第3話 初心者ダンジョンvr2 ダンジョンは弱肉強食



 やっと演奏が終わった。

 元気は演奏に寄ってきたであろう魔物の魔石を拾っていく。


 全部小さなトカゲだった。例外を見たのはあの一回だけ。ボス部屋から出てきたんじゃないかとすら蒼と笑って話す。


「さて。伝わっただろうか私の言葉がどれだけ本気か」

「「はい!」」

「素晴らしい。元気のいい声だ」


 ここで伝わってないなどと答えたらどうなるか。おそらく、再び演奏が始まってしまうのだろう。

 二人はかかなくていい汗を拭った。


 アキト:相手初心者さんなんだから、あんまり構ってやるなよ

 子供:えー、面白いじゃん

 アキト:初々しい感じ?

 子供:それもある



「このダンジョンが初心者ダンジョンと言われる所以は、魔物の少なさだよ。初心者ダンジョンと名がついているせいで、人もそれなりだ。結果、人で溢れかえることになる」


 先輩風ふかすことをオッケーした記憶を思い出し、二人は口を挟まずに聞いておく。


「さっきみたいなとても小さいエリマキトカゲは、少し例外だけどね」


 アキト:ちっちゃかったよな


「うん、あそこまで小さい魔物もあまり出会わないはずなんだけど。君たちある意味運がいいね」

「ねぇ、わたしたち煽られてる?」

「素に見えるけど……」

「このアキトって人は?」

「一応、事実しか言ってないし」


 あの小さなトカゲしか会ってないのに。あっちの方がレアだったのかと、二人はなんとも言えない顔をする。

 なんなら今すぐ階層を駆け上がりたい。



「少し歩こうか」


 初心者攻略者の二人は、笑顔で歩き出すカガリについて行くことを躊躇する。


 カガリはついてこない二人を振り返った。

 一緒に居たくないなどという言葉は、欠片もカガリの脳裏には浮かぶことはない。


「どうしたの? ……まさか、本当に私に惚れてしまったのかな?」

「は? ……ち、違うけど」


 戻っていくカガリはやれやれと煌めく。


「否定したくなる気持ちはわかるよ。安心するといい、私の美しさは全てを魅了するからね」

「いや、だから――」

「行きます。ついていきますから、行きましょう」


 蒼は変な人と関わってしまったと後悔しながらも、なんとなく扱いがわかってきていた。そして本能的に、マイペースなやつのペースに乗せられたらダメだ、と悟る。


「そうだね、行こうか!」

「そうね」

「行きましょう」



 歩き出した二人はこそっと話す。


「蒼、走ろ?」

「了解」


 ダッ!

 先ほど魔物に追われていた時と同じように全力疾走する二人。

 チラッと背後を確認すると、カガリはリコーダーを吹きながら、軽く追いかけてきていた。


「きゃああぁーーー!!? 怖い怖い怖い!! 魔物よりこわいーーー!」

「こっちは全力で走ってるのに、涼しい顔で追いかけて来てるッ!?」


 なぜだろうか、二人は先ほどのトカゲよりも威圧感を感じていた。


「二人とも待ってよ〜」


 サソリの形に似た魔物を飛び越え、二人は後ろを振り返る。カガリはそこにいた。


「!?」

「きゃぁっ!?」

「え、なに? どうかした?」


『お前だよ!』という二人の共鳴した言葉は、唾と一緒に飲み込んだ。



 *



「待って、お茶飲も……」

「無駄に体力使った感……私も飲む……」


 人は慣れるもので。二人はカガリが楽器を奏でていようが、話していようが、気にしなくなってきていた。むしろ、魔物くるし探す手間が省けていいじゃん、とすら思うように。


 ほとばしる汗は青春の証。二人は次第に笑顔が増えていく。




 広い場所に来た。

 鍾乳洞しょうにゅうどうのように縦の柱があったり、魔物が倒された跡のような凹んだ壁。壊れた柱や、壁に穴が空いている場所も、ところどころに存在していた。

 少女たちの他に、強い攻略者がこの場所にいる証拠だ。



 吟遊詩人カガリは小さな魔物すら倒そうとせず、全ての戦闘を二人に任せていた。「あっ」とまたつまずいた男を見て、少女たちはジト目を向ける。


「ねぇ蒼。あの人、わたしたちが守ってあげないとヤバいよね」

「うん。あんな頼りにならない大人初めて。足が速いのはわかったけど、逃げてばっかりだし」


 元気と蒼は、よくあれで一番前を歩けるなと感心する。



 アキト:完全に呆れられてるな

 お姉さん:珍しく人が少ないわね

 アキト:あー確かに、いつもなら30人、40人と余裕出会うのにな

 子供:そろそろ何か起こるかな?


 :引率のカガリくん素敵です

 :俺はカガリと一緒に行くのは嫌だな

 :ダンジョン配信なのに、ほのぼのした気分になってくるよね



 壁から生える光る球を見て、カガリは足を止めた。


「あれは熱球花ねっきゅうばなだね」

「近づくと熱いやつでしょ? わたしたちもそれくらい知ってるよ」


 元気が熱球花に近づいていく。その様子をただ見守る蒼を見て、カガリは叫んだ。


「危ないよ!」

「大丈夫だって」


 カガリはあることに気がついて走って行く。


「こっち来てー!」


 手を振る吟遊詩人に視線を向け、なんとも言えない顔で二人はため息をつく。


「……あの人の方が勝手だよね?」

「わかる」



 カガリに呼ばれた二人はいちおう攻略者の先輩だしと、顔を立てるために歩いて行った。

 善意で何か教えてくれようとしている努力を感じるものだから、断りずらい。


「あそこ。捕食シーンが見られるよ」


 カガリ声は真剣味を帯びていた。指差された下方向へ視線を向ける。



 熱を感じる器官が鈍い、手のひらサイズのさそりの魔物だ。

 その装甲は硬く、三回は思い切りぶつけないと凹んですらくれない。奴らのハサミに挟まれれば、指くらいは簡単に飛んでいってしまう。

 しかし倒し方講座を見ていれば、さほど苦労する相手ではなかったりする。


 そんな魔物が光に照らされ、艶のある黒い背中が光を反射していた。


「魔物発見!」

「行こう」


 サソリの食事シーンなんて興味はない。若い二人は坂道を走って行った。元気と蒼が下へ降りたその時――。

 バグッ! バキバキバキバキッ!! ……バリバリバリッ!


「…………」

「…………え」


 誰がただの光の方が捕食者だと思おうか。考えの外にあった事象に固まっていた。


熱球花ねっきゅうばな、危ないでしょー! 気をつけてね〜!」


 二人は、カガリの声でハッとした。

 慌てるように、いそいそと坂を登りカガリの方に戻って行く。

 ドクドクと心拍数が上がっているのか、心臓を抑えて汗をかいた二人がまくし立てるように言う。


「な、なんですかあれ!」

「怖かったぁぁ!!」

「熱球花はれっきとした魔物だよ」


 にっこり笑った男を見て、二人は顔を引き攣らせる。


 警告こそしているが、助ける気は毛頭ないという雰囲気を感じ取れたからだ。

 仲のいい元気と蒼は視線を合わせ、こくりと頷いた。そしてバッと頭を下げる。


「ナマ言ってすみませんでした!」

「すみませんでした!」

「次はちゃんと調べてから来ますっ!」

「ます!」



 突然の謝罪に目を丸くしたカガリはコメントの方をチラ見する。


 お姉さん:慰めてあげたら?

 アキト:てきとうに肯定してやれ


「うん、下準備は大切だよね。命がかかってるなら尚更だ」



 顔を上げた二人は真剣そのものだった。


「はいっ!」

「自己責任な感じ身に染みました!」

「エクセレント! 自らの過ちを認められる人はそう多くはない。がんばって! そして学ぶといいよ!」


 カガリは石を拾い上げると、熱球花に投げつける。


「彼らは植物系と言われる魔物だから、一定距離を保っていれば襲われないし、熱球花は動かないから、そんなに心配する必要もないと思うよ。倒し方は今みたいに投擲、槍、魔法、弓、剣。まぁアレにやられるのは、相当油断してる初心者の攻略者くらいだよね。チャレンジしてみる?」


 悪意のない言葉に二人はグサッときていた。


「い、いや……あれ見た後だと……」

「ちょっとな……。あの、また後日で」

「うん、君たちの判断に任せるよ。ではここで一曲」


「…………」

「…………」


 アキト:初々しいなぁ。それでこそ初心者ダンジョンにいる初心者だ

 お姉さん:ふふ、素直な子たちね




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