day8.雷雨

「おかあさん、どこにいくの?」

 真夜中、雷の音で目が覚めたら、隣で寝ていたはずの母がいなかった。姉は林間学校でいないし、父も夜勤のため不在である。唯一家にいるはずの母が消えていた驚きで部屋を飛び出すと、玄関の方からガサガサという音が聞こえてきた。足音を殺して、恐る恐る部屋を出て廊下を渡ると、母が雷光に照らされて、今まさに外へ出るところだった。

「ああ、カナメ。起きちゃったの」

 外はひどい雷雨である。何故か電灯が点いていないのでよく見えないが、母はしっかりと雨合羽と着込んで、叩き付けるような雨の中に立っていた。

「お母さん、ちょっと桃を取りに行ってくるから。あなたは寝ていなさい」

「もも……?」

 確かに、庭には桃の木があって、この時期たわわに実っている。けれどもわざわざこんな夜中、しかも雷が鳴っている中で取りに行く理由が分からない。

「実はね、桃って雷の光が宿ったものが一番美味しいの。それを食べるには、雷が当たったらすぐに摘み取らないといけないから。ね?」

 カナメの疑問を見透かしたように、母は説明になっているような、いないような理屈を、淡々と抑揚のない声で述べる。有無を言わせぬ笑みに、思わずたじろぐ。

 暗くて気づかなかったが、母の足下には手押しの一輪車があった。両親が庭仕事のとき肥料や刈った草を運ぶときに使うもので、今も白いゴム手袋が端から垂れ下がっている。

 また、雷がピカッと光り辺りを照らす。その一瞬、一輪車から垂れる赤黒い雫と、その下にできた濃い色の水溜まりを見たような気がした。そういえば、うちに白いゴム手袋なんてあっただろうか。もしかして、あれは、手袋じゃなくて。

「カナメ?」

 呼びかけられ、肩を震わせる。母は先ほどからずっと、静かに貼り付けたような笑みを浮かべている。何か、異常なことが起こっていると察したカナメは、無言で踵を返して寝室に戻った。タオルケットを頭まで被って、朝には普通の日常に戻っていることを願って目を閉じた。


 空を切り裂くような雷鳴で目を覚ます。一瞬ここがどこか分からなくなったが、すぐに一人暮らしをしているマンションだと気づいた。

 激しい雨と雷のせいで、怖い夢を見てしまった。

「あーあ。嫌なこと、思い出しちゃった」

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