現代陰陽師の妖物語
苔虫
陰陽師 安倍良晴 前編
「これでトドメだ!」
『グギャアアアア!!!!!!』
放たれた術によって、目の前で蠢いていた『妖』を消滅したのを確認した僕は安堵の息を零す。
「終わったか~?」
すると、暗闇の向こう側から白い狩衣を纏った一人の男が現れた。
「あ、はい。今日の分は終わりましたよ、師匠」
「お疲れ様~」
男の名は
「どんどん強くなっているようで、俺は嬉しいよ~」
「といっても、師匠にはまだまだ追いつけませんけどね」
「あはははっ、そりゃ簡単に超えられたら困るよ~」
軽薄な笑みを浮かべると「それじゃあ、帰ろうか~」と言いながら、三月が暗闇に包まれた街を歩いていくので、僕は慌てて追いかける。
「それにしても、ここ最近は妖の数が増えていますね」
「そうだね~陰陽連が原因を探っているみたいだけど、手掛かりすら掴めていないそうだよ~」
『妖』
古来より日本に救う化け物の総称。人の『負』の感情から生まれると言われており、夜な夜な現れては魂を喰らわんと容赦なく襲いかかってくる。
そして、そんな妖から人々を守るのが僕達『陰陽師』である。
「まぁ、いつも通り、俺達は妖を退治するだけだ」
「ですね!」
互いに顔を合わせながら笑い、僕達は夜の街を歩くのだった。
―――――――――
翌日。
師匠の所有する屋敷内にて。
「えっ、マジで……⁉」
「師匠?」
陰陽連からかかってきた電話に出た三月が驚きの声を上げており、僕は思わずそちらへ視線を向ける。
「そうか~……分かった。こっちで対処しておくよ。ん、お疲れ~」
そう言い、受話器を置いた三月に僕は尋ねる。
「あの、師匠、陰陽連から何か言われたんですか……?」
「あぁ。アイツら、ここ最近、妖が増えている原因を見つけたそうだ」
「えっ、もう見つけたんですか⁉」
増え始めたのは、一週間ほど前。妖は全国で発生するため、一箇所で数が増えただけだとしてもその原因を見つけるのは困難なものとなる。
改めて、陰陽連の組織力の凄さを実感しながら、僕は三月に尋ねる。
「それで、師匠。原因と言うのは、一体、何でしょうか?」
「……伝説の妖『土蜘蛛』が復活したそうだ」
「そ、それは本当ですか⁉」
「残念なことにね~」
暢気な口調で呟く三月を横目に、僕は伝えられた情報に必死に整理する。
『土蜘蛛』
古来より存在する妖の中でも、特に古くから存在しており、強すぎるがあまり過去の陰陽師達は倒すことが出来ず、封印することしか出来なかったと言われている。
基本的な能力が高いだけでなく、対象の記憶を読み取り、最愛の人物に変装するという厄介な能力まで有していると言われており、仮に遭遇したとなれば討伐するのは困難を極めるだろう。
頭の中で以前、三月に教えてもらった情報を整理し終えた僕は「ある事」を思い出し、おずおずと尋ねる。
「あの、もしかして……陰陽連から師匠の下に連絡が来た理由って……」
「ん、良晴の予想通り、ウチの付近で封印されていた土蜘蛛が復活したから、俺達で対処しろだとさ~」
「で、ですよね~……」
そう、僕達が住んでいる場所は『始まりの妖』と呼ばれるあらゆる妖の祖とも言える存在が生まれた場所であり、全国で最も妖が多い場所なため、古い妖が何体も封印されており、土蜘蛛もその内の一体なのだ。
「せめて、多少の援軍を寄こしてくれたらいいのに……」
「まぁまぁ、下手な戦力が来るよりはマシだからな~ってことで、良晴。今から準備をするぞ~」
「は、はいっ!」
『最強』と名高い三月でも土蜘蛛との戦闘となれば、それ相応の準備が必要となるため、僕は急いで戦いの準備を進めるのだった。
―――――――――
そして、訪れた夜。
僕達は明かりの少ない道を駆けていた。
「師匠。準備をしたはいいでんすけど、肝心の土蜘蛛はどうやって見つけるんですか?」
僕の問いかけに対し、師匠は鼻歌を奏でながら平然とした態度で答える。
「俺も実際に戦ったことはないからな~『魂』が輝いている奴を狙うらしい、ってことぐらいしか知らないんだよな~」
「『魂』が輝く、ですか?」
聞きなれない表現に僕は首を傾げる。
「まぁ、簡単に言うと、強い想いを持っている人間って感じだ」
「強い想い……」
何とも大雑把な例えだな、と思うと同時に―――
「―――なら、師匠の『魂』はとても輝いているんでしょうね」
「……まぁな」
僕の言葉に師匠は少しだけ何かを思い出すかのような顔をする。
安倍三月は二十代前半の容姿をしているが、実際は余裕で百年以上を生きている人間であり、陰陽連も彼に対しては全幅の信頼を寄せている。
限りなく不老不死に近い彼は「ある目的」のためにずっと生きており、おそらくではあるが土蜘蛛が狙われる可能性が高いだろう、と僕は一人内心で呟く。
それから、街中を歩きはじめて数十分ほどした時だった。
「止まれ」
「ッ!」
師匠の低い声が僕の耳朶に響き、瞬時に周囲へ視線を送る。
「……師匠」
「安心しろ、見えないだけでちゃんといるぞ」
そう言いながら、師匠は懐から一枚の霊符を取り出す。
「っても、隠れられたままじゃ困るからな―――『光天』」
師匠が霊符をかざした次の瞬間、眩い光が辺りを照らし―――
『グギャアアアア!!!!』
―――土蜘蛛が不快な鳴き声と共に僕達の目の前に現れた。
「こ、これが土蜘蛛……!」
「伝承通り、気持ち悪い見た目をしているね~」
体躯は三メートルほどで、妖の大きさで言えば真ん中あたりであろうが、あまりに醜く、禍々しい姿に僕は思わず一歩後ずさる。
すると―――
『グギャグギャ……!』
―――土蜘蛛が鳴き、一瞬で一人の女性の姿に変身した。
「あ、あれって……!」
「……」
僕がその姿に驚く隣で、三月はただ静かに、しかしどこか虚ろな表情でその姿を視線を集中させる。
『お久しぶりです、三月様』
「綾香……」
女性の姿をした土蜘蛛の言葉に三月は応じながら、ゆっくりと近づいていく。その光景に僕は「最悪だ!」と心の中で悪態をつきながら、懐からいくつかの霊符を取り出す。
「すみません、師匠―――『蛇縛』」
『シャアアアア!!!!』
術の名を宣言した次の瞬間、翡翠色の蛇が一斉に霊符から解き放たれ、三月の四肢をまとわりつく。
一般の陰陽師であれば、解除するのにかなりの時間を必要とする強力な拘束術なのだが……
「良晴、邪魔をしないでくれ」
『シャアアアア!!!!????』
「くっ……⁉」
現代を生きる『最強』は一秒もしない内に拘束を解除し、僕が放ったものよりも強力な拘束術で僕の動きを封じる。
「師匠! 近づいてはダメです! 目の前にいるのは土蜘蛛ですよ!」
懸命に呼びかけるも、何らかも幻術でもかけられているのか、三月の反応は芳しくない。
「なんとかしなければ!」と必死に拘束を振り払おうと僕が藻掻く一方で、三月は土蜘蛛との距離を詰めていく。
「綾香……元気だったか……」
『はい。綾香は元気ですよ、三月様』
女性の声に三月を頬を綻ばせ、そして、その手で女性に触れた次の瞬間だった。
「はっ……俺は一体……⁉」
『グギャグギャ!!!! もう遅いんだよ、バーカ!』
正気に戻った三月に、顔だけ妖の姿に戻した土蜘蛛が襲いかかり―――
「ッ、ァ―――」
「し、師匠ッ———⁉」
―――三月の首元を容赦なく噛み千切った。
『グギャグギャ! 馬鹿な奴だ!
「ァ……」
「師匠……⁉」
拘束術を無理矢理解いた僕は全身から血を垂れ流しながら、三月のもとへと駆け寄る。
「こ、う、りん―――『水龍』……ッ!」
『グラァアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!』
『チッ、式神か……』
三月が呼び出した最上級の式神に土蜘蛛は悪態をつくと、近くの建物の頂上まで駆け上り、僕達を見下ろす。
『そっちの餓鬼も食ってやりたかったが……まぁ、今日のところは見逃してやるさ。どちらにせよ、お前は死に絶え、その魂は俺のもとへと来るのだからなぁ!』
『グギャグギャ!』と嗤いながら夜闇に消えて行った土蜘蛛を僕は追いかけず、三月の回復を試みる。
しかし、紫色の靄らしきものが回復を阻み、三月の出血を止められない。
「くそっ、なんで……!」
「土蜘蛛の力の一つ、だろうな……」
「師匠、無理して話さないでください!」
必死に回復を試みる僕の手を三月が掴み、ゆっくりと引き離す。そして、少しだけ微笑むと、懐から何枚もの霊符を取り出した。
「し、師匠。それって……」
「あぁ、俺が使役する、最上位の、式神達の霊符だ」
三月は途切れ途切れに言葉を紡ぎながら、それを僕の手に置くと、その上に自身の手を重ね強く握ってくる。
「俺からの、最後の指導だ―――土蜘蛛を、お前が倒せ」
「ッ‼」
三月の言葉に僕は目を見開く。驚いたのは土蜘蛛を倒せ、という命令ではなく、その前に告げられた『最後の指導』と言う言葉。
嫌だ嫌だと頭の中を巡る事実を振り払うため、僕は欠片もないはずの希望に縋り三月の手を握り返す。
「師匠、嘘ですよね……死ぬわけ、ありませんよね……⁉」
僕の言葉に三月が笑みを返し―――
「悪い、な。どうやら、ここまで、みたいだ……」
―――その言葉を最後に、静かに目を閉じるのだった。
「し、師匠―――ッ‼ 嫌です、嫌です‼ お願いですから目を開けてください‼」
信じたくない。信じたく、なかった。
現代陰陽師の最高峰であり、僕の育ての親でもある安倍三月は、この日、暗闇が落ちる寂しい景色と共にその命を落としたのだった―――
~~~~~~~~~
前編、中編、後編と全3話でお送りします。
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