ

 :カガリくん素敵です

 :リコーダーなめてた、涙出る


 二人がかりで空振りし続ける事態に、最後の方は「え? カガリさんすごくない?」と感心するに至る二人であった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る