陰陽師 安倍良晴 中編
三月が死んだ、翌日。
「……」
布団から上半身だけ起き上がらせた僕は枕元に置いておいた霊符を手に取る。
「ッ、師匠……!」
手にした瞬間、昨日の光景がよみがえり、思わず唇を強く噛む。
「どうして……どうしてっ……!」
強く噛み過ぎたのか口の中に血の味が広がるのを感じていると、コンコンッと部屋の扉が叩かれ、外から男の声が聞こえてきた。
「良晴様、今、よろしいでしょうか……?」
「
「陰陽連から電話が来ております―――三月様の件で話したいことがあると」
「……分かった」
昨日の夜。屋敷に戻った僕は抱えていた三月を使用人達に任せ、陰陽連へ報告していた―――現代の『最強』が土蜘蛛に敗れた、と。
それに関連する話だろうな、と一人考えながら、華厳から手渡された電話を耳に当てる。
「お電話変わりました、良晴です」
『思いのほか元気そうだね、良晴君~』
「……揶揄っているのですか?」
『あははっ、ごめんごめん。ほら、僕と三月はそこそこ関わりが深いから、そういうところが似てるんだろうね~』
「はぁ……それで、要件は昨日の件でいいんですよね―――頭領?」
電話の向こうで笑い声をあげる軽薄そうな男の名は安倍
『そうだよ~昨日、土蜘蛛と交戦した結果、安倍三月が敗北しちゃった件なんだけどさ~
「でしょうね。頭領である貴方よりも強い、まさに陰陽師の『最強』とも言える人物が敗れたのですから」
『うんうん、死んだではなく敗れた。君は陰陽連の
「……それで、僕に何の用ですか?」
心当たりは一つしかないが、一応聞いておこうと思い問いかける。
『分かってるくせに~―――土蜘蛛、君が倒すってことでいいのかな?』
予想通りの回答に僕はため息をつきながら返答する。
「えぇ、そのつもりですよ」
『ん、なら、僕の出番はないかな~色んな人から『行ってください!』って言われているんだけど、正直、僕も簡単には動けないからね~』
「相変わらず大変そうですね、頭領は」
『君の師匠に押し付けられたからなんだけどな~』
『ま、勝負に負けたから仕方ないんだけどね~』と言いながら、電話の向こうで笑い声を上げる照光。
「では、これで失礼します」
『うん、頑張ってね~』
電話を華厳に返した僕はすぐに準備に取り掛かる。
「良晴様……我々はやはり待機でしょうか……?」
すると、華厳がためらいを含んだ声で問いかけてきた。
「……あぁ、正直、お前達を連れて行っても戦力にはならない」
「ッ……!」
「それにな、俺自身がお前達を傷つけてしまうかもしれないんだ。だから……すまない」
「……分かりました」
そう言いながら、顔を歪める華厳。僕は彼の心情を何となく察しながら、あえて無視して「ある事」について確認を取る。
「それはそうと、師匠の身体はどうしている?」
「え、あ、今は人目につかないところに置いていますが……」
「そうか、ならいい。今から出来うる限りの準備をするからお前達も手伝ってくれ」
「は、はいっ!」
昨日の戦いで残った物だけでなく、他にも必要となる物を屋敷中からかき集め続け、気づけば日が沈みかけていた。
「良晴様、これが最後です」
「ありがとう、華厳」
手渡された追加の霊符をしまっていると、華厳が神妙な面持ちで尋ねてきた。
「良晴様。戦いの前にこのようなことを聞くのは無粋だと分かっているのですが……正直なところ、勝率はどのくらいなのですか?」
「勝率か……」
今までの僕であれば、弱気になった答えを出していただろうが、今は違う。大きな自信を宿した声で答える。
「十割。僕が絶対に勝つ」
「ッ!」
「意外だったか? 僕がこんな言葉を口にするのは」
「……いえ、三月様のお弟子らしい、素晴らしいお言葉です」
「そうか……では、行ってくる」
「行ってらっしゃいませ」
そして、僕は決戦の為に夜の街へと躍り出るのだった。
―――――――――
「……さて、街に出たはいいが土蜘蛛をどうやって見つけようか」
そう口にしながら、僕は昨日と同じ場所―――土蜘蛛が現れた場所にやってきた。周辺を見ていると、ふいに頭上から声が聞こえてきた。
『グギャグギャ! まさか、こんなにも早く来るとはな!』
「出てきたな……土蜘蛛」
声のした方へと視線を向けると、元々醜かった顔をさらに歪ませながら土蜘蛛が嗤っていた。
『敵討ちにしては早かったな~』
「お前を野放しにするのは後々面倒だからな」
そう言いながら、霊符を手に取る僕を馬鹿にしたように嗤う土蜘蛛。
『グギャグギャ! お前に俺様を倒せるわけがないだろうが!』
「どうしてだ?」
『お前の師匠は俺様に負けたんだぞ? だったら、その弟子であるお前が俺様に勝てるわけがないだろうが!』
「それはどうかな」
その言葉と同時に僕は複数の霊符を空中へ投げる。
「―――全式神、召喚」
『ッ―――!!!!!!!!』
次の瞬間、霊符から生まれた最上位の式神、計十二体が一斉に雄叫びをあげ、空気が震えた。
『なっ、あの水の龍だけでも面倒なのに、それと同等の式神が十一体もいるのかよ⁉』
「皆、行くよ!」
『―――!!!!!!!!』
驚く土蜘蛛に容赦なく僕達は襲いかかる。
『チッ! 面倒だな!』
「逃がすな!」
『オォオオオオオオンンンンン!!!!!!!!』
逃げ回る土蜘蛛を式神達が必死に追いかける。
『鬱陶しい!』
『オオンンンンン⁉』
しかし、土蜘蛛は腐っても伝説の妖。全身から生える手足を使い、式神達を吹き飛ばす。さらに―――
『眷属よ! 俺様を守れ!』
『キェェェェェ!!!!!!!!』
「ッ⁉」
―――ざっと見ても数百はいる小さな蜘蛛がこちらに襲いかかってきた。
「焼き尽くせ!」
『ヴォオオオオンンンン!!!!!!!!』
すかさず炎を扱う式神に命じ、子蜘蛛を燃やそうとするも、全ては焼き切る事は出来ず、全身に多少の傷をつけられる。
『オォオオオオオオンンンンン⁉』
「くそっ、式神用の毒か……!」
『ケケケッ! 式神も所詮は妖、眷属のもつ毒は効果があるようだな!』
さらに、同じように子蜘蛛の攻撃を受けた式神がその傷から広がった毒によって悶え、地面に倒れ伏す。
昨日は見なかった手札に驚いていると、
『おいおい、俺様の力はここからだろうが?』
「ッ⁉」
頭上で嗤っていた土蜘蛛がその姿を変えていく。そして———
『久しぶりだな、良晴』
「し、しょう……ッ!」
―――僕にとって一番大事な人物、安倍三月へとその姿を変えてきた。
声も、話し方も、笑い方も。安倍三月たらしめる要素を多分に含んだ状態で僕の目の前に降り立つ土蜘蛛。
そう、土蜘蛛なのだ。目の前にいるのは土蜘蛛だとはっきりと認識しているのに、僕の心は安倍三月だと叫んでいる。
(ハハッ、やっぱりか……)
不安定な心理状態に陥った現状を正しく認識した僕は一つの結論にたどり着く。
「幻惑、それも対象の心理にすり込むタイプの技か」
『ケケケッ、もう見破ったか。だが、見破ったところで意味はないがな!』
三月の顔を歪めながら、元の声で嗤い声を上げる土蜘蛛。すぐにでも倒さなければならないと分かっているにもかかわらず、土蜘蛛の幻惑によって僕は攻撃することができない。
『愛する者を殺す、そんなことを簡単に出来るわけがないよな! 偽物だと分かっていても抗えない!―――さぁ、こっちに来な、良晴』
「ッ⁉」
むしろ、三月の声でこちらへ手招きする土蜘蛛にどこか心地良さを感じ、僕の身体は少しずつ引き寄せらて行く。
『そうだ、おいで。こっちにおいで、良晴』
「師匠……」
そして、あと一歩で手の届く距離まで近づいた時だった。ふと、三月と過去に話した光景が脳裏をよぎった。
―――――――――
「良晴、お前はどうして陰陽師になったんだ?」
「どうして、ですか……?」
三月の問いかけに僕は首を傾げながら答える。
「妖がいると多くの人が困るから、ですかね」
「そっか」
嘘の理由を口にした僕を一瞥すると、「なら、いいことを教えてやる」と言いながら、三月は少しだけ悲しそうな顔で前に向き直る。
「妖はな―――俺達、人間がいる限り、滅びることはないぞ」
「……師匠」
「妖は人間の『負』の感情から生まれる存在だと言われているのは知っているよな?」
三月の問いかけに僕は小さく頷く。
「信じられないかもしれないが、それは間違いだ」
「……えっ?」
告げられて言葉に思わず目を点にする僕。
「ど、どういうことですか?」
「『始まりの妖』は覚えているか?」
「は、はいっ。確か、妖の祖とも言われる存在ですよね?」
「そうだ。そして、それ以降に生まれた妖は全て、この『始まりの妖』から生み出された存在なんだ」
「そ、そうなんですか⁉」
驚愕の事実に目を見開く僕に三月は続けて話す。
「そもそも『始まりの妖』は当時の陰陽師達が愚かにも神へ近づこうとした結果、生まれてしまった存在であり、現代の人間が妖に苦しめられるのは過去の人間のせいなんだぜ?」
「……その、『始まりの妖』は退治することが出来なかったのですか? 当時の陰陽師達であれば、倒せることが出来ると思うのですが……」
今も妖が生まれるのは『始まりの妖』がいるからであり、当時もそうだったのであれば、どうして『始まりの妖』を討伐しなかったのか。
そんな考えを含んだ僕の問いかけに三月は苦笑しながら答える。
「残念ながら、当時の陰陽師では『始まりの妖』を倒すことが出来なかったんだ」
「え、じゃあ、今も『始まりの妖』は……」
「あぁ、生きてるぞ。最も、今は封印されているがな」
三月から告げられた言葉に僕は小さく驚く。
封印されているにもかかわらず、今もなお、妖を生み続けていると言う事実に戦慄を覚えていると、三月は少しだけ悲しそうな表情を浮かべる。
「その封印の依り代となったのが、俺の恋人―――綾香だったんだ」
「ッ⁉」
「人々が妖に苦しめられ続けるのを憂いた綾香は自らその命を差し出し、数百年にも及ぶ封印をかけた―――封印が解けた時、俺に『始まりの妖』を救ってほしいっていう願いと共にな」
「……」
一通り話し終えたのか、それとも満足したのかは分からないが「この話はここまでだ」と言いながら歩いていく三月の背中を僕は呆然と眺めることしか出来なかった。
恋人の願い、人の罪より生まれてしまった存在を救う。
ただ、それだけのために三月は百年以上生きてきたのだ。
同じことをしろと言われて出来る者がどの程度いるだろうか。僕が同じ立場だったら、絶対に無理だ。
そう思いながら、棒立ちになっていると、三月が振り返る。
「あ、そうそう。だから、良晴にはこの言葉を教えておくぜ」
「言葉?」
「あぁ。いいか、この言葉を常に心に刻んでおけ。そうすれば、お前は俺と同じように皆を救う陰陽師になれる」
「師匠……」
人々ではなく、皆。
きっと、そこには三月が抱えた想い、願いも含まれているのだろう。
強い気持ち、そして覚悟を感じ取った僕は意を決し、三月へ問いかける。
「教えてください、師匠。その言葉を」
「一度しか言わないから、よく聞いておけよ。その言葉はな―――」
―――――――――
「―――最も罪深き存在たるは、我ら、人間なり」
『ッ⁉ な、なんだ、この力⁉』
突如、僕から放たれた強大な『何か』に土蜘蛛は一瞬で距離を取る。しかし、僕は追いかけることなく言葉を紡ぎ続ける。
「ならば、我らは何を為す? 否、何を為さねばならぬ?」
『よく分からんが、子蜘蛛よ! あの『唄』を止めさせろ!』
土蜘蛛の大声に僕は頬を緩ませる。確かに、当時は何も感じなかったが、今なら分かる。これは陰陽師―――安倍三月の『唄』だ。
約束を果たす。あの存在を救う。他にも様々な想い、願いが込められた現代最強の陰陽師が示した『誓いの唄』。
それを感じ取りながら、僕は式神達へ子蜘蛛から攻撃を防ぐよう命じる。
『ヴォオオオオオンンンン!!!!!!!!』
『チッ、忌々しい式神共が!』
式神達の攻撃によって、土蜘蛛側に一瞬の隙が生まれたことを見逃さず、僕は『唄』を続ける。
「答えはただ一つ 過去を背負い、未来を守るため 我らはその命、燃え尽きる日まで進み続けるのみ―――」
そして、最後の一節。
「―――故に、我らの道に敵はなし」
その言葉が告げられた次の瞬間―――全ての式神が僕の中に吸い込まれていった。
~~~~~~~~~
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