day15.岬
今日も今日とて、仲良し三人組で大学の食堂に来ている。
そこまではいつものこと、なのだが、健啖家で量を食べる割に一番最初に食べ終わるユカが、今日は箸があまり進んでいないようだ。
「ほんっとに思い出せないんだよね……」
しかもいつだって勢いよく元気にしゃべる彼女が、珍しく歯切れが悪い。頭を抱えて、記憶を呼び起こそうとするようにゆらゆらと揺れている。
「一体何が思い出せないの?」
先ほどから「思い出せない、思い出せない」ばかりで、一向に何を思い出そうとしているのか言わないユカに痺れを切らしてチヒロが尋ねる。食事中も気になるなんて、余程のことなのだろう。
「んー、自分で思い出したかったんだけどなぁ。これ以上は無理か。あのね、子どもの頃に聞いた歌なんだけど、今朝からずっとサビのメロディが頭から離れないんだよね」
「ああ、イヤーワーム」
音楽の特定のフレーズが、頭にこびりついて離れないことをイヤーワーム現象というらしい。最近、雑学系のショート動画で見て知った。
「それ自体はよくあるんだけどさ、歌のタイトルがどうしても思い出せないんだよね。自分で思い出してスッキリしたかったんだけど、こうなったらキミたちにも一緒に考えてもらおうじゃないか」
言葉の最後の方にはおどけた調子が出てきて、いつものユカに戻った感じがした。それにしても、歌のタイトルが思い出せないくらいでこれ程悩むとは、ユカも意外と繊細な質だったんだ、と謎の感心をしてしまった。
「たぶんウチらが小学生くらいに流行った曲で、サビの歌詞が『一緒に海を見に行こう』『そして生まれ変わろう』みたいな感じだったんだよね」
なんとなく、聞いたことがあるようなないような。音楽にあまり興味がないので、流行曲は皆同じように聞こえる。少なくとも、カナメには曲名など思いつきそうになかった。
「海に行こうとか、生まれ変わろうとか、それって心中じゃない? そんな歌なんて流行ったかな?」
今度はチヒロが額に手を当て、考え込み始める。言われてみれば、そんな風にも読み取れる。ユカも考えてもみなかったようで、驚きと若干の不快が混じったような表情をしている。
「えー。そんな暗い雰囲気の曲じゃなかったけど。明るくて爽やかな感じ」
「とりあえず、検索してみれば何か引っかかるんじゃない?」
スマホの検索窓に、まず「歌詞」と入力した。次いで年代と「海」や「生まれ変わる」などのキーワードを入れて検索する。すると一番上に有名なカラオケ会社の名前と、その下にバンド名と「岬」というタイトルが表示された。
少しスクロールすると、動画サイトにその曲がアップロードされていたので再生して三人で聞いてみる。やはり聞いたことあるような、ないような歌で、ユカの言うとおり曲調は明るく爽快なものだった。けれどそれと同時に、何だか切ないような感じもした。
「そう! これこれ! そっかぁ「岬」って曲名だったんだ。なんか人の名前っぽいとは思ってたんだよ」
疑問が氷解したようで、ユカは晴れやかな笑顔を浮かべる。一方、チヒロはなぜかしてやったり、とでも言いたげな表情をしている。
「岬って、やっぱり心中だよ。岬の突端から身を投げる恋人たちの物語に違いないわ」
まだ歌詞を全部確認してもいないのに、チヒロが力説する。善し悪しは別として、こういった題材を好む人はいつの時代も一定数いるものだ。彼女がそうだとは知らなかったが。
「そ、それはともかく、二人とも生まれ変わるなら何がいい?」
チヒロの勢いに気圧されて、ユカが話を逸らす。逆にユカは、そういう話が苦手なのかもしれない。
「心中した男女は、双子に生まれ変わるそうね」
「その話はもういいよ。カナメは?」
「私は……」
何がいいだろう、と考えたとき、脳裏をあの月夜に泳ぐ魚が掠めた。透明なガラスと月光の中でしか存在できない、儚げな存在。
「魚かな」
「さかなぁ?」
二人はカナメの意図が読み取れず、怪訝な顔をしている。一瞬だけ、友人たちを置いてけぼりにして空想の世界に潜り込む。岬から海に飛び込んで、月の光だけ食べて生きる魚になれたら、なんて素敵なことだろう。
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