day16.窓越しの
部屋の灯りを消して、月光だけが照らす床の上を、青い影だけの魚が泳ぐ。
月の明るい晩は、金魚鉢から投げ掛けられる実体のない魚が泳ぐ様を眺めつつ、お気に入りのグラスにサイダーを注いで飲むのが、最近一番のリラックスタイムだった。
酒でも窘めればもっと洒落た雰囲気になるのだろうが、生憎とまだ未成年なので、その楽しみはまだお預けだ。
そんな飼い主の思惑など我関せずと、魚は長い鰭をそよがせるように泳ぐ。無心で観賞していると、水面がきらりと何かを反射した。
窓辺に立って窓越しに空を見上げると、明るい夜でも一際目立つ、光を放つ点が月の下あたりを横切っていった。
まさか未確認飛行物体? 一瞬そう考えたものの、あれはほとんど人工衛星などの見間違いであると高校の科学教師が言っていた。あまり見たことがない緑がかった色をしているが、きっとあの発光体も人工衛星か、もしくは飛行機か何かだろう。少しの間目で追っていると、なんとなく、だんだん、光が近付いてきているような。
「鳥……?」
光を放っているし、明らかにとんでもない速さでこちらに向かってきているが、シルエットは完全に羽撃く鳥である。
真っ直ぐカナメの部屋を目指す鳥を見て、はた、と小学生の頃の出来事が頭に浮かんだ。授業中、ガラスを認識できなかった小鳥が、校舎の窓に激突して死んでしまったことがあった。
あの鳥もマンションの窓ガラスが分からず、こちらに突進してきているのではなかろうか。小鳥ならともかく、あの大きさの鳥があの速さで突っ込んできたら窓や自分もタダじゃ済まない。電灯を点ければ反射とかで気付くかも、と室内に向き直った瞬間、緑の光が頬を掠めた。
窓をすり抜けたのだろうか、部屋の中を薄緑の翼を持つ鳥が飛び回っている。こうして間近で見てみると、羽の一枚一枚が鉱物のようなきらめきを宿していて、まるで宝石からできているかのようだった。
薄緑の鳥は、急降下したかと思うとぱしゃ、と軽い水音を立てて金魚鉢に飛び込んだ。カナメがあっと声を上げる間もなく、鳥は魚の影を咥え、来たときと同じように窓を通り抜けて夜空へと去って行った。
しばらくは、茫然自失とするしかなかった。グラスの中の氷がからん、と溶ける音で我に返り、床がびしょ濡れであることに気付いた。雑巾を掛けながら、前に一度、緑がかった青の美しい鳥が川で魚を捕まえて、飛び立つのを見たことを思い出した。あの鳥の名は、薄緑の宝石と同じ漢字を持っていたな、と。
それ以後、いくら月夜の晩に金魚鉢を出しても、青い魚の影が現れることはなかった。カナメの元に残ったのは、空のガラス鉢と、窓越しの後悔だけだった。
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