day17.半年
カフェで勉強がしてみたい。
一人暮らしだからいつどんな時に机に向かってもいいし、結局ヘッドホンで音楽を流して集中してしまうから環境は関係はないのだけど、とにかくシチュエーションに憧れがあるのだ。何せ地元にはカフェなんて洒落たもの、一軒もなかったのだ。
せっかく街に越してきたのだし、一回くらいやってみてもバチは当たらないだろう。大学の帰り、カナメは自宅とは逆の方向に足を向けた。
マンション近くの例の喫茶店では落ち着かなさそうなので、駅前のコンセントが付いた席がある、チェーンのカフェに落ち着くことにした。
店内は夕食時ということもあって、それなりに混雑していた。ゆっくりできそうにないな、と時間帯を見誤ったことを後悔しつつ、ひとつだけ空いていたカウンター席に滑り込む。
隣の席では仕事帰りのOL風の二人が、人目を憚らない声量でおしゃべりに興じている。ホットドッグを齧っているうちに帰ってくれないかな、と願ってはいるがまだまだ居座るつもりのようだ。
カナメに近い側の席に座ったOLが、そうだ、と手を叩く。
「そういえばね、この前久しぶりに小学校のときの友達に偶然会ってさ。昔の同級生の話になったの。それで、その友達が『トモコって子、同じクラスだったの覚えてる?』って。あたしだけ私立中に行ったから小学生の時のクラスメイトなんて、よっぽど仲が良かった子以外ほとんど覚えてないんだけど。その子のことは覚えてた。なんでって、変なことを言う子だったから。
よく知らないけど、半年に一回のペースで「あと半年」って知らない人に声を掛けられるらしいの。声を掛けてくる人はその時によって色々で、おじいさんだったりお姉さんだったり、幼稚園児だったこともあったって言ってたっけ。共通してるのは全員、見たこともない人ってだけ。物心ついた頃からずっとそんなことになってたから、他のみんなも同じなんだと思ってたらしくて、そう聞いてちょっと気味悪く感じたのよ。それで覚えてた。
で、トモコがどうしたの、ってその友達に聞いたワケ。そしたら年始くらいに、トモコに偶然会ったんだって。懐かしいねーとか最初は普通にお互いの近況とかしゃべって、ふと「あと半年」の話を思い出して『今も続いてるの?』って聞いてみたんだって。そしたら、周期的に元日頃に来るはずだったんだけど、誰にも声を掛けられなかった、とうとう変な現象から卒業できたってすごい喜んでたんだらしいの。
『ふうん、よかったじゃん』とかテキトーに返事したけど、わざわざ人に言うこと? って薄情だけど思っちゃった。ちょっとそれが伝わったみたいで、友達が困った顔して言うの。『実は、その話をした半年後にトモコが交通事故で死んじゃって、偶然なんだろうけどなんか怖くなって、誰かに聞いて欲しかったの』って、あたしまで怖くなるからやめてーって感じ」
やだ~こわーい、と向こうの席から聞こえてくる。カナメも、私も怖くなるからやめて、と言いたくなる。夕食時のカフェで、大声で話していい内容ではない。
一通りきゃあきゃあ怖い怖いと騒いだ後、向こうの席のOLがでもそれって、と何か思い当たったようだ。
「それって蜊雁ケエ螟様じゃない?」
「えぇ? 蜊雁ケエ螟様ってそういうことするんだっけ?」
「半年の話は聞いたことなかったけど、私の知り合いの友達で似たような目に遭った人がいるよ」
じゃあやっぱりそうなのかな、と会話を続けつつ彼女たちは席を立つ。カナメには聞き取ることのできないナニカについて話しながら、店を去っていった。
……自分は、カフェに行くと変な会話を聞いてしまう呪いでもかかっているのだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます