強烈に元気なプレイヤー

水の月 そらまめ

世界を揺るがす者、施設から脱出するまで

準備はゆっくりと、そして楽しく、気づかれないように

第1話 初心者ダンジョンvr2 初心者の二人



 世界に自由なんてない。


 誰かの決めたルールに違反しないよう、数多の制限された檻の中。

 この身の生死すら他者の手にある牢獄で。

 いつからか私たちは、手を伸ばすことすらしなくなっていた。


「出力を上げてください」


「ぁあっ…………くっ」


 身体中が痛くてたまらない。

 変な石が、私を蝕み。意思を持っているかのように流れる何かが、私の体内で暴れ回っている。

 バタン!!


「――を中止してください。今すぐ」


「…………おや、、露草さんじゃないですか。……どうやら融合に成功したようですよ。これは大変興味深い」


 身体中で感じる痛みと、にっこり笑った研究員である黒翼の笑顔を最後に、私の意識は黒く染まっていく。


 こんな世界だとしても、死ぬわけにはいかない理由って、あるよね。




 ダンジョンに美しい音が響く。


 ある攻略者は彼の演奏は全て素晴らしいといい。


 ある演奏家は彼の音に人生を狂わされた気分だという。


 そしてある視聴者たちはポジティブすぎて怖いとか、観てるぶんにはいいけど一緒には行きたくないといった。



 ここは初心者ダンジョンvr2と言われる場所。

 硬い地面は足をとられそうな砂だらけ。小さな石や岩なんかも転がっている。天井の穴から降り注ぐ光が辺りを照らしていた。太陽の光というわけではなく、温かみのない光だ。


 そんな全五階層のダンジョンに、ある二人の攻略者が歩いていた。

 少女たちは若く、武器や防具はチープなものを身につけ、どこか初心者らしい初々しさを感じる。


 進めど進めど手応えのある魔物は出ず。しかし魔物を倒さなければボスを倒す意味もない。


 初心者ダンジョンvr2は攻略者で溢れていた。

 魔物がいたと思えば、小さなトカゲの魔物。つまみ上げれば何もできないし、奇跡の果実を食べていない人間ですら、握りつぶせる程度。

 剣を突き刺して終わりだ。



「あぁ、つまんなーい」


 黒い霧となって消えた魔物の下に、小さな光る石が落ちた。


「魔石ちっさ。これ二十円くらい?」

「うまか棒二本分〜♪」

「一本でしょ」


 よいしょと拾った魔石を腰のバックへ入れ、少女は立ち上がる。


「はぁ……、割りに合わないよ〜。魔物もっと出て来てほしいよー」


 ブンブンと抜き身の剣を何もいない場所で振る。

 やる気満々の少女を見て、もう一人の少女は集まった魔石の数を数えた。


「五個か……、やっぱり、人が居すぎるんだよね」



 周囲を見渡せば、人、人、人。魔物よりも人の方が圧倒的に多い。もはや魔物の取り合いと化していた。

 少女たちは歩き出す。



「次の階層降りよう!」

「いま三回層だっけ? 次の次はボス部屋だよね」

「大丈夫だって。こんな小さい魔物しかいないんだし、ボスも一撃よ。もう三回目だって言うのに、全く苦戦する魔物が出てこないじゃない」

「苦戦するほどの魔物とは、戦いたくないけどね」

「あははっ、確かにっ」


 少女たちは『次4階層』と書かれている看板で写真を撮ってから、階層を降りていく。

 微かに聞こえるBGMのような音楽が気になりながらも、二人は初めていく四階層にワクワクしていた。



「なにも変わらないね……」


 早々にテンションだだ下がりの少女は、小さなトカゲから手に入った魔石を腰カバンに入れる。


 ドス。


「ん?」


 音のした方へ視線を向けると、全長が少女たちと同じか、すこし高いくらいのトカゲがいた。ギョロッとした爬虫類特有の目を少女たちへ向け、べろりと捕食者の顔をして舌が動く。

 トカゲというより、ワニと表現した方が適切かもしれない。

 一歩進んだトカゲと、惚けた顔をしていた二人の足が同時に動き出す。


「「うわぁぁあああ〜〜!!」」


 悲鳴を上げた少女たちは逃走を選んだ。


 武器と盾を手に、超逃げた。

 ドスドスドスドス!



 後ろから等身大のトカゲが追いかけてくる音がする。ふと振り返ってみると、えりを立たせ、体を揺らし、涎が飛び散っていた。

 奇妙だと確信を持っていえる走り方に、鳥肌が立つ。


 何より、少しずつ距離が縮まってきていることに、少女たちは言い現しようのない恐怖を感じていた。それを振り払うように、一人の少女が叫ぶ。


「ねぇちょっと! どうするのこれ!!」

元気げんきが降りようって言ったんでしょ!」

「はぁ!?」

「ごめん! 今のは私が悪かった!」


 ダンジョン内での仲間割は命取りになる。即効謝った少女にその考えがあったかどうかは不明だが、謝られた方もとりあえずは口をつぐんだ。



 後ろからご馳走だとでもいうように、ギョロリと自分たちを見ている目を感じる。

 ドスドスと音が近づくたびに、身体が鉛のように重くなっていく。

 手足が冷たく、どこへいくべきかも分からないまま。


 二人はいつの間にか、音に導かれるように足をすすめていた。そして逃げる先に人影を見つける。


「あっ、人だ!」

「助け……って吟遊詩人じゃん!!」

「誰!? 知ってる人?!」


 一体どう言う反応なんだと、あおいは元気を見る。


「し、知らないけど! とりあえず戦いには役に立たない!」

「逃げてください! デカイの来てます!」


 吟遊詩人と呼ばれたカガリは、一節吹き鳴らすと少女たちを見て手を振った。


「おーい、後ろから来てるよー!」

「わかっとるわ!」

「どうしてリコーダー持ってるんですか!?」



 キレそうな二人は、リコーダーを持ってる吟遊詩人の方へ行くしかなかった。

 本当は人を巻き込みたくはなかったが、一本道だから仕方がないとも言える。

 後ろから追ってきている気配を感じながらあおいが叫ぶ。


「逃げろって言ってるでしょ!」



「うわぁ、随分と大きな個体だ」と吟遊詩人から穏やかな声が聞こえる。そして合流した吟遊詩人が、少女たちの隣で「やぁ」と言った。


 わざわざ止まっていた理由も、声をかけてきた理由も少女たちにはわからない。追尾するように、吟遊詩人の隣をボール型の映像機器が浮かんでいた。


「配信大丈夫?」

「問題ありません」

「大丈夫だけどっ、今の状況が大丈夫じゃないっー!」



 ドスドスドスドスという重い足音が聞こえてくる。吟遊詩人は後ろから追いかけてくると影を一瞥すると、二人に笑顔で言う。


「こんにちは。私はカガリと言うんだ。君たちは?」

「この状況で和やかに自己紹介しないでよ!」

「元気っ、なにこの人ヤバいやつ!?」

「気をつけて! ビームくるよ!」

「は!?」


 少女が振り返った先で見たのは、エリマキトカゲの目が光ったところだった。


「あっぶな!?」

「ちょっとビームとか聞いてない! トカゲでしょ!?」


 ビュンという低い音に、ジュッと焼ける砂の音。相変わらずギョロリとした目玉は前を向いており、滴るよだれが光に反射しながら飛び散っている。



「うわぁあーー!! 何発も打ってこないでぇぇえ!!」


 黄色く光る線。まさしく目からビームが放たれる現状に、二人は必死に足を動かして走る。五発目のビームが通り過ぎて行った。

 実は食らっても少しの衝撃と、やけど未満の熱しかないのだが、二人の初心者はそのことを知らない。

 なぜなら調べていないから。


「おっと」


 吟遊詩人カガリが石につまずいた。

 転けないようにバランスをとる。陰った後ろを振り返ったそこには、仕留める気満々のトカゲの手が振り上げられていた。

 カガリは攻撃のタイミングに合わせて、身体を動かし避ける。そこに危険だと思った少女が、盾を構えて割り込んできた。


 カンッ!

 トカゲの爪と盾のあいだに火花が散る。


 重い一撃に下がらされた少女を、吟遊詩人がそっと受け止めた。

 汗ばむ元気少女はカガリを振り返る。


「大丈夫!?」

「ありがとう! 君も大丈夫?」


 吟遊詩人は余裕そうに笑った。

 カガリの笑顔にぽかんと目を奪われた元気は、あわあわしながら離れて顔を赤くする。

 もう一人の少女が、巨大なトカゲに向かって闇雲やみくもに剣を振るった。


「元気に手を出すな!」


 剣を避けたエリマキトカゲは距離を取る。

 空ぶった剣の重みによろけた蒼は、目の前に迫る舌に目を瞑った。すぐにくるはずの痛みはこず、おそるおそる目を開ける。


「大丈夫? 目を瞑ったらダメだよ」

「ひゃ、はいっ」


 蒼はカガリを少し警戒するように離れる。


「蒼!」


 二人はお互いに顔を合わせると、凛とした顔つきで頷き合った。

 楽器を奏でようとした吟遊詩人の背中を押して、猛ダッシュし始める。


「「むりむりむりむり!!」」

「あはははっ」


 カガリは楽しそうにリコーダーを奏でる。


 ぽっぽっぽー ぽっぽぽっぽー。


「はとぽっぽじゃないよー!」

「本当に戦えないんですか貴方!?」




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