ハッピーエンドまでがお約束
緒戦での戦果を見た艦隊司令部は、〈ロスバッハ〉に本国への帰還ではなく作戦続行を命じた。〈ロスバッハ〉が本国に帰還できたのは一年後、戦争が終結した直後だった。一年間の間に〈ロスバッハ〉は補給艦から補給を受けながら四度の会戦に参加し、その全てで勝利を収めた。
マルガリア殿下は最後まで〈ロスバッハ〉に座乗し続けた。その気になれば補給艦に移乗してもっと早く帰国することもできたのだが、そうはしなかった。
本国に帰還したとき、異例なことに〈ロスバッハ〉は地上基地への着陸を命じられた。軌道港が十分に整備されていなかった頃に建造された〈ロスバッハ〉は、地上への離着陸が可能だった。
基地に詰めかけた大勢の群衆が見守る中、〈ロスバッハ〉は無事に着陸した。殿下は下艦する際のエスコート役を俺に命じた。艦長で落ちぶれたとはいえ伯爵令息なのだから、そのときは当然の人選だと思った。
姿を現した俺たちを群衆は熱狂的に出迎えた。
「どうじゃ、なかなか気分が良いものだろう」
「殿下を無事に帰国させることができてホッとしていますよ」
「ふむ。そなたは謙虚なのか、それとも鈍感なのか、どちらなのじゃろうな」
「は?」
基地で殿下を出迎えたのはマンシュタイン長官だった。長官は殿下に臣下の礼をとった。殿下と腕を組んで隣に立っていた俺は、妙な気分になった。マンシュタイン長官は建国の十二家のひとつのマンシュタイン侯爵家の当主でもある。俺のハウゼン伯爵家と違って国の中枢に常に関わってきた本物の名門だ。
「出迎えご苦労」
「殿下もお元気そうで何よりです。大佐、ご苦労だった」
長官は俺に右手を差し出した。俺はそれを握り返す。俺は戦時昇進を繰り返して大佐になっていた。
皇室専用のリムジンが無音で目の前に移動してきた。車輪ではなく重力制御で浮上走行する特注品だ。貧乏貴族の俺だと燃費を想像するだけでぞっとできる超高級車だ。
まず殿下が、続いて長官がリムジンに乗り込む。俺はそのまま見送りかと思ったら、長官から声をかけられた。
「何をしている。大佐も乗りたまえ」
長官の命令とあれば仕方がない。俺もリムジンに乗り込む。
リムジンが走り出したところで、長官から紙袋を渡された。
「これに着替えたまえ」
紙袋の中身は大佐の階級章がついた軍服の上着だった。俺はくたびれた大尉の上着を脱いで新品に袖を通した。
「これから皇宮で陛下に謁見する。戦場帰りとはいえ、みっともない格好は困る」
「小官がですか!」
「そなたは鈍感系じゃったか。自分の立場が分かっておらんようじゃな」
「大佐は殿下をお護りしただけでなく、五度の会戦に参加し、合計二十隻以上の敵艦を無力化した。しかも部下を一人も戦死させていない。間違いなく勲功第一位の英雄だ」
基地で長官が敬礼ではなく握手を求めた時点で察するべきだった。元帥が大佐に親愛の情を示すというのは異例なのだ。
「サイズは合っているようだな。一度しか着ないからそれで十分だろう」
頭に疑問符が浮かんでいる俺に、殿下はとんでもないことを告げた。
「謁見後はそなたは准将に昇進する。元帥の配偶者が佐官では釣り合いが取れぬからな」
「……長官、謁見は延期できませんか。医者に診てもらいたいので」
「どこか具合が悪いのか?」
「戦場で耳をやられたようです。殿下がまるで自分と結婚するかのようなことを仰っているように聞こえるのです」
「なら医者は必要ない。その耳は正常だ。大佐も伯爵なら政略結婚ぐらい受け入れたまえ」
「やはり耳がおかしいです。伯爵は自分の父です」
「ハウゼン伯爵は陛下の御意向を受け入れて、今日大佐に家督を譲ることになっている」
「妾の夫が平民というわけにはいかぬが、建国の十二家の当主なら申し分ない」
「名門ハウゼン家の復活だ。殿下に感謝したまえ」
外堀も内堀も埋められているのか。しかし急展開すぎるだろう。
「殿下は『吊り橋効果』というのをご存知ですか?」
「あれは迷信じゃ。好感度が上がるというのは相手が美形のときだけじゃ。ブサイクだと逆に嫌悪感が上がるのじゃ」
「……それは知りませんでした」
待てよ、殿下には俺はどっちに見えているのだろうか。美形、ブサイク、それともフツメン? さすがに本人に訊く勇気はない。
「悪役令嬢モノにはざまぁ返しというパターンがある。悪役令嬢が逆に主役になるパターンじゃ」
「最初の会戦のときに仰ってましたね」
「そのパターンの悪役令嬢は、自分をふった王子の上位互換の伴侶を得て幸せになるのじゃ」
「伯爵は王太子の上位互換ではありません」
「身分以外は上位互換じゃ」
「あれの下位互換は探すのも難しいでしょう」
「そうでもないぞ。社交界ではよく見かける。そなたは実力主義の世界にいて上を目指していたから、世間とは基準が違うのじゃ」
ヴァネッサのようなアドリブ力がない俺では、口では殿下にかないそうもない。俺は長官に話を振った。
「長官は『悪役令嬢』というのをご存知なのですか?」
「王国の情報は仕入れていたから知っている。王国軍は殿下と〈ロスバッハ〉のことを『天翔ける悪役令嬢』、新兵器のことを『悪役令嬢の死の接吻』と呼んで恐れていたからな」
わけもわからないまま軍艦の乗組員がバタバタと死ぬんだから、そりゃ王国軍にとっては大変な恐怖だろう。
「謁見の後は宮中晩餐会に出席してもらう。そのまま皇宮で一泊して、明日には出港してもらう」
帝国海軍の人使いが荒いのは今日に始まったことではないが、終戦を迎えても事情は変わらないようだ。皇宮に泊めてもらえるだけでも御の字だろう。
「目的地はどこですか?」
「惑星サザーランド(王国の本土がある惑星)の衛星軌道だ。降伏文書の調印は〈ロスバッハ〉の艦上で行う予定だ。調印式には皇室を代表して殿下にも出席していただく」
「サザーランドには〈ロスバッハ〉単独で向かうのですか?」
「第一艦隊を護衛につける」
純粋に護衛なら駆逐艦数隻で足りるのに、帝国海軍最大最強の戦力を動員とは……護衛じゃなくて示威行動が目的だろう。
「どうした、不服かね?」
「いいえ。ついでに観艦式でもやるのかと思いました」
「実現できたら面白そうじゃが、陛下は戦後処理でご多忙じゃ。サザーランドまでご足労願えるのはかなり先じゃろうな」
殿下はいずれはやりたそうだな。
「殿下も〈ロスバッハ〉に座乗されるのですか?」
「そうだ。〈ブリュンヒルデ〉の代替船はまだ用意できていないし、殿下ご本人の希望だ」
「調印式が終わったらそのまま
知らないうちに感情が顔に出たらしい。
「仕方あるまい。皇女の配偶者となれば色々と公務がある。本国で後方勤務をしてもらわないと都合が悪いのじゃ。一年戦争の英雄じゃから、艦隊司令部でも参謀本部でも転属先は引く手数多じゃ」
「それに〈ロスバッハ〉は退役させる。いくら武勲艦とはいえ、これ以上運用し続けるのはコスト面で無理がある」
そう言われて俺の心は騒いだ。乗艦勤務を命じられたときは命懸けの貧乏くじだと思ったが、今では我が家のような愛着があの艦にはある。
「解体処分ですか?」
「記念艦として保存する予定だ。エンジンモジュールは取り外すことになるが」
「それを聞いて少し安心しました」
そうこうしているうちにリムジンは皇宮に到着した。皇宮周辺にも大勢の群衆が集まっていたが、近衛兵によって皇宮に近づけないように規制されていた。
リムジンが皇宮の正面玄関で停車する。まず俺が降りる。続いて長官が降りた。俺はエスコートのため車内の殿下に手を差し伸べた。
殿下は俺の手を取ると、優雅にリムジンから降りた。そして自然に左腕を俺の右腕に組んだ。そして俺たちは並んで皇宮へと歩みを進める。
群衆は帝国の新たな英雄のカップルの誕生を祝福するかのように、無数のカメラのフラッシュを殿下と俺に浴びせた……群衆には相思相愛に見えているんだろうな。そうなるように努力しないと。某王太子の二の舞いだけはご免だ。
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