day6.呼吸


「それで、これからどうするんですか?」

 そこまで気に掛ける義理はないと思いつつ、命が狙われていると知ってそのまま放っておくのも薄情な気がして、一応聞くだけ聞いてみた。

「あ、そうですね。まず先にそれを話すべきでした。実はあなたのマンションに連れていってほしいのです」

「へ?」

 さすがにちょっと、と身を引くとタコは慌てたように「違うんです違うんです」と足を振り回した。

「あなたと同じマンションに、私のような行き場のない、人ではないものを保護したり、身の振り方の相談に乗ってくださる方が住んでいらっしゃるのです。今回のこともその方の指示で、うちのマンションに住んでるこれこれこういう人が水族館に行くので、その人の荷物にでも紛れ込んでこちらにいらっしゃい、と言われたので失礼ながらリュックサックにお邪魔させていただきました」

 勝手にすみませんでした、とタコがぺこり、とお辞儀のような動作をする。それはいいのだが、水族館に行くことを大学の友人以外の誰かに話しただろうか。特にマンション内でなんて、例の一件以来、他の住人と交流するのが怖くなって知り合いなどいないはずなのだが。

「まあでも……、仕方ないか。それじゃ、一緒に帰りましょうか」

 自分の行動が筒抜けになっているのは気味が悪いが、それはそれ。意思疎通できる生き物を、死んでしまうかもしれないと知った上で置き去りにするのは寝覚めが悪い。見知らぬ誰かの思い通りに動くのは何だか釈然としないが、結局このタコを連れて帰るしかないのだ。その誰かさんは恐らく、カナメのそういった気性も熟知した上で利用しようとしたのだろう。

 タコは「ありがとうございます、よろしくお願いします」を何度も繰り返しながら、足を上げたり下げたりしている。たぶん、嬉しい時の動作なのだろう。

「ふふ。陸上にいるのに、久しぶりに呼吸が楽になったような気がします」

 そういえば、とカナメは引っ越してきた初日を思い返す。誰も彼も知り合いの地元から、この街に出てきて周りが知らない人ばかりで、少し息がしやすくなったような感覚を思い出した。


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